第108話 そよ風が靡く戦場に向かって

「定刻通り。四名は所定の位置についたな。それでは、早速だが始めようか。今年度の新入生による模擬戦を!」


 大佐の声がマイク越しで声量が拡大されている。それがスピーカーを介して、シルとアンの二人の鼓膜と同時に、腹の底を震わせた。その場に大佐はいないはずなのだが、耳を介して伝わってくるそれに含まれる変わらぬ威圧感。


しかし、いつもならそれだけで終わるところだが、今回はそれに今から戦いが始まる四名への鼓舞のような感情も感じられる。お門違いの勘違いかもしれないが、少なくともそう感じているのは、シルだけではないようだ。隣に立つ彼女も、先ほどまで震えていた手先の振動が、今では綺麗に止まっていた。


『戦場に転送を開始致します。震動が襲うかもしれませんので、近くの手すりを安全の為掴んでください』


 シルとアンの目線が空中で交錯する。そして、全く同じタイミングで口元を緩ませる。


「俺たちなら勝利を収める事ができる」


 言葉にすることはなかったが、二人の間で無言での意思疎通ができたことは疑いようがなかった。そして、シルは視線をアンから外すと、そのまま丁度腰元付近に伸びている木製の手すりに手を伸ばした。触れた瞬間、木製の温かみが手の甲を襲う。しかし、その感触に浸っていられたのも、ほんの束の間であった。震度1程の揺れが、二人を襲うと、次の瞬間には全く景色の違う場所に放り出されていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ここは——どこだ? 廃れた教会の跡地みたいな場所なのか?」


 マップの中央付近に位置していると思われ、現在シルとアンが立っている場所からも見ることができる教会のような建物。とは言っても、すでに壁に亀裂が走り、所々建物の内部を覗かせている場所すらある。


「そうね。でも、それ以外に遮蔽物がないのが嫌らしいわよね。見渡す限り草原って感じで、視界が良すぎるわ。私の援護射撃はあんまり期待しない方がいいかもしれないわね」


「いや、そうとは言い切れないんじゃないか? 見た感じ、あの教会が立っている場所はここより、少し高い場所に位置しているようだよ。つまり、あくまで現時点での予想だけど、このフィールドは丘隆地のような感じになっていると思うんだ」


 アンは周りのフィールドの様子を確認するため、一度可能な限り早い動きで首を動かす。そして、ある程度把握すると、再びシルの方を見つめる。


「確かに、その予想は合っているかもしれないわね。となると、あの廃教会が勝負の別れ目になるかもしれないか。じゃあ、作戦Aで行きましょう。もしイレギュラーが発生すれば、その時はシルに一任するわ」


「了解。気をつけて行動するようにな。とりあえず、相手側も教会の方向に移動する可能性は十分に高いと思うからね」


 分かった。と短く言い切ると、アンは早口に暗唱を言いまとめると、自らの足元に風を集約させた。そして、そのまま風の力を利用し、身体を宙に浮かす。そのまま、激しさを増す風力を繊細にコントロールし、見上げた場所に位置する教会に向けて空中から移動を始めた。


「相変わらず丁寧な能力のコントロールだよな。振り回すだけの俺には、できない技だよ」


 その光景を見送ると、シルもゆっくりと行動を開始する。作戦A——それぞれが単独で行動し、常に最短でフォローができる位置で戦闘を始める。長距離攻撃を得意とするアンの射程範囲内で、シルが得意な近・中距離戦闘に持ち込ませることがこの作戦の本質だ。


その他にも、色々な作戦を考案してはきたが、結局これが一番理にかなった作戦だと、二人の間で結論付けた。結果、アンは見晴らしのいい丘の頂点を目指し、シルは敵を探すために索敵を始めている。


「アンには言ったけど、実際のところは違うよね。からすると、特にね」


 シルは一人で歩きながら、髪の毛を靡かせるそよ風に向かって誰もいない平原で声を発する。


「この場所に転送されて、最初に目に入るのが教会と、丘という地形。戦場では高所の方が有利に働くから、まずはここを狙いたくなるよな。でも、戦場でセオリーは通用しない。なんてたって、裏をかいたやつが勝利を収める世界だから。なぁ、そこで隠れてる女の子! もうネタは上がってるんだ。早く勝負を始めようぜ!!」

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全人類の命を守る一騎当千の『守護者』は殺されました。守護者の卵は命をかけて彼らの代わりを代行し、事実を隠す世界を守っています 卵君 @tamago-re

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