魔女に忖度は難しい

nagami

第1話

「本当にこんなことってあるのかよ・・・」

そんなことをいいながら僕は早足でビル街を歩いていた。順風満帆に見えていた僕の人生は一気に転落したと言っても過言ではない。


一流商社に勤めていた僕は将来有望と言われる程、仕事で成果を残していたし人並みではあるが、高級マンションにも住んでいた。人当たりもいいほうだと思う。恨まれることだってないはずなのにそんな中で突然のリストラ。誰かに仕組まれたのか?でもそんなことを考えてたって結果は覆らない。

それよりもこれから先のことだ。しばらくは生活をしていけそうだが、あいにく今の生活水準は保てそうにない。何か新しい仕事を見つけるまでの間、割のいい仕事はないだろうか。そんなことを考えているとふと電柱にある張り紙が目に入ってきた。どうやら花屋の広告のようだが、「なぜ花屋がこんなところに張り紙を出すんだ?」といった疑問が生まれた。それは週刊少年ジャンプの立ち読みを終えて、アイスコーヒーを買ってコンビニを出てからも消えなかった。「どうせ暇だし、普段の自分ならしないようなことをしてみるのもたまにはいいか」そんなことを思いながら足を運んでみることにした。



遠い。暑い。そして迷った。

だいたい電柱にある張り紙の情報量の少なさは異常だ。引き返すべきかこのまま進むべきか。ちょうど50:50になった頃、近くの路地裏で怪しげな集団が目に入った。そのうちの1人と一瞬目があっただけだが、それがこの先の地獄を引き起こす。そのまま花屋を探しながら歩いていると、後ろから複数人がストーカーしてきているのだ。撒こうにも土地勘が詳しくないため、とにかく走るしか方法がない。後ろから複数人が追いかけてくる中、先に体力の限界を迎えそうになった僕はもうだめだと歯を食いしばった。


その時、路地を曲がってすぐ自分の真横にあった建物の扉が開き、腕を引っ張られた。

身体が建物の中に入ってすぐに扉が閉まり、追っ手たちは遥か遠く彼方に行ってしまった。


「ああ、助かった・・・」

いや、そんなことなんて全くなかった。

目の前にはまだ問題がある。

明るいところから急に暗いところに身を置いたせいでよく見えなかったが、そこにいたのは1人の女の、子。「明らかに自分よりは歳下に見えるが・・・」と思っていたら彼女からこちらに話しかけてきた。


「なんでこんな危ない通りを1人で歩いていたんだ」

いや、なんでって。・・なんでだったっけ?

あー、そうだ。花屋だ。花屋に行きたかったんだ。全然それどころじゃない事態になっててすっ飛ばしそうになってたけど。


「えっと、花屋?に行きたくて」

「花屋?そんなもん表の通りに歩いてれば腐るほどあるだろ」

「いや、路地裏入る前の電柱に貼ってあった花屋に行きたかったんですけど、途中で迷っちゃって」

「あ?あー、お望みの花屋ならここの2階にあるけど、お前が望んでいるようなものは置いてないと思うぞ」

さっきからちょいちょい気になってはいたものの、彼女の言葉遣いを注意できるほど今の僕は徳を全く積めていない状況なので黙っていた。


「まあ、用事があるんだったら、案内するけど?あと堅苦しいのいらない。タメ口でいい。」

そういうなり彼女は僕を例の花屋に案内してくれた。扉を開けるとそこには今までの花屋とは全く違う世界が広がっていた。

殺風景で打ちっ放しの部屋。無機質で廃墟にきてしまったのかと思わせる。彼女は案内を終えて帰るかと思いきや、近くにあったソファーでくつろぎだした。

「え?くつろぐの?ここの人とは知り合いなの?」

「知り合いも何もここは私の店。だから私が君主。独裁政権。何も言わせない。」

「なんだこのヒトラーを彷彿とさせてくる感じは。」

「それで花屋にきて満足したのならもう帰ってもらえるかな?私は今から睡眠を取るんだ」

「助けてもらったし、せっかくだから花を買って売り上げに貢献するよ。」

といったものの、ここには全く花が置かれてない。本当に花屋なのかも怪しいところだ。

「ここは完全オーダーメイドの花屋だから花は逐一発注することになってるんだ。第一、ここに置いてあったって枯らす気しかしないからね。」

「なんだそのシステムは・・・じゃあ代わりにできることはないか?さすがに助けてもらってそのまま帰るわけにはいかないよ」

「じゃあ掃除をしてもらえないか?あと冷蔵庫の中にあるもので、ちゃちゃっと料理を作ってもらえたら最高だな。」

「家政婦かよ、俺は。まあ分かったよ。そこでくつろいでてくれ。」

そう言いながら僕は手際よく皿洗いをしながら料理を作って合間を見つけながらルンバを起動した。昔から家事はある程度こなしてきた為、一通りのことはできるのである。ちらっと彼女の方を見るとすやすやと寝息を立てていた。

テーブルに広げられていく料理の匂いで起きてきた彼女を席に案内し、2人でいただきますと声を合わせ、ご飯を頬張る。その時初めて顔をまじまじと見た。顔の幼さと中身の大人っぽさが喧嘩をしている印象を受けた。まるで魔女のような人だ。彼女はいったいなぜここに身を置いているのか。そんなことを考えていた時。

「ちょうど家政夫を探していたんだ。自分はめっきり家事をしないし、仕事に没頭するとなおさらな。だからどうだ、やってみないか。お金はそこらへんの時給より高くしてやる。どうだ、貧乏人には悪くない案件だろ」

最後の一言が余計な気がするが。でも確かに悪くない条件ではある。しかしただ家政夫するだけじゃつまらない。そう考えた僕はなぜかこんな提案をした。

「こんなにいいキッチンがあるんだったら、カフェを開かせてくれないか。花屋の邪魔はしないから。」

「構わんよ。家政夫の仕事をおろそかにしないならあとは好きなようにやってくれて構わない。材料費は経費にカウントするからレシートは随時私に渡すこと。おーけー?」

なんてホワイトな会社なんだ。とはいえこんな物事が進んでしまって大丈夫なのだろうか?そんなことを考えながら帰路についた。

安全なルートを教えてもらい、なんとか家に帰れた僕は、さっそくスイーツ作りに勤しんだ。

今まで歩んできた堅実な人生と真反対と言っても過言ではない、波乱万丈な人生を例の魔女と送ることになるなんて、このときの僕はまだ知る由もなかったんだ。



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