第三十六話『E-1 最強の魔法使い』




……………






……………






……………



 最早、打つ手無し

 最早、絶体絶命


 最早、この身、死待つのみ


 その中を、急遽現れた第三者が乱した。


 首の損傷から再生したワドゥーは、人の形を留めない程に酷く様変わりしている。

 が、それでも尚、火国最強は死んではいない。また再生が始まっている。



「誰だ…君は?」



 もう立ち上がれる程の余力は無い。


 上体だけ起こした状態でX005隊の隊長アーゲットは今し方現れた助力の魔法使いに尋ねる。


 細身の体は、身が女性なのは疑いよう無い。


 魔法学校の制服を着てはいない、水国兵の兵装を少しアレンジしたものを身に着けている。

 そして、顔は狐…だろうか…そのお面をしていて伺い知れない。栗色の髪だけは長いのが後ろに伸びていて分かる。



「魔法絶一」



「───鏡花水月」



 アーゲットの質には答えない。面の主は既に次の容赦無い攻撃に入っている。


 今の言葉が紡がれた瞬間だった、周囲の火国兵の大多数が倒れたのは。



(なん…!!?……急……………ば、バケモ──が─────)



 その中には、ワドゥーの監視を大任されているゼノ中尉も居た。


 X005隊ウィルグ兵長とやり合ったあの偉丈夫も、圧倒的な程の神秘の前には他と何変わり無し。

 心臓や肺、神経系に至る体中の電気信号を瞬間的に焼き切る。死、逃れ無き。


 例外無くこの理不尽な暴力に遭遇する。巻き込まれる。



「なんだ!? 何をした!?」



 アーゲットがそう戸惑うのも無理はない。


 彼はずっと彼女を見ていた。だから彼女が何かを行う動作を見逃す筈は無い。

 なのに彼の目の前で、知らず彼女は魔法を行使して退けた。



「雷のL5です。強烈な落雷を喰らって生きてる者はまず居ないですよ、取り敢えず今ので800名程死にましたのでワドゥーに注力出来ます」



「は…800…」



 余りに桁が違う。

 目前の女性は魔法使い三塔どころではない、魔女か…それ以上か。


 それに『アタック』L5の大魔法を詠唱も無く、当座する事も無く使ったと言うのだ。



 雷L5の影響か、戦場には雨が───降り始めた。



「アーゲットさん、差し迫って貴方に質問があります。ワドゥーを倒す為、必要な質です。

 貴方はまだ戦えますか?『フェイズ』を使用出来ますか?」



 言うは不明強力な弩級魔法使い。


 アーゲットは息を飲んだ。見た目の状態は察しの通りだ。

 つまり面の主は、分かってこれを聞いて来ている。



「………残念ながら先の戦闘で魔力を多く使用した。身体も満身創痍だ…これ以上の行使は『死ぬ』」



 嘘偽り無く述べた。それだけの厳を、彼女から感じ取ったから。

 その実が何かは知らないが、虚は張らない。己は戦力外だとアーゲットは告げる。



「………もう一つ質問です。アーゲット=フォーカスさん、今此の場にて命を捧げられますか?」



「………ははは………つまり死んでもやれと、まだこの体、『死ぬ』事は出来るからな」



 冷酷な質だ。答えに否定は出来ない圧がある。


 アーゲットは立ち上がる。もはや空の魔力に回すエネルギーはやる気、血液、命。

 全て総動員させて、今宵のX005隊総指揮は再び立ち上がる。


 彼女からは不思議と敬意を感じている。

 その彼女がやれと言うのだから、これはもう水国の民として致し方無い。



「僕の策で沢山の命が消えた。このまま手ぶらで冥府は行けない。ならせめてもう少し足掻いて消えるか!」



「善い覚悟です。それでこそ汚染低い魔法使い三塔。わたしも此で『命』を張る。今度こそ確実に殺しますよあのワドゥーを!!!」



 猛る面の主。アーゲットも走る。既にワドゥーの再生は胸元まで治している。

 身では無い鎧やあの黒剣すらも再生してしまっているのだから参る。


 途轍も無い再生速度だ。これでは例え粉々にしても分も時が経てば全て元に戻ってしまう。


 面の主はアーゲットに『フェイズ』を使えるかと聞いた。つまりやる事は再び身体の拘束。

 あの再生の速度を止める事に他成らない。



「魔法絶一」



「鏡花水月」



 彼女が言葉を発するとまた景色が様変わりした。ワドゥーが屑肉に戻った。


 アーゲットは気にしない。それに付いて考えを巡らす余力は無い。

 ただこれで難無く射程内に入れると思ったぐらいだ。



「今です!!! 奴の動きを止めて!!!」



 面の主がそう強く発言すると、アーゲットの瞳が朱く光る。


 まだ余力ある頃にやった『フェイズ』でも五十秒と止めるのにやっとだった。

 そしてそれを維持するのに恐ろしい程の魔力を削られた。



「おおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!」



 満身創痍。同じ事を二度。しかし今度は人間の形ではない、随分と部位は少なくなった。

 まだ生命の鼓動を感じる肉、その全てに『フェイズ』を掛ける。



「そう、それでいい…そしてわたしが更に『フェイズ』で包む!」



 二重の『フェイズ』による拘束。

 しかし傀儡を目的としてるなら今の肉の塊と化したワドゥーには脳すら無い。

 ただ堅牢にして再生を止めているだけだ。



 しかしそれも───



「馬鹿な…再生が止まらない…!?」



 アーゲットが驚愕で目を見開く。二人の全力の『フェイズ』で全て包んでも、肉の再生は止まらない。


 確かに進行こそ先程までの比では無い程に遅くなったが、高速再生が通常再生程の速度に落ちただけだった。



「『フェイズ』が効かないのか!?」



「いいえ…無理やり『フェイズ』を消しながら強引に再生している。『ゼロワン』の力です」



「『ゼロワン』…? 剣の事なら今はまだ再生も出来てないだろう?」



「そこが違うんです。『ゼロワン』は黒剣なんかじゃない…あれは只の見せ掛け。飾り。

『ゼロワン』は………『ゼロワン』その物がワドゥー、それが奴の正体」



「なん…───」



 アーゲットは考える。余裕余力は無いが、これ程の意義有る情報には抗えない。


 今の話が本当だとすると、今までの謎の辻褄も合ってくる。

『ゼロツー』までは確かに剣だった。だから見事に騙されていた。


 不死身の肉体など有り得ない。だがそれが神秘殺しの『ゼロワン』だとしたら、死なないのも理屈が付くのか?

 元々ワドゥーに人間らしさは欠片も見られなかった。正しく人間では無いのだ。



「そう、此に難攻不落の絡繰が一つ、魔法使いではワドゥーを倒せない!!

 奴の正体は神秘のアンチテーゼです!!」



 途端、一気に面の主、そしてアーゲットに対する負荷が重くなる。

 実相を見破られた為か、ワドゥーも本気で抗っている。


 味わった事無き死を前にして、火国最強も必死を出して来ている。



「がっっ…グッ………!!!! 無理だとても保たない…!!!!」



「ダメ!!! 堪えて!!!」



 共に恐ろしい負荷が二人を襲う。


 アーゲットは朱く染まった両眼から血が滲み出て来ている。レッドラインだ。


 面の主も無事では無い。『フェイズ』に対するこの抗いに魔力を根こそぎ奪われる。


 猶予は無い。事は秒をも貴重。



「そこ………の………人!!! 大きな武器持っていた水国兵さん!!!」



 声を荒げて、面の主が嘯く。


 呼ばれたのはこの魔法使いの頂上戦に、どうしようもなく付いていけない、一般人。


 X005隊ウィルグ兵長。



「は…、俺の事か!?」



 まさか、この極面、声を掛けられるとは思わかなかった。


 唖然と、ただ魔法使い達の光景を見守るしかなかったウィルグ兵長に、今一度、宿願のバトンが回る。



「貴方が! 刺すんです! ワドゥーに止めを! わたし達…魔法使いの手を介しては…『アレ』を壊せない………

 だから、生身の貴方自身の力を以って!!!」



 言われても、身体は中々動かない。


 面の主にそう、言われても、第一無理だったじゃないか。

 事実、ウィルグ兵長は既に一度止めを刺している。それなのにワドゥーは生き残った。

 自分では、最早、無力では無いのか?



「早く!!!!! 先にアーゲットさんが倒れてしまいます!!!!!!」



 弱腰に喝を入れられ、漸く身は跳ね返る様にして、ワドゥーに向けて走る。


 確かに、アーゲットからは声すら出ない。文字通りの死力を尽くして再生を遅らせている。

 頭は項垂れている。本当に魔法によって自らが殺される。



 此れより先、一瞬の躊躇が、全て無に還す崩壊の危機になる。



「このクズ肉をどうしろってんだ!!! 更にミンチにしろってか!!?」



「さ…再生には…核がある。普段は身体の内に隠れて見えない…けど…わたしが火のL5で焼き尽くした今ならば…見える筈!

 赤い宝石の様な…魔力結晶が…あの肉の何処かに確かにある!!!」



「お、おい上────ッ!!!」



 途中で割って入るアーゲットの声。


 面の主は、説明の為に、首を後ろに回していた。刹那、ワドゥーから目を離した。


 全ての元凶、今自身の危機の最大の障害

 そう捉えたのか、ワドゥーが此一番の動きを見せた。


 力を総動員させて再生した。

 それは肉体じゃない。


 抜き身の刀身だけを。『ゼロワン』の黒剣を、面の主の頭上にて再生させた。


 アーゲットが死に掛けながらも、それに気付けたのは僥倖だったが、それでも遅い。

 枯れる声、捻り出したのは、もう黒剣が振り落とされた後。


 到底間に合わない。『フェイズ』を懸命に行使している今は機敏に動けない。

 面の主も視点はまだ後ろ。剣を視界に捉えてもいない。これでは頭から真っ二つになる。


 終わ───



「鏡花水月ッッッ!!!」



 鮮血が舞い上がった。面の主の血だ。


 再生急造した『ゼロワン』は、見事に敵を斬って役目を果たす。

 そのまま、地に落ちて溶けて雨と混ざる。


 ただし、敵、頭から真っ二つとは、成らない。


 どうしようも無い状態で、回避しようも無い、先の状況。

 それでも水国最強の魔法使いは、ギリギリの選択を選び取った。



「お、前…」



 苦痛で口の中が血だらけのアーゲットも、それを唖然と見ていた。


 斬られた…いや、斬らせた…のは左腕。


 面の主は気持ち程、場を移動した。顔も何時の間に正面を向いている。

 また瞬間移動とも言える位、移動する様はアーゲットからは見えない。


 軸は脳天から左肩に来たので、『ゼロワン』の刃はそれをなぞる。


 ぼとり落ちた、それさえも面の主は気に止めない。

 既にその覚悟は、時間と時間の狭間に置いてきた。



「………は、早く!!! 再生が速まってます!!! 肉に覆われる前に!!!!」



 彼女は今の事がまるで無かったかの様に、後方のウィルグ兵長にそう言い放つ。

 左肩からは滝の様に、鮮血が噴出している。


『ガード』で止血する隙も、割く魔力も無い。


 アーゲットもこれを見て覚悟を決めた。

 反発力は増すばかりで、とうに意識は失い掛けていたが、今ので再度気が入る。



「ぐぅぅぅぅぅ…!!! やれウィルグ!!! ワドゥーを討ち取れ!!!」



 二人の魔法使いに激励され、しかし当のウィルグ兵長には、焦りしか無い。


 既にワドゥー…だった物体は肉眼にて見える距離。

 見えはするが、肉がウヨウヨと動いていて、赤い宝石の様な物を発見する事が出来ない。



「うあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」



 魔法使いによる命燃やす決死の時間稼ぎ。


 悲鳴の様なアーゲットの叫びを聞きながら、近くを転がっていた自身の大得物を拾い上げ、それで躊躇無くワドゥーだったクズ肉を叩き付ける。

 手応えは全く無い。嫌な肉の感触だ。


 面の主は兎も角、アーゲットは本当に刹那の狭間に居る。悠長は出来ない。



「クソッ! 畜生!!! その赤いやつは何処にある!??」



 身を止めているのは、

 再生を遅らせているのは、

 追い詰めているのはこちら側なのに、


 此れでは、まるで追い詰められている気分。


 その通り、此で殺し切れなければ、意味は無い。

 此で殺し切れなければ、高速再生でもう赤い石どころじゃない。


 アーゲットはもう、魔力どころか命の泉まで果たして何時でも死ぬ。


 面の主も、左腕を失って、先程の力強さは感じられない。

 高位の魔法もこの短時間で惜しげ無く使っている。その上で『フェイズ』中だ。

 魔力無限で無ければ、もう余裕は無かろう。先の鏡花水月で完全回避を行えなかったのがその証明。


 今、瞬間寧ろ劣勢を感じているのは、こちら側だった。



「クソッ!!クソッ!!! 無ぇぞ!クズ肉叩く手応えしか無ぇ!!」



 上手く隠れている。赤き魔力結晶に意志がある。


 散った肉から肉へと隠れる様に移動している。

 だからウィルグ兵長が何度肉を叩いても、嗤う様に空回りする。


 見付からない…見付けられない…


 焦りと焦燥が、この豪雨が、ウィルグ兵長の視界を濁らす。覆い隠す。


 恐らくアーゲットが倒れると、その分の『フェイズ』が消えて、忽ちの内に再生の速度は跳ね上がる。

 終了の鐘だ。ワドゥーが身体を立て直せば、それで終わる。


 例え面の主がまた高位の魔法で身体を消し飛ばしたとしても、それ止まり。

 高速再生するだけ、死にはしない。



 過ぎる刻、貴重な秒が惜しげも無く過去へと送られる。



 だが、依然として見付からない。



 命運、雨の如く悉く流され───



 それでも活路を開く。水国皇女として。



「鏡花ァァァ!!!!! 水月ッッッッッ!!!!!」



 大雨の中、面の主の叫びと共に、再度ワドゥーの身は爆炎が包む。

 威力は前の爆炎より遥か弱い。火L3、しかしそれでも十分。


 戻り掛けた肉は虚しく又散ってバラバラになる。

 その瞬間、コンマの中に映った違和の景色を、ウィルグ兵長は見逃さなかった。


 キラリ光る物が確かに見えた。直ぐ肉の内に隠れたが、確かに、見えた。



「そォこかァアアアアアアア!!!!!」



 地面事、穿てとばかりに、ジャンプしてハルバードの先端をその肉に刺し立てる。



「硬ッッッ………!?」



 地面とは別の硬さを感じた。


 狙いは正確、大当たりだ。だが、火国最強も最後の最後迄、抗う。


 易々と命、魔力結晶、壊れはしない。



「元漕ぎ屋の力、嘗めんじゃねぇぞおおおおおおおおおお!!!!!」



 今一度、振り上げる。渾身の力はX005隊ウィルグ兵長の全てが詰まっていた。


 全てが包まれた人生の縮図、只の人間による、只の人間だからこそ出来る、火事場の馬鹿力。


 再び、叩き付けたハルバード。刃の部分が、確かに宝石を捉える。



 瞬間───


 ビキン…!と音を立てて、何かが割れた。



「…アーゲット…さん…『フェイズ』を止めて」



 事の終始、確かに見届けた面の主は、隣に居るアーゲットにそう声を掛ける。


 その声を聞いたからか、それともそれは同時だったのか、

 バシャンと、水溜りに顔から落ちて、アーゲットは白目を向いて気を失っていた。



 肉の再生は───止まった。



 ウィルグ兵長は、焦げた肉を退けて、現る砕けた小さき赤い宝石を一欠片拾い上げる。



「終わった…のか…?」



 向いた先、掌のそれを見せる。

 面の主は万感の思いで、首を縦に振る。


 ウィルグ兵長の頬に、涙が伝う。


 今一番の男の雄叫びは、この豪雨の中で負けないぐらい周囲に響き渡った。



「さあ…残りの火国兵を掃討しましょう…アーゲットさんは申し訳無いですがわたしが使い果たしてしまいました。

 此れより先は…わたしが戦力…に…」



 ヨロヨロと、面の主はウィルグ兵長の元へやって来る。


 左腕の出血は止まらない。恐らく忘れているのだろう。

 短い間だが最大限最大級の貢献をした。代償に面の主も魔力底突く程に消耗している。



「お…おいアンタも無事じゃないだろ、今すぐ他の連中呼ぶから城で手当てして貰え」



 心配するそのウィルグ兵長でさえ無事では無い。カロッサで傷口を塞いでるだけで、あのワドゥーに腹部を斬られている。

 全員が、致死に至る一歩手前のギリギリを持ち堪えていた。



「だいじょう────」



 言って、面の主は歩を進めるが、先の石コロに蹴躓いた。

 それと同時に、意識も何処かへ飛ぶ。


 だが、その身、雨降りしきる汚れた地面に落ちはしない。

 フワリと誰かに抱き抱えられた。



「全く…貴女は何時も無茶ばかりする…この様で何が『殺されたりしません』ですか。

 魔法絶一も使い過ぎです。反省して下さい」



 現れたのは彼女と同じ面を被った長身の女性。

 髪は青色のロングヘアー、背には一振りの剣を背負っている。



「な、なんだテメ…」



 ウィルグ兵長は又いきなり現れた第三者を前にハルバードを向けて警戒する。



「…お前……メレアじゃ…ないか?…」



 その声に割って入るは、アーゲット隊長。


 泥水に顔を突っ込んだ事で逆に気付けになって、気を戻していた。



「アーゲット=フォーカス。しぶとい奴だ。生き延びたか」



 青髪の面は、そう言いながら、周囲を見渡す。



「探し物はこれだろ」



 その彼女に向けて、アーゲットは腕を投げた。

 片手で気失った細身の面の主を支え、器用にもう片方の手でそれを受け取る。



「…助かる。ではさっさとこの戦の勝ち名乗りを上げて、この地より隊を引き上げろ」



 青髪の面はそれを告げると、二人に背を向ける。



「何言ってんだワドゥー倒したんだ、引き上げる理由なんて無いだろが」



 ウィルグ兵長の言う通りだ。宿敵ワドゥーの死は確認した。

 結局は出鱈目な存在で、首こそ持って帰れなかったが、確かに討ち倒したのだ。


 後は、堂々とこの地に居座ればいい。


 それにクッ…と面の中で嘲笑いを零す。



「ワドゥーを倒した褒美だ、一つ良い…否良くない事を教えてやろう。お前達が今し方倒したのは恐らくワドゥーの二号。

『ゼロワン』の魔力結晶は火国に三つ…あるらしい。つまりワドゥーは後二体いる事になるな」



 ウィルグ兵長、アーゲット共に、声に成らない。

 それは余りにも刺激の強すぎる驚愕度の超える情報だった。



「う、嘘だろ? 流石にそれは………」



 ウィルグ兵長はそう尋ねる。今の話は荒唐無稽な話が過ぎる。俄に信じられない。

 いや、タチの悪い冗談であって欲しい。



「そう思うなら此に居座れ。ワドゥーを倒したのは即刻火国『Dr.』に知れる。直ぐに次のワドゥーを稼働させて此の地に来るぞ。

 もう同じ奇跡は無い。我々もこれから此の地を離れる」



「お前を信じようメレア。スキルアード隊が退却したらこちらも城を放棄して撤退する。

 それで、お前達はなんだ? 僕の見立てが正しいならそこで眠っている御方───」



 その先言わせぬと、青髪の面は人差し指を口に充てる。



「我々は『水精の翼』これ以上は詮索するな。

 ワドゥーを一体倒してくれた事、感謝する。

 だが無闇に他言しない事だ。これは私が出来るせめてもの忠告。


───あ、後続の火国兵3000だが私が追い返したので憂い無く」



 最後に何かとんでも無い事をサラリと言い残すと、青髪の面は瞬時に向こうの森へと飛び去って行った。


 此の場には、ウィルグ兵長とアーゲット隊長だけ残る。



「しれっと言いやがって。…ま、あの狐面の子の強さ見た後だと寧ろその3000に同情するぜ…

 今の奴、思い出したけどたまに現れて戦場掻き回す『雷速の右翼』って呼ばれてる奴じゃねぇかな………」



「とうの昔に死んだと思っていたが、そんな名で今も水国の為に戦っているのか…

 あの御方といい謎ばかりだな。僕は長く居るだけで、置いてけぼりだ」



 アーゲットは、ずっと彼女達が消えた森の先を見ていた。

 何かを思っている。他人には解らない。



「………で、どうするよ? 決めんのはお前だ」



 ウィルグ兵長はそう言って、己が隊長に指示を促す。



「今の話、自分の胸に秘めておけ。X005隊は残敵を掃討して一度拠点の城に戻る。

 協会へ報告も必要だろうし、落ち着き次第、王都へと向かう」



『了解』と短く返事を返し、ウィルグ兵長は大得物を肩に背負う。


 残敵掃討…と言っても面の主がやった雷のL5で全て終わってしまっていた。


 ミハエル少佐達の集団も、既に此には居ない。

 火国後続3000?もう無い。



「敵いねぇじゃん」



 ウィルグ兵長が、隊長にそう突っ込む。


 そうだな…とアーゲットは又考え、もう本当は倒れ込んで休息を取りたい身体に喝を入れ、今宵最後の仕事に向かう。


 魔力は空だ。スッカラカンだ。体内エーテルも恐らくは使い果たした。

 もう逆さに振っても魔法は出ない。死の縁に迄手を伸ばし、命を魔力として燃やした。


 愛用の眼鏡も罅割れている。身体も雨や泥を被って汚れに汚れていた。

 清潔を気にしていた男の面影は今や見る影も無い。


 X005隊隊長として誰よりも消耗し、そして誰よりも勝ちを求めた。



「皆の衆よく聞け!!! 此度の戦、我が水国X005隊の勝利だ!!!!!」



 犠牲も多かった。数で言えば半数は死んだ。


 カリム含む2200程の誉れ高き水国兵。

 X005隊魔法使い二塔フリシア副長。


 どうしようもならない事態もあった。


 自分達の力で無い第三勢力の助力もあった。これについて言えば正に奇跡だ。

 面の主…アズサ皇女の介入無ければ、間違いなく勝敗は逆だった。


 しかし、X005隊は偉業を成し遂げた。


 宿願、仇敵ワドゥーを倒して退けたのだ。



 残った水国兵、全員が己が武器を掲げて、勝利の猛りを吠える。



 雨は何時の間にか、上がっていた。





 北の戦は、こうして幕を閉じる───












 


 



 








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『WORLD』〜魔法使いのpawn〜 朱蒼 @i765

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