8:再会は夕凪の窓辺で=Sideアカリ

 職員室を出て、ユキと二人…さしたる距離もない教室までの廊下を、特に会話もなくテクるテクテク歩く

 自分達のクラスに到着すると…ある意味じゃ、予想以上の混乱が起きていた。


「な、なんだぁ…?何でみんなして廊下に出てるんだ?」


 ユキが言った通り…廊下には見覚えのあるクラスメイト達が、自分達の教室だと言うのに手前の扉から中を覗き込んでヒソりヒソヒソしゃべり合っている。


「ハイハイ、みんな!驚いたのは分かるけど、峰山みねやまの元生徒が…」


「おお!雪彦にインチョ!これ、どうなってんの!?何で教室に峰山の…」


 アタシの話を最後まで聞けないクラスメイトが、説明する間もなく矢継やつばやに言いたい事を口々に小声で叫ぶ。

 器用な連中だわー。

 て言うかインチョって呼ぶなと何回言えば…。


「言いたい事は分かってる。元峰山生がいるんだろ?今日から合同クラスになったんだとさ。ちなみに、巴ちゃんの伝達ミスな。」


 ユキがみんなを黙らせるべく、さえぎってやや早口で説明をするけれど…みんなの反応はイマイチ落ち着かないままだ。

 疑問に思っていると、仲の良い高橋たかはしさんが、引っ込み思案な彼女にしては珍しく、早口で状況を説明してくれる。


「み、峰山生達はアッチにいるの、みんな合同クラスの事は薄々察してたよ!でも…」


 と…そこまで言ったところで、今度はクラス1のお調子者である豊田とよだが、高橋さんの説明を遮り、目を見開いて教室の中を指差し、説明を引き継ぐ。


「峰山生はどうでもいいんだよ!それより、教室にっ…!ゲホっゲホっ…。」


 大事なところでむせた豊田を尻目しりめに、高橋さんの指差していた先を見る。

 こちらから見て反対…奥側の扉に、見覚えのない生徒達が同じ様に教室を覗き込んでいる事に気付いた。

 アレがウチのクラスになった峰山生達かしら…何で彼らまで廊下に?

 更に増えた疑問に、豊田が今度こそ答えを告げようと口を開く。


「だから、きょ、教室にっ!み、みみ、みっ…!ウェっ…。」


 が、今度はえずく豊田。

 ちょっと?さっきから何なの?大切な事を言えない魔法にでもかかってるの?

 …その魔法、絶対ハリポタのネビルくんがかけられちゃうヤツね。


 結局、高橋さんが教室の中を見れば分かると言うので…ユキと二人、扉から顔だけで覗き込んでみる。


 と…。


「?…何だ?誰もいな…」


 アタシも一瞬、誰もいないと思ったけれど…ユキもすぐに気付いたらしい。

 窓際まどぎわの1番前、かどの席に等身大とうしんだいの人形めいた、黒髪くろかみの天使が静かに目を閉じて座っていた。


「きれい…」


 そうとしか言葉に出来なかった。

 あたたかな陽光ひかりを受けて、つややかにかがやくく腰まで届きそうなほどの黒髪。

 漆黒しっこく艶髪つやがみから覗く顔。

 その顔は…どこまでも透き通るかの様な、肌と言う名のキャンパスに、神様がえがいたのかと思うほど、完璧と言って差し支えない目鼻立ち。

 私と同じ、ただの制服を着ていながらも…どこか神聖しんせいさすら感じられる。

 キャンパスと言うのであれば、もう…今この瞬間の教室こそが、彼女をモデルにした1枚の絵画かいがとして完成されていた。

 あまりの出来映できばえに、嫉妬しっとすらいだ余地よちはない。

 時を忘れ、思わず見惚みほれていたアタシ達だったけれど…きっと刹那せつなの間に過ぎなかったと思う。

 思わず、余韻よいんひたりたいほどの静寂せいじゃくを…空気の読めない豊田が、大上段だいじょうだんからの袈裟けさ斬りと言った風に切りいた。


「なんで、巫女様がここにいんだよっ!?」


 ユキを問いつめる様に肩をする豊田…。


「さ、さぁ…?まぁ、単純に考えてウチのクラスに来る事になった峰山生の一人って事じゃないか?」


「そんなん、見りゃ分かるよ!」


 分かるなら聞くな♪


「巫女様だぞ!?巫女様が、巫女様で、巫女様にっ!」


「豊田…アンタとうとう、脳の壊死えしが、言語野げんごやまで…。」


 可哀想かわいそうに…とクラス一同で、あわれむ視線を向ける。

 …ややかな、の間違いだっかもしれないわね。


「っだぁーー!おっまえは、分からんヤツだな雪彦!」


「え、俺だけ?」


 ユキのもっともな疑問はスルーされ、豊田が続ける。


「いいか?巫女様はあの通り、神を降ろしているかの様な美少女だ。それは分かるな?」


「ま、まぁな…それは俺も、」


「いいや!異論、反論は認めん!もはやこれは摂理せつりである!」


 異論も反論もユキはしてなかったけどね…。


「と、言う事は…だ。そんな美少女と同じクラスになった俺は、ついに念願のモテモテ青春ライフを手にしたも同然だよな!?」


「「「…は?」」」


 あぁ、アタシには分かるわ…。

 クラス全員が、今何を思ったのかが…。

 ユキがあまりの驚愕きょうがくに、声をしぼり出す様にしながらも、何とか豊田に反応する。


「ちょ、おま何、言って…」


 ダメだった…ぶっ飛びすぎた謎理論なぞりろんに、圧倒あっとうされている。

 それでも、豊田はとどまるところを知らず、妄想もうそうれ流し続けてくる。

 …あぁ、高橋さんが完全に怯えて、アタシの後ろに隠れちゃったじゃないの…何だかアタシも帰りたくなってきたわ。


「だーかぁらー!今まで俺がモテなかったのは、俺に相応ふさわしい美少女が近くにいなかったから…なワケだよな?」


 んなワケあるか…って言うか巫女様を引き合いに出して、相応しいですって?誰に?

 もう…聞くにえないごとが続くのが目に見えていた為、ユキに目配めくばせで委員長命令を下す。


『許す…・れ♪』


「何かこうほら、巫女様って押しに弱そうじゃん?あれなら、俺でもいけそ…キュウ。」


ーーーシッ!


 と、空気を裂く様にして、ユキの拳が豊田の意識を刈り取る。

 よくやったわ、ソレはその辺に転がしときなさい。

 て言うかコイツ、最後になんてクズみたいな発言を…。

 もう、クズ田に改名すべきね。


「はぁ~ヤレヤレ。んで?巫女サンがいるのはわかったけど…結局のとこ、何でみんなして廊下にいんの?」


 いや、まぁ…こう言ってはなんだけれども、恐れ多いと言うか、気軽に近寄れないって思っちゃってたんだろうとアタシはさっしていた。

 …ユキには通じないだろうけど。


「だから、巫女様が…」


「恐れ多いって言うか…」


 などと…クラスメイト達はモゴモゴと言い訳でもするかの様に、奥歯に物がはさまった様な物言いをする。

 彼らに悪気がない事は分かっていたけれど…それ以上に、ユキの事をよく理解しているアタシからすれば…ひかえめに言って、その反応は悪手あくしゅだと思う。

 案の定…彼らの言わんとしているところを理解したユキの内心が、手に取る様に伝わってきてしまったアタシは嘆息たんそくするしかなかった。


ーーーユキは今…心の底から怒っていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る