第8話 私の部屋
私の色の感じ方が他の人とは違っていることを自覚したのはいつからだろう。
目が捕らえる色によって、聴覚や触覚、味覚など他の感覚を生じる現象を共感覚、シナスタジアというらしい。私にどうして、そんな感覚があるのかはわからない。だが、世界を見るたびに、いろいろな色が目に入るたびに、音が、触覚が、味覚が、様々な感覚が刺激され私を苦しめた。
だから、私の部屋には色が無かった。感覚を刺激することのない、白と黒、灰色の色彩のない部屋だ。そんな私が色を楽しむことができたのが咲の部屋だった。
お日様に照らされるような暖かな黄色い部屋。
お菓子でできたような甘いピンクの部屋。
海風と波の音が聞こえてくる青い部屋。
ハーブの爽やかな香りが漂う緑の部屋。
強烈な太陽に日差しの金色の部屋。
そして、恐怖に染まった血の色の部屋。
咲の部屋はいろいろな色で彩られていた。そして、咲の人生も。
咲の人生は明るい色だけでなく、暗い色で染まった時期もあった。だが、それも咲の人生の一部だ。
それに対し、私の部屋には色がない。それは、私の人生に色が無かったからだ。
私は咲の部屋が羨ましかったが、本当は、咲の人生が羨ましかったのだ。色々なことに恐れず飛び込む咲の人生が。たとえ失敗することがあっても、辛いことが待ち構えていても、未知の世界に飛び込み咲の勇気が、臆病な私が踏み出すことのできない人生が。
今、私の目の前には何もない部屋が広がっている。
一人暮らしを始めるために、長年暮らした部屋から、今度引っ越す新しい部屋だ。
本当ならば、もっと早く、自分の人生を彩らなければいけなかったのだろう。他の人は、もっと早く、自分の人生を彩るのだろう。
新しい命を生み出そうとする咲の姿が、黄金の光の矢となって、私の臆病な心の殻にわずかなひびを入れてくれた。殻を割ることができるかどうか、あとは私次第だ。
遅くなってしまったけれど、勇気をもって、一歩、色のある世界に踏み出そう。
私の人生を自分の色で染めよう。
ベッドカバーは緑にしよう。ハーブの爽やかな香りで眠れるように。
薄いピンクの食器を揃えよう。ケーキの甘さが引き立つように。
青いカーテンで窓を飾ろう。耳をすませば波の音が聞こえるように。
壁紙には黄色いアクセントを入れよう。暖かな日差しで包まれるように。
そして、咲を招待しよう。
色々な色で彩られた、私の部屋に。
私の人生に色をくれた、私の大切な友達を。
色々な部屋 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969
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