第5話

<カナシミ事務局>

国の機関として位置している。

職員の数、入り方などは一切公開されていない。

職員は公務員として扱われるが、職員の個人情報は(現職の公務員や内閣にも)明かされず完全に遮断されている。

国の上層部数名のみが詳細を知っている。







私はもう少しで死ぬ。

大切な人達を残して。

覚悟していた、出来ていた。

はずだった。

やっぱり嫌だ、怖い、苦しい、トオルとクニオさんの顔を見ると涙が込み上げてくる。

けれど、そんな姿は見せられない。

残された時間は僅かだけど、トオルとクニオさんに心配をかけたくない。

そんな気持ちで一杯だった。


夜の病室はとても静かでまるで、私一人しかこの世にいないのではと、錯覚してしまうほどだった。

他にも患者さんはいるのに。不思議な感覚だった。

この時だけは自分だけの世界にいるような気持ちになった。


ある晩のことトイレに行きたくなり病室を出た。

用を足し眠れないからナースステーション前の待合所で椅子に腰かけていた。

その男はどこからともなく現れた。

スーツ姿のその男は、無感情に話しかけてきた。

「川井ユキエ様でございますね。私はカナシミ査定員でございます。」


「失礼ながら、川井ユキエ様あなたは末期の癌でらっしゃいますね?そのカナシミを売ってみる気はございませんか?」

?何を言っているの?

訳が解らず混乱している私を見かねたのか、男の後ろから、上司の様な男が出てきた。

「申し訳ございません。私がご説明致します。君は下がっていなさい。」

査定員を下がらせると、男は話し始めた。

「川井ユキエ様、あなたは残す家族の事を愛していますか?あなたの死が避けられないもので、直ぐ傍まで迫っているなら、残す家族にせめてお金だけでも残して行きませんか?」

唐突な展開の連続に私の思考は完全に停止していた。

男は続けた

「今すぐに決めなくても構いません。ただご要望であれば、こちらにご連絡下さい。」 

男の渡してきた名刺には

<カナシミ査定係 係長 加藤>

と、書かれていた。名刺を渡した加藤は直ぐに帰って行った。

何が起きたのか全く分からないが、加藤の言葉が頭で何度も再生される

「あなたは残す家族の事を愛していますか?」

当然だ!愛している!

奇跡があるのなら、神様がいるのなら、私の癌など消し去って欲しい!

トオルとクニオさんと私の三人で生きて行きたい。

私の体はもう、、長くは持たない、、

何となく分かる。

その後暫く起きていた。

あとの事はよく覚えていない。

いつの間にか寝て、朝になっていた。


数日間、考えた。

トオルとクニオさんの顔を見て。

自分の弱っていく体を見て。

トオルとクニオさんが歩んでいく未来を、

私のいない未来を想像して。

私はカナシミを使うことを決めた。

明日、クニオさんに伝えよう。


つづく

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カナシミ @shinmai31

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