第五話
帝都の近隣にある山奥――軍の演習場として使用される区域で、私達は訓練を行っていた。
相手はティエルと、アベルの専属メイド——二等級冒険者のレイチェルである。
木々の隙間を縫って、レイチェルの蛇腹剣が襲い掛かってくる。
『風よ、集え——』
—―蛇腹剣を風を纏わせた刀で弾き、踵を上げた瞬間――風を足裏で爆発させ、高速で飛来し向かってくるチャクラムを躱す。
レイチェルが持つ蛇腹剣ウロボロスの刃は龍の鱗が使用され、ワイヤーには龍の髭を――柄の制御術式から操作されている。ティエルのチャクラムはセットのピアスが遠隔操作の媒介となっており、飛行と通信の術式を併せ持つ武器である。
状況判断および体力や体幹、風魔法を鍛える訓練なので、チャクラムを氷で封じる等の手段は使わずに戦闘を行っていた。風魔法は魔力効率が良く、光属性の次に汎用性が高い。
反転して来たチャクラムに、刀を振い——二筋の風の刃を放つ。片方のチャクラムが風の刃を避け、此方へ向かってくる。刃を返しチャクラムを直接弾いて間もなく蛇腹剣の襲撃。横跳びに地を蹴り切先を避け、ワイヤーに連なる刃の波を潜り抜け、レイチェルへ向かい距離を詰める。
それを阻む様に、再びチャクラムが襲い掛かってくる。
刃に纏わせた風を爆発させ、チャクラムを遠くに弾き飛ばす。迫りくる二つ目のチャクラムを避けると同時に円の中に刃を差し込み、身体を回転させてレイチェルに向かって刀を振い——刀身からチャクラムを投擲する。
レイチェルは、向かってくるチャクラムを柔軟な体捌きで避け、引き戻していた蛇腹剣を伸ばしてくる。
迫りくる蛇腹剣に合わせて刀を振うも——空を切った。時間が止まったかのように、ピタりと動きを止めていた蛇腹剣の切先が再始動する。すかさず、地を転り——伸びる切先を避ける。
『風よ、集え——』
態勢を立て直すと共に一足で——レイチェルとの間合いを詰め、峰打ちを迫らせる。
レイチェルはその刃を横跳びに避け、木に巻き付けていた蛇腹剣を稼働させ、空中を移動し木の枝に着地する。バランスを崩して枝から落ちるも、素早く枝に蛇腹剣を巻き付け、地に降り立つ。
頭から落ちなくてよかった……。
木々に潜んでいたティエルが姿を現し、
「ユア様、すいません。魔力が尽きそうです」
レイチェルも、すぐ近くの木に寄りかかり、
「私も、体力が尽きかけです」
「訓練は終わりして、休憩したら帰ろうか。二人共付き合ってくれてありがとう」
アベルとセシルはイビルの討伐任務で、私は待機となった。この前、倒したイビルは下級階位と呼ばれる強さで、私が上級階位と相対するのはまだ早いと言われた。
二人なら大丈夫だと思うけれど、少し心配である。
私が帝剣となる一年半前、アベルとセシル――二人と並んで称えられていた帝剣オルト=ウィンダが消息不明となっている。
♢ ♢ ♢
魔導文明の発展に貢献した魔導師、あるいは賢人と呼ばれる者達がいた。中でも、古竜の血からエクシールと呼ばれる霊薬を生み出したヴィジャ=ハーディスの名は、レームス大陸で魔学や魔術に精通している者ならば、知っていて当然の人物であった。
エクシールは、あらゆる負傷や病を完治し、体力と魔力さえ回復させる薬である。エクシールを錬成した事により、ヴィジャは二十六歳で賢人の仲間入りを果たした。
尤も、ヴィジャがエクシールを創った目的は人助けの為ではなかった。
万能薬の次は——不老不死の探求であった。ヴィジャは先を見据えて禁術に指定されている死霊術と生物合成術――キメラの製法にも手を出していた。人の間で生きる事を辞め、人の分かれ道に入ったのだ。
四年後——ヴィジャは、エクシールに改良を加えたモノを竜の卵に注入し、薄膜を残して卵の殻を剥ぎ、赤い卵型の魔法生物――エッグを生み出した。
眠らせたダンピールを転がし、裸体のヴィジャがエッグを両手で持ち、生物合成術の魔法陣の中へと入った。
ヴィジャはエッグを天へと掲げ、魔法陣を発動させた——生まれ変わったヴィジャが、最初に感じた衝動は血を欲して要るという事であった。
知能あるキメラ——悪魔に捕らえさせた純潔の乙女達の居る部屋へ、ヴィジャは生まれた姿のまま、歩を進めるのであった。
教会の教えである神に捧げる純潔とは、まさに処女の生血を好む吸血鬼の為にあるようなモノで——教会とヴァンパイアは協力し合う関係であった。不出来なヴァンパイアの始末や死霊術で浄化の仕事が生まれ、見返りに処女の生血が用意された。
死霊術で不老不死を目指す方法は、多量の生贄と長い年月が必要であった。亡者は、夜に力を増すが陽の光や浄化系、火に弱かったりと弱点が多く、リスクの高い選択となる。生者であるダンピールは、不老と不死性がヴァンパイアに劣るので、蔑まれる存在であった。
ヴィジャは、生物合成術から誕生した悪魔族のドラキュラ、死霊術から誕生した亡者的なヴァンパイア――吸血鬼を二種に分別した。高位のヴァンパイアになると生気を取り戻し、自前で生成できるようになるが、決定的な違いはファミリアを増やす眷属化の儀式で現れる。
元は、魔術師が弟子に魔法適正を継承させる儀であり、生と死を彷徨う瀕死の状態の弟子に、血を与えながら蘇生を行う事により親族化する儀式であった。本来は世代を重ねる毎に完成されていく儀式であるが、眷属とする儀式は真逆といえる。
ヴィジャを始祖とした吸血鬼は亡者の特性を持つ事はない——それは教会とヴァンパイアが結んだ協定を破壊しかねない大敵――悪魔は滅さなければいけないのだ。尤も悪魔族のドラキュラにおいては、高位のヴァインパイアと見分けは殆ど付かず、ヴァンパイアも一枚岩ではなかった。
人外と成ったヴィジャに、侯爵位のヴァンパイアが接触してくる。その者から得た情報を基に、夜街を支配しているヴァンパイアの一部をヴィジャは掌握する。情報の対価は花を主食とする人間を造り出す事であった。
ヴィジャはその嗜好に敬意の念を込めて関心を持った。欲望を追求しながら、協定血族と教会に亀裂を入れる一手、勢力図を大きく塗り替える案件であったのだ。
教会と手を結ぶ、協定血族と呼ばれる吸血鬼の最大勢力ではなくなり——悪魔側の侯爵派、協定派、中立派の三つに分かたれた。
ヴィジャが次の標的としたのは、ディアガルドの隣国——エルガレス王国であった。
エルガレス王国の領兵に、見た事もない化け物が村を襲っているとの報せが入った。その被害が増えて来た頃には、邪悪なる存在——イビルと呼称されるようになった。
悪魔の血と闇に親和性の高い魔石の粉末を混ぜ、錬金術で鋭利に構築して邪霊を宿らせたの物が、満たされぬ飢えを与える——イービルピースであった。竜などの高位な存在には効かないが、邪霊が侵食できる低位の魔物は沢山いた。
半年後に——姿絵とは異なるヴィジャなる人物が、悪魔を生み出している事を王国の諜報員が突き止め、小飛竜で女王に手紙を飛ばした。以降、その者から連絡が来る事はなかった……。
奴隷に新たな名を刻み精神を縛る呪術と似た原理——己の名を偽れない誓約により、ダンピールと精神が統合される事をヴィジャは回避した為、偽名は使えないのであった。
王国では勇者という地位が存在し、イビル討伐に尽力していた。状況を把握した勇者序列一位が『私がヴィジャを始末しましょう』とエルガレス女王に申し出た。
女王は目を瞑り、防衛の要でもある勇者を敵地に送るか思案し——悪魔討伐を許可するのであった。
万全を期して、三名の勇者が悪魔討伐の任に就いた。
エルガレス女王は、ディアガルドで悪魔が誕生した事を同盟国に伝えた。そして、ディアガルドは灰国と呼ばれるようになった。
悪魔族が暴れていた古の時代――民家は焼かれて灰に、家畜として扱われて多彩であった人の性格や生活は色褪せ、反抗心も徹底的に折られ——黒にすら染まれぬ灰の領域。悪魔族の占領領域を地図でも灰色を使って塗りつぶしていたので灰と呼ばれる。人型は魔族と呼ばれる事もある。
尤も、ヴィジャは表立って虐殺を行っておらず、利潤に関与出来るなら——相手が悪魔であろうと取引する者はいた。
ヴィジャには人の欲望を満たす手札があった。
夜間——ディアガルドの一等地に建てられたヴィジャの館に侵入する勇者一行。それを予見していたかの様にヴィジャが客間で待っていた。相手は元賢人、罠があるのかもしれないと勇者一行は部屋中を見渡した。しかし、その様な魔術印の痕跡は見当たらなかった。
仕掛けは無かったが、ヴィジャが口にした言葉は——最も危険な魔力を持つモノであった。不老不死と力が欲しくないかと勇者達に問うたのだ。
それにいち早く解答したのが、勇者序列二位のキリカ=レヴァインであった。キリカはヴィジャに言葉ではなく行動で答えた。勇者序列一位の首を後ろから刎ね飛ばし——序列三位の勇者と剣を交え、討ち取って見せたのだ。
永遠の若さと現在を越える力、欲さずには入られなかった。
レームス大陸に魔王が誕生した——四十年後、ファルクス帝国でユアが産声をあげる。
剣聖及び帝剣、各国の勇者と英雄、勇敢な兵士達に腕の立つ冒険者の活躍。そして——幾多の争いがあろうと中立であった教国が同盟に加わった事で均衡は保たれていた。
蒼き瞳のユア 薬草一葉 @ht04
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