第2話

 




 誰とも目を合わせないように広間の中空を見やる。人の目は見たくないし、こちらの目を見られたくもない。

 注目されることに、こんなにも嫌気がさすとは知らなかった。これほどの人に囲まれたのは初めてなのか。大勢の人をこの目にしたのは、いつぶりなんだ?



 、という言葉に引っかかる。


 この目は自分のもんじゃない。この目でこの世を見たのは、今が初めてだった。



 目ばかりか、骨ばった手も股下がやけに長い足も額にかかってうざったらしい前髪も、この身体全部が自分のものではない。

 白ずくめで何の模様か分からない刺繍で全面を飾った服も、華奢な軽い靴も、身につけた何もかもが自分じゃない、どこかの誰かのものだった。



 というか、ついさっきまで、どこかの誰かのものになるはずだったものだ。



 今、祭壇の下でこちらを見上げて話しかけてくる若い男が一心不乱に説明している内容の、その相手が、この身体と装備と呼びかける称号を貰うはずだった奴だ。広間に集まった者たちが、どよめいて出迎えるほどの重要人物だ。



 そして、この世界に呼び出された、我らが救い人というやつだ。



「我々は貴方様を生かし、貴方様に尽くすために、この世に生を受けた者。この身を失うことがあっても我らの心にその誓いがある限り、なんの悔いもございません。例えこの世に一人となっても、お供いたします」



 説明役は声も高らかに、自らもその一人であることを宣言した。


 他の連中とは違う黒を基調にした服装で、どうやら執事かなにかである青年は、彼らが絶対の忠誠を持って交わした契約内容を事細かく説明してくれる。

 しかしその内容は、どんな時も一に服従、二に追従。三四も五六もその先もと、適用される状況が変わっていくだけで、まったく代わり映えがしない。

 薄っぺらくて一方的な、救世主様とやらが貪る利益の詳細が延々と続く。


 長くまどろっこしい説明を聞く限り、この身に入るはずだったそいつには疑いと驚きを通り越して、吐き気がしてくる。

 特に一番初めに聴かされた三か条が、諸悪の根源を成していた。




 一。王国のものとその全ては、主たる救い人と、その器に入りし御魂に必ずや従うべし。

 二。救世主たる主の求めは器を与えし神の言葉と心得て、絶対を持って忠誠を誓い、その身と命を捧げて応えるべし。

 三。救世のため、主に血肉を捧げることが、我らのよろこびと心得るべし。




 なんだその、約束は。

 血肉を捧げよ、って悪魔の生贄いけにえか。本当は邪神でも復活させる気なんじゃないだろうな。



 呆れた心の声が悪態をつき、自分もそれに賛同した。救われるためには身を投げ出せ、死んでも知らんって、そんな無条件に不利な契約を全国民がよくんだなと思う。

 いつ何時どんなに理不尽な要求でも、あがたたえて、満足なさるまで世話を焼け。要はそんな内容なのだ。



 気に入らない。そんなもの、世界を救うには必要ない。



 繰り返しばかりの単調な説明がやっと終わり、地味な服とは反対に派手な桃色の髪をした青年は片ひざをつく。彼はようやく端正な顔を上げ、こちらを呼んだ。



「勇者様」



 気に入らない。すっぽかしの穴埋めをさせられるのは。



「皆に御言葉を」



 気に入らない。発言を強要されるのも。








 

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