2 ホットココア

 コンコンッ。


「どうぞ」


 店の中から声が聞こえる。まだ若い少女のようだった。ドキドキしながら、サツキは店の中に足を踏み入れた。


「わぁ-…」


 店は素敵なところだった。アンティーク調の家具に、控えめに光る小さなシャンデリア。奥のテーブルに、少女が座っていた。ニコニコしながら、こちらを眺めている。

 ぐるっと歩いて見て回っていたことに気づいて、サツキは慌てて少女の正面の椅子に腰かけた。テーブルには、おしぼりとメニューが置かれている。

 少女は不思議な感じがした。顔だちも服装も普通の少女とそう変わらないのに、なぜか彼女のそばにいるだけで安心できる。


「飲み物は何になさいますか?」


 少女が尋ねてくる。サツキがメニューを見ると、10種類ほどあり、どれも美味しそうだ。ふと、サツキは『おすすめ』と書かれたホットココアに目がとまった。


(そういえば、少し寒い気がする…これにしようかな)


「ホットココアで…」

「かしこまりました。すみませんが、2・3分ほどお待ちください」


 そういうと、少女は奥の部屋に歩いていった。お湯を沸かすぐつぐつという音が聞こえてくる。


(礼儀正しい子だなぁ)


 ぼんやりと、サツキはそんなことを思った。そういえば、値段が書かれていないけれど、これはいくらなのだろうか。

 サツキが考え込んでいると、少女がカップを手に戻ってきた。


「お待たせしました。ホットココアです」

「あ、ありがとうございます。あの、これっていくらですか?」


 そう聞くと、少女はびっくりした様子で目を見開き、それからフフッと笑った。


「お金は取りませんよ。私の淹れた拙いものですし、このお店も趣味でやっているようなものなのですから」


 そうなのか。今度はサツキが驚く番だった。それにしても、親切すぎる気がしないでもない。だから、サツキは聞き逃していた。少女がぽつりと「修行でもありますし」とこぼしたのを。

 サツキがホットココアを飲んで落ち着くと、少女が居住まいを正して聞いてきた。


「あなたの心のひとりごとは、なんですか?」

「え…」


 サツキが言葉に詰まる。その様子を見て、少女は不思議そうに首をかしげた。

 当たり前だ。ここは話を聞いてくれる店なのに、客が話さなかったら不思議に思うだろう。サツキはそのことが理解できていても、どうしても話しにくかった。心の中に刻まれた、見えない傷が痛みだす。

 脳が思い出すのを拒み、口を開いてもこぼれるのは吐息だけ。サツキは思わず、ギュッと目を瞑った。そうするとやっと、あの頃のことが脳裏に浮かんでくる。


 それは、サツキが中学2年生のときのこと――

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満月の日に、秘密を。 彩夏 @ayaka9232

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