第5話 要らない御加護

 




「その加護に、、ってのがあったけど。それは何?」



 セオは優雅に微笑む。かしこまった顔を崩さないようにと指導されてもいたのだが、この御力に関しては微笑まずにはいられないようだ。その笑みに嫌な予感を一層強くした勇者だが、それならなおのこと、詳しく聞いておかねばならなかった。



「なにか、危ない能力なんだな?」



「いいえ。決して危険なものではありませんよ。この、愛されしものの加護については、目覚めてからずっと発揮されているかと思います。勇者様を敬い慕うものを魅了し、付き従える能力ですので。勇者様の身に危険が及ぶことなどございません」




 やっぱり危ない力じゃないか!


 知らない奴に付き従われる筋はない。それも己が知らないうちに!




 自身がとっくに自分が最もなりたくはない、人を意のままにしようという邪悪な存在になっていた衝撃で、勇者は危うく奇声を上げかけた。それをぐっと飲み込み、微笑む世話役に問う。



「発揮されているって。意図せずにもう、使っているってことか?」



 セオの答えは、もっと強烈なものだった。



「意図しても使用することは出来ると聞いております。相手の瞳を数秒、勇者様のその目で見つめるだけで、どんな者でも魅了することが叶うのだそうです」




 要らん! そんな力は要らん。それもう加護じゃなくて呪いだろ!




 の真実に寒気を覚えながら、人嫌い勇者は次の問いをぶつけることにした。

 これは今現在、早急に真相を聞かねばならない、非常に重要度が高い疑問である。だがそれを聞くまでに勇者はこの疑問を言葉にすることを、ためらわずにはいられなかった。



「……君は。君は今、魅了を受けているということでいいのか?」



 セオはすっと背筋をのばし、かしこまった態度で主へ穏やかに答えた。



「いいえ。ご安心ください。私めはすでに、勇者様に付き従うことへ誓いを立てた者です。加護の力が強制的に発動されることはありません。いつ何時でも呼びつけて頂ければ、ご用命を承ります」




 同じことだって、それ。




 愛されしものの加護の力を使う必要がないならないで、その相手はすでに、勇者に心酔している。

 勇者の言うことには従い、間違いを正すこともない。勇者の過ちで死んでも、それが本望と言って遺すのだろう。



 勇者は深く息を吸い、長くため息を吐いた。

 何事かまた粗相そそうをしたかと、セオは居住まいを正す。勇者は中空へと顔をやって、遠くを見ながら世話役に命じた。



「では遠慮なく……しばらく独りにしてくれ。勇者の器と神の加護、歴代の勇者についての情報を調べてきてくれると助かる。なるべく、正確なものを。お願いします」



 勇者が頭を下げたのを見て、セオも深々と礼をする。顔を上げた世話役は他にも用向きがないかを、それとなく訴えた。



「お茶やお食事はいかがいたしましょう?」



 セオの背後、壁際に置かれた背の低い戸棚の上には、果物や菓子が載ったかごと皿が、いくつも並べられている。勇者はざっと、そちらに用意されているものに目をやった。


 ガラス戸の棚の中には、一人分にしては多すぎる食器。棚の上には、一人では食べきれるわけがない、たくさんの食べ物。

 いくら記憶がないからといって、食べ方やお茶の入れ方が分からない訳ではないし、そこにあるもので事足りた。むしろ、勇者ひとりの手には有り余るほどのもてなしだ。



「いや、いいよ。資料ができるまで少し休む。こっちへの用は、君が受けてくれ」



「かしこまりました」と出ていく世話役の背に、慣れない命令口調が結局身に付かなかった勇者は、追加で注文を付ける。



「魔王も同時に復活してるんだったよね? なにか些細なことでもいいから、なんかあったら、すぐ知らせに来て。それは別物だから」



「ありがとうございます。では、そう計らいます」



 勇者の世話役セオ・センゾーリオは再び深々とお辞儀をし、静かに部屋を出て行った。音もなく扉が閉まり、後は静寂に包まれる。

 静けさを打ち破ったのは、勇者の盛大な嘆息だった。








 

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