第1回ドラゴン対策会議

ももも

第1回ドラゴン対策会議

 ディンビー国の王城のてっぺんに巨体なドラゴンが舞い降りたのはディンビー歴336年のことだった。

 建国の由来がドラゴンにまつわるディンビー国にとってはめでたいことで、国をひきいてのお祭り騒ぎになった。

 彼らは1日でもドラゴンが長くいてくれるように願い、あらゆる手段を尽くし、それに呼応してくれるようドラゴンも居続けた。

 そんな事態が一変したのはとある朝、幼き王女が泣きながら言った一言であった。


「あのね、私のお部屋のお窓がね、ものすごくくさくて茶色いものでおおわれてしまう怖い夢をみたの」

 侍女の報告を受けた王直属の侍従長は緊急召集を行った。  



「それでは第1回ドラゴン対策会議を始めます。現在の状況報告を文部大臣からお願いします」

「はっ。ドラゴンが我が王国に飛来したのは93日前のこと。建国以来、過去に2回の飛来記録がありましたが、いずれも1日と長く居続けたことがなく、当初はすぐに飛び立つだろうと予想されていたドラゴンでしたが、大量のキャベツとトマトと牛乳による餌付け……ではなく供物により、現在もなお居住地を城の天辺に構えております。懸念点はドラゴンがアレをいたした場合であります。詳細は環境生物大臣よりお願いします」


「はい。現在、大学の協力を経て交代制で当ドラゴンを四六時中観察しておりますが、採食行動および睡眠行動のみ確認されております。しかし、異国には1週間分のアレを一気にする動物もいるため、あのドラゴンがいきなりボボボボンする可能性も否めません。ちなみにこの約3ヶ月間にわたるキャベツおよびトマトの採食量は実にバケツ9322杯分。食性より草食動物であると考えた場合、消化効率はあまりよくなく、アレとしておおよそ5000杯分がでてくると推測されています。そうなるとこの城は茶色く染あがることになるでしょう」


 一部の人間は「いやいや、腸管の許容量を明らかに越えているだろう。どこに詰まってんだ」とつっこみたかったが、専門家の言うことなら間違いないみたいな空気に流されなにも言えなかった。報告を受けた王はため息まじりに答えた。


「まさに王女の夢が現実となってしまうというわけか。そんな事態になったら、王家の威信は失墜し他国からは嘲笑されるだろう。なんとかアレの前に、飛び立ってもらえないだろうか。財務大臣の意見はどうだ?」


「餌付けをやめるのがよろしいかと思います。かのドラゴンのおかげで観光収入は自他国から大幅に増加しておりますが、流行はいずれ廃れるもの。飼料代も馬鹿になりませんし、徐々に減らしていくのが理想かと」


 財務大臣の意見に渋い顔をしたのは防衛大臣だった。


「いつ何時アレするか分からん上、今日明日に起きる可能性も0ではない。そんな悠長に構えていては時間がなくなるばかり。そうなる前に今すぐにでもとっとと追い払うべきだ」


「神聖なるドラゴンにそのような冒涜行為を働けば、この国に災いがふりかかるぞ……!! そもそもドラゴンは存在が神の化身そのもの。我々のようにアレをするなどありえぬ!」


 泡を吹きながら反論した祭司長に防衛大臣は皮肉気な笑みを向けた。


「つまり尻の穴がないと?」

「ええ、ええ、そうですとも……!」

「であると祭司長は主張されているが環境生物大臣、例のドラゴンの尻の穴の有無は分かるか?」


「資料を確認しておりますので少々お待ちを……ああ、こちらですね」


 彼が皆に見えるように広げた大判の紙は、ドラゴンが尾部を挙上させた場面の詳細な写生であった。誰もが注目したその尻尾の付け根のお尻部分に、花のような形のものがしっかりと確認できた。


「あれが尻の穴でなければなんだというのだ? そして存在するということは当然アレをする。それともなにか? 外へ出す行為以外に尻の穴に使い道があると?」


「くぅ……!」


 防衛大臣の言葉に祭司長は真っ赤に黙り込んだ。場になんか変な空気が流れそうになるところをぶったぎるように、王は口を開いた。


「二人とも落ち着きつけ。とりあえずドラゴンには尻の穴がありアレをする可能性が大ということだ。ならばその対処を考えねばらなない。防衛大臣、もし追い払うとするならばどのような手段を考えている?」


「情報があまりにも少ない現状、敵対行動と思われる行為はリスクが高すぎるため避けるべきかと。怒らせた結果、火を噴かれ城が丸焦げに、なんていうことだってあり得ます。なるべく穏便な方法でいきたいところです」


「して、その方法とは?」


「過去のドラゴン退治にならって大量の酒を飲ませ、眠りこけたところを見計らって遠くの森へと運ぶのです」


 続けようとする防衛大臣を財務大臣がさえぎった。 


「いやいや簡単にいうがね、まずどうやって城から降ろすというのだ? あの巨体を運ぶのに階段は使えない。城外からならドラゴンを乗せられるほどの大きなゴンドラが必要だが、建設すると考えたら莫大な時間と予算がかかるぞ」


「そんなものいりません。下へ突き落とせばよいのです。ドラゴンは非常に頑丈と聞いています。ならばあの高さなら落ちても大丈夫でしょう」


 あまりの計画に場が騒然とした。白目をむいて祭司長が倒れたがそっちは誰も気にしていなかった。


「毎日ありがたやと拝んでいる国民が大勢いる前でそんなことしたら暴動ものだぞ!」


「遠くからでは落下したところしか見えまい。寝返りをうって落ちたと言えばよいでしょう」


「万一、骨折したらどうする気だ!」


「アレの被害を抑えるためにはやむを得なかったと考え、全力で治療にあたる準備をしましょう」


「そもそもそれのどこが穏便な方法なんだ!」


「最初は投石機による追い払い方法も考えていた。それと較べればよっぽど優しい方法だ」


「どこがだ!」


 ふんぞりかえって防衛大臣は色々言い返したが、最終的に王は首をふった。


「やるとしても最終手段だ。他に意見はないか?」


 それからかなりの時間、ぐだぐだとああでもない、こうでもないといったりきたりの議論が続いた。時間をかけた割には結局なにもまとまらず、この非生産的な会議を明日に持ち込む方向に向かっていたところ、扉をばんと開けて、近衛兵が現れた。


「会議中、大変失礼します。ですが当ドラゴンに関して早急なご報告を!」


「一体なんだ? ドラゴンがどうしたって?」


「お尻をあげ、いきんでいます!」


「なんだと!?」


 皆、飛び上がるように席から立ち上がった。

 来るべき時が、来てしまった。

 


 城のてっぺんではドラゴンが尾を高くあげ、しきりにぐるぐる回っていた。

 なんとも辛そうな光景で、それを城の下にいる者たちが皆、不安な目をして眺めていた。


「ご報告申し上げます。城にいる者らはほぼ全員避難させました。残っているのは、たとえどんな目にあってもドラゴンのアレな場面を間近で見たいと志願した環境生物大臣および観察にあたっていた大学教授と学生らのみです」


「防衛大臣、ご苦労であった。その様子だと、かなり説得に時間をかけたようだが、あやつらのことは放っておけ。学者とはああいう生き物なのだ。しかし、いつまでたっても肝心なものがでてこず、あのように動き回っているところを見ると、もしや便秘なのではないか」


「かもしれません。気休めかもしれませんが、お腹を温める用に、温水をいれた皮袋を彼のそばにいくつか置きましょう」


「頼む。こうなった以上、あとは見守るしかない」



 やがて日は落ち、月がのぼった。

 野次馬に来ていた国民たちの半分以上が、なにか新しいことがあったら呼んでと家路につくなか、ドラゴンの動きが変わった。 

 ぴたりとその場で静止し、今まで以上に尻を高く持ち上げた。月夜に肛門が明るく照らされる中、みるみる膨れ上がっていった。


 ああ、ついにか。

 もうおしまいだ。誰もが思った。


「ああ、他国からは一体なんと噂されてしまうのか」 

「いっそのこと早々と開き直って改名した方がよいのでは」

「どのようにだ?」

「ぱっと思いついた名前はブラウンソース城です」

「他国への晩餐会に招かれた際、王女に『あのブラウンソース城から参りました』と言わせる気か? あまりにもお可哀想そうだ」


 悲壮な空気が漂っていた。けれど、どうすることも出来ずに成り行きを見守るしかなかった。 

 そして、次の瞬間。

 ドラゴンの肛門から何かが勢いよく飛び出した。

 それは弧をえがき、城壁を飛び越え落下していく。そしてズドンと音をたて東の広場の地面に直撃した。

 ドラゴンはすっきりした顔をすると、大きな翼を広げ、西の方向へ飛び去っていった。


 思いも寄らぬ展開に皆が呆然とするなか、防衛大臣は謎の物体が落下した地点へ走った。途中、城を駆け下りた環境生物大臣と合流した。


「ドラゴンの尻からでてきたものは一体なんなのだ? アレではないのか」

「ああそうだ。我々は勘違いしていたのだ。あれは肛門ではない。総排泄腔そうはいせつくうだったのだ」 


 聞き慣れぬ単語に、一体なにソレ、と思いながら防衛大臣がたどり着いた先、城下で観察を任されていた学生が環境生物大臣を確認すると興奮して叫んだ。


「卵です! あのドラゴンは便秘ではなく産卵していたのです!」


 東の広場には、人の背丈ほどもある銀色の大きな卵が一つ転がっていた。



 ドラゴンの置いていった卵を見ようと、連日多くの人間が詰めかけた。

 文部大臣は今回の出来事を介助により無事産卵に至ったと歪曲しながらいい感じに書に記し、財務大臣は金のあまりかからない観光資源にほくほくし、防衛大臣は人の混雑緩和に向け交通整理にいそしみ、環境生物大臣と大学教授はあれはどの種のドラゴンか連日討論し、王は諸国へ喧伝けんでんした。

 ともあれ、危機は去った。しばらくの間、人でごった返し毎日が祭りのようであったがようやく落ち着きを取り戻した頃。

 

 ある朝、王女が朝食を食べながら首をかしげた。

「あの卵、温めなくてよいのかしら」


 報告を受けた侍従長は再び、召集をかけた。


「それでは第1回ドラゴンの卵対策会議を行います」

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