9:再会は夕凪の窓辺で=Side詩乃


 朝のホームルームには、1時間近く早い到着ともなりますと…教室には、流石さすがにどなたもいらっしゃいませんでした。

 初めておとずれた教室には…『1-A』と書かれたプレートが引戸ひきどの上に付いていて、廊下側ろうかがわの壁は掲示板けいじばんになっている様子で、昔ながらのどこにでもある教室と言った作りになっていました。

 引戸を開けて中に入ると…やはり、つくえ椅子いす戦前せんぜんから変わっていないのでは?と思うほど馴染なじみ深い物達が並び、学校の教室の代名詞とも言える大きな黒板が設置されています。

 先日まで私が通っていた、峰山みねやま学園の教室との違いと言えば…以前の教室は廊下側の壁が窓になっていた事と、この教室は黒板の前に置かれている教卓が簡素かんそな机ではなく、職員室で先生方が使っていらっしゃる様な、事務用の机になっている事くらいでございましょうか。

 教室の前後にある引戸のうち…後ろ側の入口から中に入った私の目が、最初に見付けていたのは席順せきじゅんの書かれた座席表ざせきひょうでございました。

 教室に来た私達生徒がまどわぬ様にと、担任の先生が用意して下さったのでしょう…どうやら新しい担任の方は、この様な細かな心配こころくばりりの出来る素晴らしい方の様です。

 のちに、この時の事を担任となったともえ先生にお話ししたところ…大笑いされてしまったのですが、あれは何だったのでしょう?

 『生徒会せいとかいおっつぅ!(笑)』と仰られてましたが、意味は分かりませんでした。

 ありがたく自分の席を確認しようとした私でしたが、1つ大変な事に気付いてしまいます。


「こ、この座席表には…当然ですが、クラスメイトになった方のお名前が全員分書かれているはず…。」


 どうしましょう…これを見ると言う事は、『あの方』が同じクラスなのかを確認出来てしまうのでは!?

 ですが…自分の席を確認しなくてはいけませんし、見ないといけない事には変わりないですが…見たい様な、見たくない様な…。


「ここに、答えが…。」


 くま無く座席表を調べてしまいたい欲求よっきゅうられましたが、思い止まります。


「ここは、自分の席を確認出来たらそこまでに致しましょう。」


 その途中とちゅうの人の名前を見付けてしまったのでしたら、それはそれで…。


「そうです、良い事を思い付きました!」


 わざわざかばんからノートを取り出し…最低限だけ確認出来る様にと、まずは見えない様に全ての席を隠してしまいます。


「こほん…いざ、まいります…!」


 小さな気合いを入れて、1番窓際まどぎわの列だけ見える程度にノートを右にずらし、まずは1番前の窓際…かどの席を見ると…!!


ーーー『浅間あさま 詩乃しの


「………………。」


 そうでした…生まれてこの方、私は出席番号が1番以外だった事がありません。

 往々おうおうにして、新しいクラスになったばかりですと、座席も出席番号順が多い事は、皆さまもご存知でございましょう。

 完全に失念しつねんしていました。


「…何をしているのでしょうか、私は…。」


 早々に必要な確認が済んでしまった私は…何だか途方とほうもないむなしさを覚えてしまい、大人しく自分の席に座る事に致しました。

 あぁ…先ほどまであんなに色々考えて、一人でき立ったかの様な、むしろ浮き足立っていたかの様な、狼狽ろうばいぶりで…私、馬鹿みたい。


「はぁ…。」


 溜め息を1つ。

 いけません、本日は終業式だけと言っても…私達、元峰山生の顔合わせも兼ねているのです。

 何事も初めが肝心かんじんと言いますし…もっと、気を引き閉めなくては。

 それで言うなら、あの方との出会いはあまり…。


「…はっ!ですから、落ち着きなさい…詩乃…!」


 このままでは、朝のホームルームもまともに受けられない事は自明じめいと言うもの。

 お母様に見られていたのなら、間違いなくお説教でございます。

 …本当に見られていたら、その前に自死じしを選びたくなるほどの醜態しゅうたいでございますけれど。

 気を落ち着かせる為に、巫女みこの修行の一環である精神修養せいしんしゅうようをする事に致します。

 いくつか種類はございますが、今回は『なぎぎょう』が最適でしょう。

 道具も必要ありませんし…おのれの内側を見つめ直す為の修行でございますから、正に打って付けと言えます。

 仰々ぎょうぎょうしくも『凪の行』などと申しましたが…言ってしまえば瞑想めいそうの様なもので…その違い、と言って良いのか分かりませんが…『凪の行』をおさめたと認められるには、本当に己の内側を見つめる事が出来たあかしとして、音が聞こえていないほどの集中をしたと評価されなくてはなりません。

 これが、言うはやすしと申しますか…私が認められたのは、わりと最近の事だったり致します。

 鞄を机の横に掛け、姿勢を正して目を閉じると…一瞬の暗闇くらやみ

 窓際の席ですから、次第しだいに朝日が目蓋まぶたを通して、その暖かさを伝えて参りますが…この光も感じられないほどに深く、己の内側に『もぐる』必要がございます。

 無我むが境地きょうちと言えば、聞き覚えのある方もいらっしゃると思いますが…お母様いわく、その一歩手前の状態にいたれるのがこの『凪の行』なのだそうです。

 ここからは、各々おのおので違うらしく…私の感覚になるので、分かりづらいかもしれませんがご容赦ようしゃ下さいませ。

 まず、暗闇の中に光の玉を生み出し…次にそれが明滅めいめつしているさまを思い浮かべます。

 徐々じょじょに、光が弱くなっていき…いつしか再び暗闇に包まれると、その頃には自分でもおどろくほどの時間が経っていて…いつの間にか『凪』に至っているのです。

 実際…そんな風にして、『凪』に至った私は…心地よい充足感じゅうそくかんわずかな疲労感ひろうかんを手にして、少しずつ意識を浮上ふじょうさせます。

 お母様が仰るには、『凪』に至った他人ひとのイメージを聞くだけでも、直前までの事を一瞬忘れられて、僅かながら集中力しゅうちゅうりょくが増すそうなのですが…皆さまは如何いかがだったでしょうか。

 と、余談よだんではございますが…ここまでお話して『そう言えば!』と思われた方は、この修行の入口に立てる素質そしつがあるそうです。


 ーーーそうして間もなく完全に意識が戻る頃になると、廊下の辺りからざわめきが耳に届きます。

 どうやら、ご学友の皆さまが登校してくる頃合いになっていた様です。

 何やら、ヒソヒソとした話し声と二人…三人でしょうか、その方達を中心にちょっとしたごとが起きている様にも感じられるのですが、大丈夫なのでしょうか。

 目を開いて、黒板の上にある時計を見れば…8時38分。

 もう10分ほどで、朝のホームルームなのですけれど…教室内には私しかおりません。

 教室の前後にある入口が、どちらも少しずつ開いていて、人の気配は多く感じられるのですが…どなたも入ってくる気配はございませんでした。

 やはり先ほど感じた通り、何かしらの問題が…?

 疑問に思い…おもだって、何かをお話になっていらっしゃる方達の声が聞こえる…黒板側の引戸に近付きます。

 戸の隙間すきまから、人の姿が見える程度に近付く頃には…つい先ほど聞いた覚えのある方の声である事に気付き、鼓動こどうが1つ大きくなりました。


「すぅ…、ふぅーーー…。」


 大きく息を吸って、細く長めに息をいて心を落ち着かせると…そっと、戸の隙間から廊下を覗いてみました。

 すると…。


「だから、巫女様が…」


「恐れ多いって言うか…」


ーーーズキリ


 はっきりと聞こえた訳ではないのに、その二つはしっかりと聞き取ってしまいます。

 胸に走る痛みをこらえて、もうれたはず…と、自身に言い聞かせます。

 教室に誰も入って来られないのは…どうやら、私のせいだった様でごさいます。

 しかし、どうしたものでしょうか…今から出ていくのは、気不味きまずいだけですし…と、考えているとーーー


「お前ら馬鹿か?巫女サンだから、何だってんだ?」


ーーーあの方の声が、静かに、けれど力強く、皆さまに…いいえ、もしかすると私の世界に、衝撃しょうげきともなった言葉でもって亀裂きれつを入れて下さったのでごさいます。


一ノ瀬いちのせ…ゆき、ひこ…さ、ま…?」


 あぁ…やはり、あなた様は…。


「人との接し方を、他人の評価で決めるな!周りがどうとか関係ねぇだろーが!まずは自分の目で巫女サンを見ろよ!その結果、巫女サンをけるんなら俺も文句はねぇ!」


 この時の私の心は、一口には語り尽くせません。

 ただ、後から思い返してみれば…きっと、私の心はこの時に決まっていたのでございましょう。


ーーーこの方を、生涯しょうがいしたもうげるのだと。

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戀をあなたに…。 門倉 結兎 @kadokura1046

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