シーク・シャイン・スターズ
矢張 逸
プロローグ
2020年、夏。東京都のとあるステージにて。
「────みんなァ! 今日は僕たち、『シーク・シャイン・スターズ』の初ライブに来てくれてありがとォ!!」
『オオオオオオォォォォ!!!!!!!!』
僕の斜め前でステージに立つ
「すごい……!」
その声量に押されたかのように、同じくステージに立つ
初めての公演────けれども、それにしては規格外に大がかりなこの会場。そしてそれすらも埋めつくしてしまう大勢のファンたちを目の前にして、僕の心は緊張やら憂いやらをとうに消し飛ばし、ただ、ただ高揚感に満ちていた。
「このライブは僕達にとって、新しい物語の幕開けを意味することになるだろう! ああ、きっとそうなる!」
龍斗はそこまで言ってから、一度マイクから口を離し、深呼吸をする。
「──記念すべき一曲目は、このバンドを結成してから初めて作った曲で、そして僕達がいまここに居るキッカケをつくってくれた曲でもある」
と、そこで僕のちょうど横に居る
「それでは聞いてくれ! 曲名は────」
美蘭がシンバルを叩く。
もうすぐ始まるのだ。僕はそっと、この顔に着けた"仮面"を直した。
僕たち四人で立つこの場所が。僕たち四人で過ごすこの日々こそが!
『 『 『青春────ッ!!!!』 』 』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
男女混合高校生バンド、『シーク・シャイン・スターズ』、通称SSS。
元号が変わるのと時を同じくして台頭してきたこの四人組バンドは、時代の変化に目まぐるしかった当時の日本に於いて今までに類を見ないほどの超人気を博し、そしてそれは"新たな時代"を呼びこんだ。
空前絶後の『超・バンドブーム』!
"SSS"に影響された少年少女、もしくは既に成人した男性、女性。果ては現役を豪語する老人たちもがこぞって音楽グループを結成し、街に出れば楽器を持ち歩く人を見かけないことが無い。
『音楽』、特にバンドへの親和性が高いジャズやロックといったジャンルが大きく発展し、いまや日本中どこに行ってもどこからか音楽が聴こえてくる。
超・バンドブー厶。それを、人々はある国民的漫画の有名なフレーズにちなんで、こう言い換えることもあった。
────大音楽時代、と。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
2020年の9月1日。夏休みが明け、新学期が始まった日。
「……ぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいんばああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
「うぉっ!?」
始業式も終え早々に帰宅の準備をしようとしたところで、僕、
「……えっ、山下。どうしたのそんな大声出して」
「ハァ、ハァ……。おい印旛ァ! 今すぐに『バンド』を組むぞ!!」
終業の号令が終わるや否や、別のクラスである僕の席に思いっきり声を張り上げながら全力疾走してきたらしい山下は、息を荒らげながら唐突にそんなことを言ってくる。
「いや、バンドって……」
「安心しろ。『ドラニクル5』っつー
「ちょ、」
「だから前回みたいに『バンド組もうとして企画倒れーー』ってのはないから安心していいぞ、それに……」
「いやあ、その」
「……他のみんなは全員楽器経験者だしそこそこやれるから、お前が懸念しそうな部分はちゃんと──」
「ちょっと……」
「なぁ!」
僕が山下の言葉に対し曖昧な反応を返していると、彼は感情が昂ったのか、両手を机に叩きつけ、椅子に座っている僕に向けて身体を乗り出してくる。
「悪いことは言わない、バンドを組むなら今のうちだ。見ろ、この教室だって、周りの奴らはみーんなこれからバンド練だ」
「うーん……」
言われて、僕はぐるっと教室を見渡す。
なるほど確かに、今教室でザワザワしているうちの大半は、これから部活もしくはバンド連習に赴くようだった。
「うん、まぁ確かに……」
「だろ!? 世間め、この夏休みの間に開催された神バンド"SSS"のファーストライブに触発されて、さらにバンドブームの勢いを増してやがる。いまや仲間内でバンドを組むのは流行りとかそういうものじゃなくなってるんだよ」
「……」
「そう、"義務"だ! 高校生なんてのは特にな。そんで、
山下はここまで早口で一気に喋り、そして「だから」と続けた。
「だから、印旛にとっても実質ラストチャンスだ。お前確か、ギターもキーボードも得意だったよな? だから頼むよ、印旛のためでもあるんだぞ」
「
「なっ……!?」
自らのアツい説得を2文字で返されたことにショックを受けたのか、山下は"ガーーン"という文字が後ろに出てそうな雰囲気で、膝から崩れ落ちる。
「何故だ……何故……?」
「……いや、それは流石にオーバーリアクションでしょ」
「オーバーなんかじゃ無い!」
「うおっ」
……崩れ落ちたかと思えば、直ぐにすごい勢いで立ち上がり、僕に詰め寄ってくる。何とも感情の行き帰りが激しいことだ。
「だってよりにもよってこの学校で、しかもこの学年で! 『バンドは組まない』なんて事をのたまうのはもう印旛だけだぞ! しかも楽器は人並み以上に出来るのに! そんなことってあるか!?」
「いやー……まぁそれはそうだけどさ」
僕に詰め寄る山下。彼の動作は相も変わらず過剰だ。
……だが彼の言うことは、今度は決してオーバーでは無いのだった。
と、そこで、
『『うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』』
「ん? おお、芙佳ちゃんがお帰りか!」
突如廊下の方から湧いて出た歓声に、山下は思わずか、そちらのほうを振り返った。
「お帰りだけであの人の数かぁ……」
僕のそんな呟きに、山下は、
「そりゃそうだ、だって彼女は今のバンドブームの中心、SSSのメンバー! その名も
そんなことをキラキラした目で語る。
なるほど、彼がバンドを始めようと躍起になっているのはそういう所からかもしれない。
「えーいいの? 彼女居るのにそんなこと言っちゃって」
そして、そんな様子を見ていると、なんだかちょっと彼をからかいたくなってしまい、僕はついそんなことを言った。
「なんだよ。いいんだよ。芙佳ちゃんだけは特別だって、由華も言ってるから。 ていうか芙佳ちゃんってもはやそういうのじゃないだろ、だからいくら可愛いとか言っても……」
「ああごめん、OK。分かってるよ」
なにか思ったよりガチで返して来たので、話題を早々に切り上げる。まぁ山下は彼女を大事にしているから、軽率に煽った僕が悪いかな。
「はぁ……。まぁつまり俺が言いたいのは、そんな彼女のお膝元の高校で周りも皆バンドを結成しているのに、それでも動かないお前が変だって話だよ」
山下はなんだか調子を削がれたふうにそう続ける。だが、そうは言っても僕は『ドラニクル5』を受けることの出来ない事情がある。
なので。
「でも、ごめん」
「……はー、そうか」
僕の返答に、山下はついに諦めたふうにそう言った。
「茨の道を往くんだな」
「いやいや、そんな大層なもんでもないでしょ……」
本当に大袈裟な男である。
「残念だ」
「うん、ごめん」
「でも……せめて文化祭とかだけでも、お前には助っ人として、一緒にライブ出来ないか。これは純粋にやりたいだけだ」
だが、用件を終えていざ帰るとなった直前、彼の放った言葉。これには少し来るものがあった。なので、
「……まぁ、1回だけなら?」
「おっ?」
「じゃっ!」
僕はそう言い残して、彼の返事も待たない内に、そそくさと教室を出るのであった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
学校から出て、途中の電車内。
九月の一日の午前に学校が終わるのはどこも同じのようで、電車内には中高生が多く乗っていた。
彼らのほとんどに共通している点は、背中などに楽器を入れたケースを掛けているところ。
そして中高生以外でも電車に乗る大人たちの中には、楽器を持ち歩いている人が多く見られた。
『楽器』といっても、まぁほとんどギターやベースだが、電車内では時折キーボードやマイクスタンド?なんてものも見かける。
……こうして見ると、なんというか今や楽器はファッションと言えるほど、常に持ち歩くという人が多くなったように思う。それぐらい、今や音楽はありふれたものになっているのだ。
『バンドを組むのはもはや義務』
先程の山下の言葉にこんなのがあった。
流石に言い過ぎだとは思うが、しかし大音楽時代とも言われる今、そういう風潮が出てきているのは事実なのだろう。
思えば楽器を常に持ち歩くという行為は、「自分は義務を『果たしてる側』の人間ですよ」とアピールする為のものなのかもしれない。
『続きまして、ピースレイブズさんの曲、"結婚前夜"です。それでは、快適な電車内をお楽しみください』
……バンドブームを経て、電車内ではどの路線も音楽を流す様になった。それもかなり大きめの、乗客全員に聞かせられるようなものである。
収録曲は日に日に代わり、また曲の変わり目には上記のようなアナウンスが毎回入るという豪華仕様だ。
こんなかんじで、ここ一年の未曾有のバンドブームは、僕たちの社会に結構大きく影響しているのだ。
僕は電車を降りて、目的地へと続く道を歩きながら考えにふける。
他にも、ここ一年で大きく変わったことは幾つもある。いまや店先でなんらかの曲を流さない店など無いし、路上ライブの爆発的増加に伴う"公用ライブスペース"だとか、『音賊』の出現、そしてなにより『一般バンドのメディア進出』がかなり普及してきていたりする。これらは全て、大音楽時代到来によるニーズの爆発的な増加による変化である。今や、日本国内であればどこにいても音楽が聞こえてくる。そんな状況なのだ。
僕はゆっくり歩を進める。
これらの音楽の爆発的流行、もはや生活をも変えてしまうようなそんなブームが起こったのも、もともと一つの高校生グループが始まりだった。
『シーク・シャイン・スターズ』
もはや日本のうちで知らない者はいないそのグループは、四人の現役高校生によって構成されている。
一人目は
SSSのリーダーにして、女ならまず落ちない子はいないとまで言われる絶世のイケメン。よくヴォーカルを務め、その歌声の前では男女問わずベタ惚れになるらしい。
二人目は観月芙佳。
女性ヴォーカルをよく担当し、男は全員魅了不可避と言われる美女。龍斗とのお似合いさ加減が半端ない為、ネット上ではリアルの人物なのにも関わらず、龍斗との二次創作が作られたりする。
三人目は
そして、最後。四人目はKoh。
唯一実名開示無しで、しかも常時、口元の開いた仮面をつけている。
口を開けばおチャラけ、すぐに高笑いをしだす、ふざけているものの素性が一切謎なミステリアスなキャラ……ということで有名らしい。好きな人は好きで、熱狂的なファンも存在するのだとか。
「ミステリアスかぁ……」
思わず口に出して、笑いそうになる。気付けば、僕は目的地の前に着いていた。
付近の看板には、『中里HOUSE』。そこはなんとも微妙な名前のスタジオであった。
僕はその扉を開き、いつものように廊下を辿る。
『時代の最高峰! まさに全ての"原点にして頂点"バンド、SSSのニューアルバムは10/26日発売!』
その途中、廊下の壁にはSSSの四人の写真付きの広告を幾つも貼ってあった。
「原点にして頂点。時代の最高峰……」
僕はそう呟きながら、いつもの一番奥の部屋へと歩を進める。
今の時代、スタジオというものはいつでも部屋が埋まっており、楽器の音に溢れているものなのだが、ここに限ってはそうでも無いようだった。
音が聴こえるのは一部屋からのみ。そして、僕はその部屋の前に立ち、ドアを開いた。
「──あ! ねぇ、こーくんが来たよ!」
「おぉ、じゃあこれで全員揃ったね」
「もー、浩一ってば遅ーい!」
……すると、中にいたメンバーが僕を見て各々そう声をかける。
「あちゃー、今日は僕が最後か。ごめん、ちょっと立て込んじゃってさ」
「あれでしょ、どうせバンド組も〜って言われて、断る理由を作るのに時間を取られたとかそんなんでしょ」
「うん、まぁそんなん」
実際はバンドを組むことの必要性をアツく語られたからなのだが、大差はない。
「正体を隠してると大変ね〜」
「まぁ、でも仕方ないよ。僕は残念ながら他のバンドを掛け持ちできるような立場にないし」
そう、僕は先程"ドラニクル5"の誘いを断った。しかし、それは別にバンドが嫌なわけでもないし、増してや山下が嫌いな訳でもない。単に、引き受けられない理由があったのだ。
「そうだね、コウが別のバンドを掛け持ったりしたら、こちらにとってもあちらにとっても一大事になりかねないし。なんたって、 今のコウは国民的高校生バンド、SSSのメンバーなんだからさ。はいこれ、いつもの」
「うん。ありがとう、龍斗」
彼──龍斗がそう言いながら僕に渡してきたものは、右半分が黒、左半分が白の、口の開けた仮面だった。
「いつ見ても似合わないわねー、その仮面!」
「うるせー美蘭。これでも世間ではミステリアスなキャラとして人気なんだからな」
「アッハッハッハッ!!!! それ、いつ聞いても笑える! おっかしぃひッハハッハッハッハッハッケホッゴホッゴホッ……」
「……美蘭って、ほんとよく笑うよねぇ」
笑いすぎてむせる美蘭を見て、芙佳は呆れたような、微笑ましいような様子でそう言った。
「ハイハイ、美蘭も芙佳も。コウが準備出来たっぽいから、ぼちぼち始めるよ」
龍斗がパン、パンと手を叩いてそう言った。
途端に、先程までワイワイと和やかだった空気が一瞬にして入れ替わる。彼はこの四人のリーダーで、それはずっと昔から今まで変わらない。だから、彼はいつもこんな役割を担ってきた。
「じゃあ、先ずは準備体操。いつものように、"青春"を合わせよう」
龍斗の呼び掛けに、僕はキーボードを前にして、今日もこの時間があることに、歓喜が湧き上がるのを感じていた。
僕の名前は印旛浩一。
だが。
「では、いくよ。3,2……」
1の声は無く、曲は僕のキーボードソロから始まりを迎える。
───幸せだ。
僕は、印旛浩一は、この四人と共に音楽を奏でる時だけは『SSS』のメンバー、
ミステリアスで、お調子者。SSSの中でも異彩を放つ仮面の男。
全国でも知らない者はおらず、皆から羨望の眼差しを受ける謎の高校生。
────それは、間違いなく僕のことなのだ。
シーク・シャイン・スターズ 矢張 逸 @yaharihayari
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