第12話 決断
「花がお好きなのですか?」
太陽の光があまり届かぬその地。辺りは暗く砂埃と暗い雲が大気を覆っている。
「うん」
「何故、お花が好きなのですか?」
「何故かは分からない。でも、花を見てるととても心が落ち着くんだ」
黒髪の少年は一輪の花愛でていた。
「この世に生まれてきた生命なのに、何で僕たちはその生命を奪ってしまうのかな。その事を知っているのに」
「私には分かりかねる事でございます。貴方様が思った事を成し遂げれば良いのです。私はどこまでも付いていきます」
微笑みながら答える灰色の髪をした女性。
「ありがとう。そんな事を言ってくれるのは君だけだよ」
少年も微笑み返す。
「僕にはやりたい事なんて…あるのかな……」
自分の胸を抑えるように少年は呟く。
「そろそろ戻りましょう」
「ああ……痛みも増してきた」
そう言って二人は常闇に沈み、地面から生えている黄色い花は日差しに照りつけられていた。
「雪と一体となるのだ!」
「そんなの無茶です!」
昼が過ぎて火が少しずつ下がり始めている頃、少年と真之はいつものように庭にいた。
町と同様に、雪が降り積もっている。
「雪が何か分からなければ、稽古にならん!」
「だからって、雪に埋めないでくださいー!」
「問答無用!」
怪力で雪へ沈められる少年。周りが雪で囲まれ視界が白く染まる。
「助けてくださーい!」
「良いか、雪をよく見てみろ」
真之は少年の声を無視して話を続ける。
「そして感じるんだ、雪を」
「雪を見る」
そう言われ、少年は真之の言う通りに雪を見つめる。
「白くて一つ一つが細かい。凍えるような冷たさを感じる」
「よし、それが分かれば充分だ」
真之は少年を雪の中から引っ張り出し、地面に座らせる。
「これは一体なんの鍛錬ですか?」
震えながら真之に問いかける。
「これから、剣技をお前に教える。だが、儂が使う技は全て雪や氷に関する技だ。だから、雪を理解しなければならない」
「雪や氷に関する技?」
何を言っているか少年には分からない。
「つまり、雪や氷の様子を剣技にしたって事ですか?」
「そうだ」
「よく分かってないんですが」
「ならば見ていろ」
そうすると、真之は一本の木へと剣を構えた。
次の瞬間、木が斬られて倒れていた。
辺りが暗くなり始め、夕日が美しく輝いている。
「この三日で教えたすべての剣技を忘れるな。これが儂の全ての技だ」
「はい、分かりました!」
「さて、今日はここまでだ」
「はい!」
そう言って、二人は屋敷に戻っていった。
その日の夜のこと。
「はぁ、今日も疲れた」
「今日は今までで一番疲れてる顔をしているね」
「今日の鍛錬はとても厳しかったので」
「仕方ない事だな」
そうすると、執務室の扉が開き真之が部屋に入った。
真之の手には一通の手紙が握られていた。
少年には真之の顔は少し険しい表情になっていると思えた。
「随分と険しい顔をしてるじゃないか」
「儂はもう帰らなければならない」
「どう言う事だ?」
突然の宣言に驚きを隠せない少年。
「何かあったんですか?」
「極東の地で妖の勢力が増しているという、便りをもらってな。そろそろ戻らねばならない」
「妖か」
エクムントが短く呟く。
「妖ってなんですか?」
「妖は、極東の地に生息する生物で、人を敵対していて、人を襲ったり捕食したりする。だったよな?」
「その通りだ」
「そんな生物が増えているんですね」
「妖は人の三倍ほどの運動能力を保持しているがために、常人では勝ち目がないのだ」
執務室に深刻な雰囲気が漂う。
「そのために、お前は帰るってことだな」
「ああ。だが、一つ提案がある」
「提案?」
エクムントが疑問を浮かべる。
「その少年を連れて行けないだろうか」
「どういうことだ」
真之は話を続ける。
「極東には妖を退治する組織がある。だが、これからの事を考えると戦力が不足しているのだ」
「そんな事で、私の養子を貸せると思うか? 死ぬかもしれないのだろう?」
「最悪の場合、命を落とす事になるだろう。たが、儂が直接何ヶ月も指導したのはこの子しかいないのだ」
「それでも、無関係なこの子を巻き込む事になるんだぞ? 許すと思うか?」
少年にはエクムントは怒っているように思えた。
それもそうだろう。自分の子供が殺されるなどそんな事はあってはならない。
「だが、これでは多くの人が犠牲になってしまうのだ。頼む」
「この子はどう思うだろう。自分が死ぬかもしれない戦いを無関係な人の為に戦うなど、命を投げ捨てているようなものだ」
少年の心はとても痛みを感じていた。
自分の師匠にあたる人が自分を連れていきたいと頼んでいる。
だが、自分を拾ってくれた親のような人がそれを止めている。
どちらも大切な人なのだ。
「あの、一つ良いですか」
少年はある事を思い出す。
「僕の父親は『大切な人のために戦う』なら好きにして良いと言ってくれました。だから、真之さんも僕の大切な人の一人だから……」
エクムントは黙ってその話を聞いている。
「命を落とすのは嫌です。でも、大切な人が傷つくのはもっと嫌なんです」
ペンダントが白く輝く。まるで、少年の意思を表しているようだった。
「だから……」
エクムントは閉じていた口を開く。
「分かった。許可をしよう」
「良いんですか?」
「そこまで言われてしまっては、止める筋合いは私にはない」
渋々の許可と受け取るのが良いだろう。
「ただし、ちゃんとここに戻ってきて元気な姿を見せてくれ。それが条件だ」
「はい! 絶対に戻ってきます!」
「感謝する」
真之がエクムントに頭を下げて感謝の意を示す。
「その子を死なせたりしたら、私がお前を殺してやる」
「承知した。この恩は忘れない」
「いつ出発になるんですか?」
「明後日の朝だ。それまでには準備を整えてほしい」
「分かりました」
少年は微笑みながら応える。
「それでは、今日は寝ます」
「ああ、しっかりと寝てくれ」
「おやすみなさい」
そう言って少年は執務室から出ていった。
「それで、あの妖と戦う術は教えてあるんだよな」
「ああ、儂の全ての技の型を覚えさせた」
「安心とは言えないが、大丈夫そうだ」
「ありがとう」
夜の闇は深くなっていったのだった。
魔王と勇者がいるようでいない。 香夢月 @kamutsuki
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