月光華の番人

あさくら

序章 月光を纏う華

 初めてその花を見たとき、単に美しいと思った。

 祠の中心に植えられた一凛の花。淡い光を纏い、闇夜にぼんやりと浮かび上がっている。

 花びらは百合程の大きさで、天に胸を張るように開き、緩やかに弧を描いている。淡い光は花びらから放たれており、その輪郭を曖昧にして、実体のない幻のように思えた。光は暖かな黄色を帯びていたが、時折冷たい青が翳り、心地よさと畏れを同時に与えてくる。

「怖がらなくてもよい。もっと近づきなさい」

 花の横に立つ村長むらおさ婆様ばあさまが、しゃがれた声で囁いた。

「お前は月光華げっこうかを見るのは初めてだったの……」

 婆様は夜の暗闇に声を潜ませるよう、静かに話し始めた。

「お前ももう知っていると思うが、人間は月の光が無くては、夜を越せなくなった。深い闇に喰われてしまうからだ」

 少年は空を見上げた。下弦の月が東の空に見えたが、月以外に灯りは1つも見えない。月と月光華の光がなければ、あたりは闇に覆われるだろう。

「月光華は花びらに月の光を蓄え、闇が深まると集めた光を放ってくれる。月のない夜は月光華が代わりに、闇から我々を守ってくださるのだ」

 少年は頷いた。幼い頃から、大人達にずっと言われてきた。

 その花を探してはならない。

 その花に触れてはいけない。

 その花を枯らしてはならない。

「月光華の光を絶やさぬよう花を見張るのが、いわゆる月光華の番人と呼ばれる者達の使命だ。お前も父親を見てきたのだから、月光華の番人がどのような仕事か、大体分かるであろう」

 そう言いながら、婆様は微かに目を伏せた。少年は頷いた。花の番に向かう父の背中を、何度も見てきた。

「お前は14歳とまだ若いが、この村にはもう、お前より年上で花の番を新しく任せられる者はいないのだ。――お前に辛い重荷を背負わせてしまうが、しかし、月光華を守らなければ、お前の母も妹も、村中の人間が闇に喰われてしまうんだよ」

 婆様はまっすぐに少年の瞳を見つめた。

「アキト、月光華の番人を引き受けてくれるか」

 アキトはゆっくりと膝をつき、婆様をまっすぐに見つめ返した。

「命に代えても、この花をお守りします」

 婆様はアキトを見下ろししばらく黙っていたが、やがて、感情を噛み殺したような抑揚でつぶやいた。

「哀れな老いぼれを許しておくれ」

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