第7話 金色の部屋

「ずいぶん大きくなったね。今8カ月だっけ?」

「うん。一時期はつわりが酷くてたいへんだったけど、今は重くてたいへん」

 咲が幸せそうな顔で、大きくなったお腹を撫でた。


「羨ましい」

「なに言ってんのよ。年の差30だよ、羨しいわけないでしょ」

 高校時代に自殺未遂を起こしたあと、しばらくは精神科に通っていた咲だったが、辛い経験もあってか進学の道は諦め、夜の世界で働き始めた。持ち前の美貌は武器になったが、人間不信が払拭できていなかったためか若い客たちからは敬遠されがちで、逆に年配客からは守りたくなる男の本能を刺激したのかもしれない。


 50過ぎの独身の常連客の一人から求婚され、咲もそれを受け入れた。今は店も辞めて出産を待つ専業主婦だ。


「だいだい、50過ぎまで独り身なんて普通ないでしょ。私も、相手を選べる立場じゃないから仕方なく結婚することにしただけだし」

 だが、言葉はきついが話し方は柔らかい。一昔前だったら、いい歳して独身だと何かあったんじゃないかと思われたのかもしれないが、今では男性の四人に一人は生涯独身だ。


「唯一の利点はお金には困らないことね。相当貯め込んでたみたいだし、あっちが先に死ぬのは明白だから、遺産相続したら豪遊しようって思ってる」

 咲は大口を開けて笑った。少女のような屈託のない笑顔だ。かつての痛々しい姿は今では微塵のかけらもない。


「ただ、金ぴか趣味だけは勘弁してほしいよ」

 そう言って、咲がしかめっ面をして壁にかけてある掛け時計を指さした。


「パチンコ屋の景品みたいだね。って、パチンコ屋に本当にあるか知らないけど」

「腕時計も一昔前のハリウッド俳優が着けてたやつみたいだし、黄金の灰皿とか、どっから手に入れたんだっての。まぁ、タバコは禁煙させたから、今ではただの飾りだけど。もし、本物の金を使ってたらさっさと売りに行かなくちゃ」

 金色の時計に黄金の灰皿。銅金色のキャビネットに、クリスタルの置物。昔のバブル時代の遺物に飾られた光り輝く部屋からは、強烈な太陽に日差しが感じられる。


「でも、この部屋は暖かいよ」

「暖かいというか、暑苦しいって感じだけど」

 ずっと昔、咲と自分が幼かった頃、黄色かった咲の部屋もこんな風に暖かかった。


 子どもが生まれたら、咲の部屋はまた別の色に染まるのだろう。今度はどんな色に染まるのだろう。


 私は、そんなことを考えながら、久しぶりの友達との時間を過ごした。


「じゃ、また」

「うん、また子どもが生まれたら来てね」

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