第4話

<カナシミの査定>

依頼者の身体的、精神的な変化の振り幅

身体、精神の回復に掛かる時間

身体、精神に掛かる負担の大きさ

カナシミが偽造されたもの(事実ではない)と判明した場合は、振り込み前なら無効となり振り込まれない。振り込み後なら、180日間のカナシミ利用停止になる。

いずれの情報も一般公開はされていない。








「女の子ならカオル、男の子なら、、、そうだなぁー、、、。」


「トオル!トオルが良い」


「あなたが意見するなんて珍しいこともあるんだね」

ユキエは体が昔から弱かった。子供がなかなか出来ず気持ちが暗くなる時期もあった。

だからなのか。俺自身も産まれてくる子供に対して心が踊っていた。

いてもたってもいられない。焦るような

得体の知れない気持ちで一杯だった。

産まれた子は男の子だった。

「トオル。」

小さな子に、言葉も解らない子に、呼び掛けた。

感じたことのない感動で震えた。

ユキエの必死な姿を思い出して泣いた。

命懸けで命をこの世に産み落とした。

俺は誇らしかった。自分の愛した人は世界一だと心の底から思えた。


トオルはユキエに似ておとなしい子だった。

そして、ユキエに似て心の優しい子でもあった。

大きくなるにつれて、男の子らしく元気に走り回るようになった。

恐らくこれも、ユキエに似たのだと思う。

見れば見るほど、知れば知るほど、成長するほどに、ユキエに似ていった。

自分の愛した人と二人の愛から産まれたトオル。

特技も無ければ性格も平凡な俺からすれば、本当に!本当に!誇らしい家族に恵まれたと思った。


ユキエはトオルが大きくなるにつれて、寝込むことも増えていった。

トオルはユキエに学校であったことをよく話していた。

トオルなりに元気な自分を見せて、ユキエを元気付けようとしていたようだ。

一方ユキエは、編み物をするようになった。

病室で寝込んでいても、元気にしてるよ

と言っているようだった。

二人ともお互いの事を気遣い、心配させまいと頑張っていた。

ある日、ユキエが俺に話があると言った。

自分が死んだ後の話だった。

聞きたくない。だが、ユキエの決心した顔を見ると聞くしかないのだと悟った。

「私ね、ーーーーー。」

今日のことはトオルに言わないと約束した。

そして、その数日後ユキエは静かに息をひきとった。


穴が、空いた。

埋めようのない。大きくて、深い穴が、空いた。

それでも、トオルがいる!父親の俺がトオルを立派に育てるんだ!

トオルに悲しい思いをさせたくない。ユキエが抜けた部分を埋めるのは簡単ではない。それでも、トオルの為に自分の為に、そしてユキエの為に。

それからは、必死に働いた。働いて働いて。

『トオルとユキエの為』この言葉を呪いにして働いた。

本当は父親としてやるべき事が他にあったはずなのに、何もしてあげることが出来なかった。

そして、あの日がやって来た。

俺はユキエとの約束を果たすためにカナシミ事務局を使った。

初めてだった。

ユキエに教えられた番号へと電話をかけた。


プルルル、プルルル、プル…ガチャ

「こちらは、カナシミ事務局でございます。

お電話ありがとうございます。ご用件をお伺い致します。」


「あ、あの。カナシミの査定をして欲しいんですけど。」


「承りました。それでは、査定員を向かわせますので、ご住所をお教え頂けますか。」


ユキエに教えてもらった通りに話を進めていった。

暫くしてチャイムが鳴り、玄関を開けた。

そこにはスーツ姿の男が立っていた。


「私はカナシミ査定員の者でございます。川井クニオ様でいらっしゃいますか。」


うなずく。


「それでは、ご本人確認の為にカナシミバンクのお口座とご本人照合を致します。………………川井クニオ様。確認が取れましたので、今回のカナシミをお聞かせ下さい。」


無機質な男に俺はユキエから言われた通りに話していった。

そろそろ、トオルが帰って来る頃だ。


「ただいまー」


玄関にいるトオルを呼び、嘘をつき母親の、ユキエの話をさせた。

止めどなく溢れる思い出と涙。

ユキエの死後泣いている姿を見せまいと、頑張っていた、トオルが泣いている。

母親への想いが溢れて、自らも溺れてしまいそうになる位に。

泣かないと誓ったはずなのに、その姿を見ていると、涙がこぼれそうになった。

暫くしてトオルが落ち着き始めた。

男は立ち上がると、俺とトオルに会釈して帰り仕度を始めた。

トオルは放心状態で座り込んでいた。

俺は玄関まで見送りに行った。


「確かに頂戴致しました。只今のお話は録音させて頂きましたので、これより査定に入らせて頂きます。査定完了後、お振り込みになりますが、川井クニオ様は『準ソロスト』になりますので、3%の税金を差し引いた額が、翌日の午後8時に指定のお口座へ振り込まれます。」


男は説明を終えると去っていった。

後ろを振り返るとトオルが立っていた。

思わず、トオルを抱きしめごめんなと謝っていた。


つづく

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