かまいたち

賢者テラ

短編


 むかしむかし。

 昔の日本の、とあるところに——

 かまいたち、という妖怪がおった。



 今は科学が進んどるからの。

『かまいたち現象』ちゅうのは妖怪のせいじゃない、というのが常識じゃ。

 でも昔には、ほんまもんもいたのさ。



 たちの悪いのがおっての。

 そいつは、人間を襲って、食っちまう。

 それだけじゃあなくてなぁ。ただ殺すだけでなく——

 少しずつ、人間の体を切り刻んでいってな。

 一気に致命傷を負わせずあえて逃げさせて、最後には追い詰める。

 死ぬ瞬間の獲物の怯えた顔を見るのが、食うこと以上の快楽じゃったと。



 ある日のこと。

 その日も、恰好の獲物を見つけたんじゃ。

 暗くなった夜の街を、ひとりで歩いておる若い娘っ子がおってな。

 まずは悲鳴を上げさせようと思って、後ろから鎌で切りつけた。

「…………!」

 そのまま地面に倒れたが、悲鳴ひとつ上げん。

 かまいたちが見ていると、その娘は手探りで地面を這い出した。

 何か探しているようじゃ。

 おなごの五尺ほど右手に、杖が転がっておる。まだ若いのになぜ杖?

 そばにそれが転がっているのに、なぜ分からんのか?



 ……そうか。こいつ、目が見えんのか。



 しかも、悲鳴を上げないのも、この娘は声を出せないからだと分かった。



 見えない、そしてしゃべれない。

 かまいたちは、何だか拍子抜けしてな。

 だって、そんな弱いのいじめても面白くない。

 悲鳴も上げられない、怖い姿を見せつけてもやれないおなごなんて。

 そんなの血祭りに上げたら、かまいたちの名が泣く。

 しょうがないから、かまいたちはおなごの杖を拾って渡してやった。

 自分でも、何でこんなことしてやるんやろ、って不思議に思ったさ。

 したらば、娘がね——

 かまいたちの体にしがみついてさ、ぎゅっと抱きしめてきたのさ。

 きっと、感謝を表したかったんやろね。

 よく見ると、目の覚めるようなべっぴんさんだ。

 もしかしたら、二重の障害に苦しむ娘に神様が美貌をお与えなさったのやろか。



 さぁ。面食らったのは、かまいたちのほうさね。

 今まで人間ってのは、切り裂いて食う対象でしかなかった。

 でも、見方が変わっちまった。

 娘っ子の体は、温かかった。

 押しつけられた娘っ子の柔らかい胸の膨らみが、かまいたちの胸元で歪む。

 何だか、ようわからん感情に襲われたかまいたちは——

 鎌を引っ込めて、人間の若い男に変化(へんげ)してな。

 娘と一緒に、家まで歩いてやった。

 もちろん、手をしっかりつないでな。



 それからというもの。

 目の見えん、口のきけん娘とかまいたちは恋仲になった。

 娘はいつも決まった時間に現れては、かまいたちと散歩を楽しむ。

 たったそれだけなんじゃが——

 それでも、かまいたちも娘も幸せじゃった。



 かまいたちは、だんだんやせ細ってきた。

 なんでか、って??

 娘が好きになってからな、人間が食べれんようになったんじゃ。

 だってさ、人間食べたらきっと娘は自分のこと嫌いになるじゃろうなって。

 でもな。

 飢えてくると、人間がおいしそうに見えてしょうがない。

 さらに始末の悪いことに、このかまいたちは人間しか食えなかった。



 ……そうだ。この目がいけないんだ。



 かまいたちは、自分の両目をえぐった。



 ……人間が見えなんだら、襲わなくて済むじゃろ。



 痛かったが、かまいたちは喜んだ。

 娘っ子も目が見えんから、これで一緒じゃ。



 でもな。

 極限状態にまで飢えるとな。

 目が見えんかまいたちは、のたうちまわって——

 何でもいいからやみくもに鎌を振って、人間を仕留めれられんか?

 そう考えるまでに追いつめられた。

 でも、最後には大好きな娘の顔が浮かんだ。



 ……そや。この鎌の手が・足がいかんのや。これもなければ——



 ついにかまいたちは、自分の両手・両足も切断した。

 芋虫みたくなったかまいたちは、地面に転がった。

 そして、だんだん弱り果てていった。



 うれしいなぁ

 これで、娘に嫌われないぞ

 喜んでくれるかなぁ

 一緒に暮らせたらええなぁ……



 かまいたちは、殺されさえせなんだら永遠に生きたはずなのに——

 死んでしもた。

 でも、その死に顔は優しい目元をしておった。



 村人は、奇妙に変わり果てたかまいたちの死骸を発見した。

 何があったかはよう分からんが、やっかいな妖怪が死んだことをみな喜んだ。

 当然、背後にどんな事情があったか、誰も知る者はおらん。



 時が過ぎて——

 娘は、せっかく親しくなった男が急に姿を消して泣いておった。

 初めて出会った、心許せる男やったのに。

 でも、ある日のこと。

 突然、娘の眼が見えるようになった。

 急に言葉をしゃべり出した。

 これには、村の皆も驚いた。

 奇跡じゃ! 誰もが、口々にそう言った。



 あれから10年たった今も、べっぴんの娘はひとり身じゃ。

 言い寄る男は、たくさんおったんじゃけど。

 娘はこう言って、首を振るのじゃ。



 うち、何でや知らんけど結婚したいと思わへんのよ。

 説明でけへんけど、ひとりな気がせえへんのん。

 心の中にね、自分とは違う誰かが一緒におってくれてるようで——

 笑われるかもしれへんけど、きっとうちの旦那さんかもしれへん。



 むかし、むかしのお話。

 今頃、どうしてるやろか。



 どこぞの世界で、二人はなかよう暮らしてるんやろか……

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かまいたち 賢者テラ @eyeofgod

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