7:再会は夕凪の窓辺で【前編】


「バカだ、バカがいるよ。ククッ…何それ、クッ…フッ…ほ、ホントの話ぃ?クッ…クククッ、は~ぁっはっはっは」


 タンブラーに入ったコーヒーを飲みながら話を聞いていた美人教師が、目の前で人目もはばからずに笑い転げている。

 て言うか…それ俺の、俺の。

 美人の笑顔と言うと、何だかとても男心をくすぐられる様な気がするが…これは絶対に違う。

 が、しかしこの女…言動こそアレだが、本当に見た目だけは完全に『近所の優しいお姉さん』なのである。

 あどけなさすら感じられるほどにやや丸顔の為か、万人受けはしないであろう顔立ちであるものの、全てのパーツがバランスよく配置はいちされている事で不思議と柔らかな印象いんしょうを受ける。

 ショートボブにされた髪型もポイントが高いと言えよう。

 本日に至っては、あわいライトグリーンのカーディガンにフレアスカートと言う組合せの服装ふくそうであるせいか、さらに柔和にゅうわさが際立きわだっている様に見える。

 その見た目だけなら、まだ学生で通用する残念系美人ざんねんけいびじんに連れて来られたここはどこかと言えば…俺達生徒にとっての完全アウェーである職員室しょくいんしつだ。

 さて、ここで申し訳ないんだが…この状態から少しだけ現実逃避げんじつとうひする為に、学園に着いてからの回想かいそうにしばし付き合ってくれ。


 ーーー普段ふだんより早い時間に登校すると、担任でもあり俺の保護者でもある従姉弟いとこともえちゃんに、丁度ちょうど出勤の時間だったのか正面玄関しょうめんげんかんで鉢合わせた。

 出会い頭に「お、早いじゃーん!ご褒美ほうびに良いものあげるから職員室について…あ、ちょ…来いや、コラッ!」と挨拶(してない)され、言葉通りに職員室に連行れんこうされた俺達。

 …ちなみに、逃げようとしたが捕まったのはお分かり頂けた事と思う。

 …いや、仮にも教師なら先におはようの挨拶くらいしとこうぜ?

 むしろ、教師なら生徒に『来いや、コラッ!』とか言うなよ。

 信じられるか?

 これでも、自分はまだ乙女(笑)だ!とか言い張ってるんだぜ。

  さて、このアラサー教師がどうして開幕かいまく直後に乙女らしからぬ大爆笑をしていたのかと言えば…。

 おさっしの通り…こんなに早く登校してきた理由をかれたアカリが、起床してからの騒動そうどうを包み隠さず報告してくれやがったからである。

 そんなに、笑ってくれるなよ…いや、俺も他人事なら腹抱えて爆笑してるけども。


「クククッ…アカリ、あんた絶対、ブフッ…ってるでしょっ?時計がずれてて、ヒヒッ…少女マンガの王道パターンにイッ…イクとかッ…ヒィーッヒッヒ、ブハハハ!乙女か!」


 最後の笑い方、クリームシチューの上田さんかよ…。

 乙女(笑)どこ行った?。

 …残念ながら、盛るどころかわずかのれもなく事実だよ、チクショウ。


「ぜ~んぶ、本当です。付け加えるなら、雪彦ゆきひこってば、巫女様みこさまの事知らなかったんですよ。信じられます?」


 それまで、抱腹絶倒ほうふくぜっとうと言った風に笑っていた巴ちゃんだったが…突然笑いが引っ込んだかと思うと、複雑ふくざつな顔になって曖昧あいまいな事を言う。


「ぇ…あー、うん。そう…えーとぉ、ほら!話題に上がらなきゃ、峰山みねやまに住んでる巫女様の事を知らなくても、ぁー…ないか。」


 俺とアカリは二人して巴ちゃんの反応に首をかしげたが、すぐに疑問ぎもん霧散むさんさせられた。


「まぁまぁ、良いじゃん!そういう事もあったってさ!よっし、それじゃご褒美の…じ・か・ん。(はぁと)はい、これ。」


 『じ・か・ん(白目しろめ)』の間違いじゃね?などと思った事は口に出せるワケもなく、目の前に差し出された紙のたばを受け取る。

 お小遣い…なワケがない。

 どーみても、一般的なA4サイズのプリントにしか見えない。

 これは…。


「夏休みのしおりってやつ?1枚ペラだけど。」


 いえ、そんな甘い話があるとはモチロン思ってませんでしたよ?

 何だよ、早く登校しただけで女教師からご褒美貰えるって…それ何てエロゲ?

 知ってるか?最近のエロゲってマジでスゲェの。

 ピンきりだけど、めっちゃ絵が綺麗きれいだったり…もう全曲CDで売っちゃえよってくらい音楽に力入ってたり、声優さんも上手い人多くて…。

 しっかり、『ヲタの染みおたのしみ』が出来ちゃったわ!

 われながら今キモい事言ったなー。

 あ…もち、ストーリーもまじえもいっす。

 年齢制限ねんれいせいげん

 おいおい、何言ってんだ…魔法の言葉を知らないのかよ。


「この作品に登場する人物は、全て18歳以上です!」


 こいつも、オマケだ…。


「作中の団体、組織、企業、地名なども全てフィクションです。」


 覚えといてくれよなっ!


ーーー閑話休題かんわきゅうだい


「で、このしおりのどこがご褒美になるんすかねぇ…」


 説明求ムっ!てな視線を投げかけると…。


「こーんな美人教師に、ご奉仕ほうし出来ちゃうけ・ん・り(はぁと)」


 だから、それ(白目)だろ。

 っつーか、大抵たいていは『~出切る権利けんり』って相当ヤバいヤツか、ただのクジ引きでほぼ残念賞ざんねんしょうじゃない?あと、ブラック企業の福利厚生ふくりこうせいとかもマジやばみ。


「巴先生…これって、朝のホームルームで先生がくばるやつじゃ…」


「別にその前に配ってもい~いじゃん。むしろ、アレだね作業の効率化こうりつか?ワーキングシェアってやつ!」


 話聞いてた?アカリは『先生が』配るやつってとこにアクセント付けてたよ?

 って言うか全然効率化されてないし、そもそもワーキングシェア=効率化じゃないからな?

 いや、結果的に効率化に繋がるもんらしいから、あながち間違いとまでは言えないか。

 たぶん、俺達にシェアしてると言いたいんだろうけど…分け合ってはいないよな。

 むしろ、『しぇあっ!!』って格闘家かくとうかけ声みたいな感じで、押し付けてる様にしか思えない。

 …力業ちからわざ感が、ハンパねー。

 が…こんな事はいつもの事で、いつもの事である以上は、問答もんどうするだけムダである事を俺達は本当にもう、よく知っている。


「はぁ…分かりました。教室に着いたら配っておきます。余った分は教卓きょうたくに置いておけばいいですか?」


 アカリも同じ考えに行き着いていた様で、至極しごくまっとうな受け答えをする。


「ん?良いけど…。でも、欠席者が出ない限りたぶん余んないわよ?今のところその連絡もないし。」


「は?…いや、どう見てもクラスの人数の倍近くはあるぞ?」


 どうした?とうとうボケたのか?おん?…と言うねんを込めて視線だけ送っていると…。


「いや、今日から峰山の子達が来るじゃない?だから、それで丁度良いはずだけど?」


 んん?…んんんっ?

 …会話がみ合っていない。

 て言うかその言い方だと、クラスの人数が増えたかの様な…。


「あの…先生、まさかとは思いますけど。その言い方からすると、ウチのクラスは峰山の生徒達と合同ごうどうのクラスになったんですか?」


「そうだよ?あれ、言ってなかった?て言うか1年生は全クラスそう。」


「「はぁ~っ!?巴ちゃん、そんな事言ってなかった!」」


ーーーガスッ!!ぺちん。


「学校では先生!!」


 このご時世じせいにも関わらず…ハモった俺達に、それぞれ腹パンとデコピンをらわせながら注意する巴先生様である。

 もはや、巴御前ともえごぜんって感じ。

 って言うか、男女とは言え体罰たいばつに差があり過ぎだと思います。

 男女平等はやっぱり幻想げんそうだったの?

 …その前に体罰がダメだろ。

 腹、ちょーいてぇの。

 アカリはデコピンされたひたいを押さえながら、当然の疑問を投げかける。


「どういう事でしょう?そんなの、いつ決まったんですか?初耳です。」


「え?…んーと、決まったのは春先はるさきかな?統廃合とうはいごうが決定した翌月くらいだったはずだから。」


「少なくとも、ウチのクラスのヤツは誰も知らないと思うぞ?俺はまぁともかく、アカリが知らないとか、もう絶対だろ。」


 巴ちゃんは、少し考える様に人差し指を自分のこめかみに宛ててフーム…とうなると、悪びれもせずに自身の記憶を思い返した結論をげた。


「こりゃ、忘れてたね。メンゴメンゴ!」


 こんの、あまぁ…俺今だけは、何を言っても許される気がする!

 …気がしただけだけど。


「あ、おいおい。て言うか、そうなると教室の方、大丈夫なのか?みんな混乱してるんじゃ?」


「あ~…それはあるかも。もしも、アタシがまだここの生徒だった時に、見知らぬ生徒なんぞが教室にいたら、そっと扉を閉めてそのままフケる。間違いない。」


 それをまねいた諸悪しょあく根源こんげんが何言ってんの?

 て言うか巴ちゃん、よくそんなんで教師になれたな、おい。


「はぁ…しょーがない、ユキ行くわよ。巴先生、流石に人数分の机とイスは確保出来てるんですよね?」


「おぉ、流石はアタシの妹分いもうとぶん~!話が分かるぅ。昨日の内に、配置済みよ…生徒会が。座席表が黒板に貼ってある、はず?見てないから知らないんだけどさ(笑)」


 俺は覚えている。

 それこそ、春先に生徒会顧問になった~とか、愚痴ぐちってた巴ちゃんの姿を…おい、顧問ならせめて監督くらいしろよ。


「ったく、分かったよ。まぁ、何とかなるだろ。」


「じゃ、ヨロヨロ~。」


 最早もはや、何も言うまい。

 俺達は少し足早に、職員室を後にした。

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