🎶プレイイング・コンダクター🎸🌺

naka-motoo

親愛なるミツキ嬢へ

 俺はバンドマンとして生計を立ててきた。

 音楽で食えるなんて最高じゃねえか。

 人生を生き尽くしたって感じだぜ。


 ・・・・と豪語できればよいのだが残念なことに俺のバンドがその演奏と楽曲で食えてた訳じゃねえ。


 バック・バンド、ってやつだ。


 デビュー曲は間違って売れちまった。と言ってもまだ今のように曲をダウンロードするような時代じゃねえからウン万枚のレコードがレコードショップで売れた、って訳だ。

 だが意気込んでその曲をA面トップに持って来たアルバムはものの見事に売れなかった。


 次に入って来た仕事はバンドのレコードの話じゃなかった。今じゃあそんな言い方恐れ多くてできねえが、いわゆる『ジャリタレ』の嬢ちゃんのデビュー曲のレコーディング・バンドになった訳だ。これが売れに売れた。おっと、俺たちが売れた訳じゃねえ、その嬢ちゃんが売れたんだ。まあ、それはそれでいいことだった。俺たちの家計も潤ったからな。


 ところがだ。その嬢ちゃんがテレビに出るわな。歌うわな。誰が演奏するかってえと俺たちな訳だ。

 レコード会社の副社長はこう言いやがったよ。


「加藤ちゃ〜ん。加藤ちゃんたちもそれなりに名前売れてるからさあ。テレビで歌の中継する時にバンド名テロップで流させてよ」


 嫌だったね。だけど有無言わさなかったよ。なんせその嬢ちゃんを売らなきゃならねえから俺たち一発屋の名前も総動員、て訳さ。


「さあ、アイドルとしてデビューしたばかり。大人のバンドを従えての熱唱です!」


 従えて、ときたもんだ。そんで演奏はといえば歌を際立たせないといけねえからテクニックの出しようもねえ。まあ俺はかっこつけにギターぶら下げてただけのギター・ヴォーカルだったから下手くそなギターしか弾けねえ訳よ。クビになるのが嫌でギターを必死んなって練習したのが副産物ではあるわな。


 まあそんなこんなで30年ほどやってきて俺たちも50過ぎさ。


「よー! 加藤ちゃん!」

「ほいほい。みんな、リクエストは?」

「ストーンズの『If you can’t rock me (somebody will)』!」

「好きだなお前らも。俺も大好きだけどな」


 バンドとしての承認欲求は30年間俺たちを見捨てずにいてくれた地元のライブハウスで満たす訳さ。まあ、こういうのもある意味ロックンロールの姿だろう?


 そんな時に今は社長になった元副社長からまたこういう話が来たもんだ。


「加藤ちゃ〜ん、今度中学生の子がデビューするんだけどさ」

「へえ。それで?」

「またバックバンドやってくれない?」

「いいけど。でも今時純粋なシンガーなのか? 最近の若い子は自分で楽器からプロデュースからなんでもやるだろうに」

「演歌歌手なんだよ」

「え、演歌!?」

「そ。できるかい?」

「いやあ、そりゃあスコアがあればなんとでもなるだろうが・・・でも演歌ならそれ用の大御所バックバンドがいくらも居るだろう?」

「いや、一曲だけ毛色の違う曲やるんだよ」

「なんだよ」

「ストーンズの『If you can’t rock me (somebody will)』だよ」

「あ?」

「加藤ちゃんたちの十八番でしょ?」


 とにもかくにもその14歳の嬢ちゃんと初顔合わせの日がいきなりレコーディング本番だったのさ。今時この業界も時短・コスト削減がきつくて練習は各自でやって当日に、ガーン、てほとんど一発録りさ。まあそれが俺たちが重宝されるバックバンドたる所以だろうがな。


「ミツキです」


 着物着て出てくるのかと思ったら、なんだよ。Guns n Rosesの薔薇とピストルのTシャツ着てんじゃねえかよ。


「ミツキちゃんか。偉いロックバリバリの服じゃねえか」

「ほんとはロックが好きなんです」

「ほう」


 なんでも演歌に進んだのはマネージャーをやってる母親の戦略らしい。ミツキのルックスは高身長・痩身で顔の造形は鋭い美形。これで演歌をやればそれだけでアドバンテージになると踏んだんだろう。間違ってないし、したたかだ。ただ、実力の程を図らねえとな。


「ミツキちゃん。声出してみて」

「はい」


 あれ? マイクには行かねえな。なんだ? もしかしてそのまま声出すのか?


「あ・あ・あ・あーっ!」

「うおっ!?」


 スタジオに居た人間、みんなぶっ飛んだぜ。正直俺も演歌を舐めてたぜ。


「すげえな・・・なんて言えばいいんだ? そうだ、凄まじくソウルフルだな」

「ありがとうございます」


 とにかく声量と、いわゆるその『コブシ』ってやつも本家本元のゴスペル・シンガーに決して引けを取らねえ歌唱法だ。ひょっとしたら演歌は日本が誇れる『ソウル・ミュージック』なのかもな。


 レコーディングは見事なまでに順調に進んだのさ。ミツキは音楽の知識も半端じゃねえ。俺たちがこの子の歳ぐらいの時には感覚で出してた音をこの子はきちんと理論と技術に裏打ちされたしっかりとした基礎でもって出してるよ。


 そして、後はミツキがカバーする『If you can’t rock me (somebody will)』を残すのみとなった。

 ここへ来てミツキが思わぬことを言った。


「ドンカマを使わないで欲しいんです」


 ドンカマとはレコーディングやライブの際にテンポを保つために演奏者がメトロノーム代わりに使うリズムマシン一般を指す言葉だ。

 俺はミツキに訊いた。


「なんでだ? テンポが乱れるぞ」

「『レコード』の通りにやって欲しいんです。原曲のマスター音源はリズムマシンなんか使ってないでしょう?」

「ああ。確かにストーンズのオリジナルはテンポがどんどん変わっていくがな」

「わたし、知ってるんです。加藤さんたちがライブハウスでこの曲演ってる動画を観て。加藤さんが指揮してるんですよね」

「知ってたのかい?」

「はい」


 そう。俺がこのバンドのギター・ヴォーカル兼・指揮者なのさ。


 そしてな。ミツキのファースト・アルバムのリリース・イベントを渋谷のCDショップでやったのさ。

 演歌だしミツキは可愛らしいルックスだからな、ばあちゃん・じいちゃんが渋谷の一角に集まってくるかなりシュールな映像だわな。後はミツキを純粋なアイドルとしてフォローする兄ちゃんたちもそれなりに来てくれたさ。


 それで、最後の曲がいわばサプライズのストーンズな訳さ。


「ありがとうございます。では、最後に音楽への敬意を込めて、ローリング・ストーンズの、イフ・ユー・キャント・ロック・ミーを歌います」


 よし。行くか。


「今日は、デュエットバージョンです!」


 あ? な、何!?


「ちょ、ミツキちゃん。デュエットなんて聞いてないよ!?」

「はい。今初めて言いましたから。でも、大丈夫でしょう? 30年も演ってるんですから!」


 おそらくこの曲も知らないだろうに、イベントに集まった客はわいわいと無責任に拍手するわな。


「しょうがねえな。じゃ、歌うか」


 俺はバンドにワン・ツー・スリー、ヘイ! と目で合図してドラマーに最初のスネアを叩かせた。もう何万回弾いたか分からないリフを俺が弾いてギターがキース・リチャーズのルーズでクソッタレのようにカッコいいフレーズをなり切って弾く。


 俺がリード・ヴォーカルでミツキがそれにハモるように即興でデュエットパートを歌う。


『こいつ、どこまで天才なんだよ!』


 俺だけじゃなく、ウチのバンドの全員が思ったさ。

 俺は速攻で思い出したね。


『こりゃあ、俺が子供の頃に観たライブ・エイドのミック・ジャガーとティナ・ターナーのデュエットみてえだぜ!』


 年甲斐もなく・・・いや、歳だからか! 俺はもう熱くなっちまったよ!


「ウー! オオオイヤアアア!」


 着物着て日本髪のアップにした小娘のはずなのにミツキが本物のティナ・ターナーに見えるぜ!

 俺はミツキの持つマイクに口をガシガシぶつけるようにして歌う。

 気がつくとCDショップに来てたロック・ファンたちも集まって来てるぜ。


「ミック!」

「ティナ・ターナー!」


 おおっ! 中年のオヤジどもめ。やっぱり気づいたか! それなら中二病みてえに成り切るだけさ!


 ギタリストも、ガーン、てキースみてえにストロークかましてよ。

 ドラムも本気で自分がダイナマイトだって思ってるみてえだしベースも陶酔し切ってヘッドバンギングしてるぜ。


 俺は指揮者としての役割も忘れちゃいねえ。


『テンポ上げろ!もっと、もっと!』


 俺はギターを揺らしながら目をひん剥いてバンドを煽る。俺はカラヤンでもあるのさ!


『ラスト、行くぜっ!』


 リフとサビのシャウトが更にスピードを増す。

 アー・ハアッ! と俺は自分なりにセクシーさを込めて叫ぶ。

 ミツキが着物の裾をスリットの入ったロングドレスのように翻し、ブラックの漆塗りの下駄でまるでハイ・ヒールのように小刻みで激しいステップを踏んで俺に近づき、また、遠ざかる。


 最後はもう俺たちの年齢では筋肉が言うことをきかないぐらいまでスピードを上げて、ミツキのシャウトで曲を完結させた!


「もー、最高ーっ!」


 ミツキが着物で小さくジャンプしながら客に愛想を振ってる。


 俺はまるでレコード会社の回し者みたいに宣伝してやったさ。


「この熱い熱いソウル・ガール、ミツキをみんなで応援してやってくれ!」


 ああ・・・

 気持ち良かったぜぇっ!

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