塩まじない
『塩まじない』
紙に消し去りたいことを書きます。紙はどんなものでもかまいません。お金が欲しければ「お金がない」彼氏が欲しければ「彼氏ができない」と困っている現状を書きます。書いた紙を灰皿など、燃えない器の上へ置きます。紙の上に塩をひとつまみかけ、塩ごと燃やします。灰を川に流します。川が近くになければトイレに流してもかまいません。すべて灰にならなくても大丈夫です。書き方に注意して下さい。お願いごとを書いてはいけません。
塩まじない
「みてみて、これ! 塩まじで懸賞あたったんだあ!」
クラスメイトの女子のひとりが朝からみんなの注目を集める。手に持っているのはブランドの長財布のようだった。クラス中の女子がたかって見ている。
「塩まじないかあ」
ともこが私の席に頬杖をついてつぶやく。
学校中で塩まじないが流行っていた。塩まじと略されている。毎日のように塩まじないをして得られた効果の話をきく。好きなひとから電話がきたとか、欲しいものが手に入ったとか、良いことばかりの話だ。けれども、本当に良いことだけなのだろうかと、私は疑問に思っていた。
「ああゆうのはどうもねえ、性に合わないっていうか」
「うん、なんか怖いしね」
「すっごい流行ってるけど、なんか空気悪いよね?」
「空気?」
「みんなが何考えてるのか、分からないっていうかさ」
「そうだね」
本鈴が鳴って、ともこは自分の席へと戻る。
ともこの言う通りだと、私は思った。けれど、ほとんどの女子はそう思ってはいないということを、放課後知ることになった。
帰り支度をして、ともこが「帰ろ」と寄ってきた時、私たちはクラスの女子たちに囲まれた。
「有沢さんたちさあ、塩まじないやってる人間がきもいみたいなこと言ったんだって?」
「はあ!? うちらそんなこと言ってないし」
「ちゃんと聞いたっていう人間いるから」
「んだよ」
ともこが喧嘩腰になって、私は不安になる。
「言ってないけど、まあ、正直きもいと思ってるけど、思っちゃ悪いわけ?」
「本当は羨ましいんでしょ? だからひがんでそんなこと言ってるんでしょ? やりたかったらやればいいじゃん」
「なんでそんなきもいことやらなくちゃならないわけ?」
私はともこのセーターを引っ張る。
「ともこ、帰ろ」
「そうだね。なんかバカらしいから」
私たちは囲いを抜けて教室から出た。ともこは、まだ怒っているようで、廊下で悪態をつく。
「なんなの、あいつら」
「そのうち、バカらしいって気がつくって」
「有沢」
昇降口へ向かおうとしてるところで、男子に声を掛けられる。振り向くと、よく話すクラスの男子生徒だった。
「大丈夫か? 女子っておっかねえな」
「私たちも女子だっつうの」
ともこがすぐにつっこむ。
「なんかあったら言えよ。あんま首つっこみたくねえけど、エスカレートしたら何するか分からねえからさ」
「ありがと」
「おうおう、松井クン、優しいねえ」
ともこが彼をからかうように言う。
「茶化すなって。じゃあ、気をつけて帰れよ」
手を振って彼は先に行く。
「あれは、結花に惚れてるね」
「ええ!?」
ともこの台詞に私は驚いて声を上げる。
「結花って、どっか上品だしさ、そこらへんの女子高生とは違うっていうか」
「そんなことないって」
「じゃあ、お風呂上りに全裸でポカリ飲んだりする?」
「いや、それはしないけど。それはきっと、ともこだけだと思うけど」
「そんなことないって」
そんなたわいのない話をして私たちは帰った。
次の日、私は不運に見舞われた。鞄に入れておいたはずの定期券が見つからなかった。学校に着く頃には、なんだかがっかりして疲れていた。そして、ともこが登校してきて驚く。
「ともこ、どうしたの!?」
「こけた」
ともこの両膝から血がにじんでいた。
「すっごい恥ずかしかったよう!」
見ていたクラスの女子がクスクスと笑うのが聞こえた。
「こけたとか、ださくね?」
誰かがそう言った。誰が言ったのか、教室を見渡しても、誰も目を合わせようとはしない。嫌な空気だった。
「いいって。ださいのは、ほんとだし」
「保健室、いこ」
「大丈夫、ひとりで行けるから、センセに言っておいて」
「分かった」
私はうなずいて、ともこを見送った。
そして、私の不運は続いた。学校のロッカーにあると思っていた資料集が入ってなかった。他のクラスに親しい友人がいない私は、忘れ物をしたとして、減点された。そればかりか、やたらと授業中にあてられた。
定期券が行方不明なのも、資料集がなかったのも、私が管理できていなかったせいだ。そう思う反面、今までこんなことなかったのにとも思う。
「有沢も矢部も、今日は不運だったな」
ホームルームが終わって松井くんが話しかけてきた。
「まったくよ。あーもう、両膝とか、ほんと恥ずかしい」
「運動部みたいで、いんじゃない?」
「えー、そうかなあ」
私たちはそろって教室を出る。
いつも通り、どうでもいいような話をして、階段から降りて昇降口へ。いつも使う廊下と階段だった。
「きゃあ」
私は思わず悲鳴を上げていた。
階段を降りきったところが水で濡れていて、私は盛大に滑った。転ばなかったのは、咄嗟に私の腕をつかんだ松井くんのおかげだった。
「びびった~」
「あ、ありがと」
「結花、大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ」
そう答えたけれど、それからの私は少し放心状態だったかもしれない。鞄を持つ手が、震えていた。バス停で駅へ向かうバスを待っている間、私はともこと松井くんが話す会話をまるで聞いていなかった。
バスがきて、なんとなくバスに乗って、窓から外を見る。
あの神社へ続く住宅街への道を通り過ぎて、私はそうだと思って、停車ボタンを押した。
「結花?」
「忘れ物した」
「え、なに? 携帯とか?」
「うん、ちょっと」
バスが次のバス停で停まって、私は急いで降りる。バスを振り返ると、驚いたような顔をしたともこと松井くんが見ていた。私は手を振ってから走り出した。道を戻って、あの神社へ向かう。すっかり葉が落ちてしまったイチョウ並木の通りを通って、階段を登る。鳥居の前で息を整えて、おじぎをする。そのまま境内へと入ると、今日はいつもの彼が竹箒を持って掃除をしていた。
「どうしたの、顔を赤くして」
「あ、走ってきたから」
私は頬に触れる。けれど、赤くなっているかは分からなくて、そのまま乱れた髪の毛を整える。
「何かあったの?」
「あ、あの、はい、お話をききたくて」
「いいよ」
「ありがとうございます」
私はお参りしてきますねと言って、本殿の方へ行く。拍手をして、手を合わせて呆れてしまう。お参りをするためにこの神社へ来ているわけではない私に。きっと神様もけしからんと思っているだろう。お参りを済ませると、彼がビニール袋に落ち葉を入れていたので、手伝う。そして、いつものベンチに座って、話を聞いてもらうことにした。
「今、学校で塩まじないっていうおまじないが流行っていて、それが、どんなおまじないなのか、お聞きしたくて」
私は、塩まじないのやり方を彼に教える。
「悪いようには思えないけれど、困ったことや悪いところを書いて流すっていうのは、その悪いことを清め祓うっていう意味があるんだ。だから、お願いごとをかくのではない。そうやって、清め祓った結果、いいことが起こるっていうのは、まあ、あるかもしれない」
私は、それは悪いことだと、言ってもらいたかったのかもしれない。よくないことだと、言ってもらえれば、クラスの子達にはっきりとした態度を示せるんじゃないかって、そう思っていた。
「それが、聞きたいこと?」
私は、今日あったことを話した。偶然なのか、そうでないのか、知りたかった。
「なるほどね、その塩まじないは、自分以外の人間にも作用するかもしれないってことか」
「本当にそうなのかは、分からないんです。でも、ネットの掲示板でも、そうゆうふうに書いたら、叶ったっていう書き込みがあって」
不安そうに言う私に、彼は笑う。
「呪いかもしれないって、そう思ったってことか」
私はうなずく。
「丑の刻参り参りって知ってる? あの、五寸釘で藁人形を木に打ちつけるやつ。あれさ、誰にも見られちゃいけない、見られたら呪いが自分に返ってくるっていうでしょ。でもさ、白装束に頭に蝋燭三本も立ててさ、見つからないっていう方が無理な話だと思わない? 藁人形は確かに本人の代わりだけど、代わりは代わりでしかないんだ。何が言いたいかっていうと、術者は、呪いたい人間に対してこれからお前を呪ってやるって宣言しないとだめなんだ。呪いたい相手に自分は呪われていると思わせることが大事で、丑の刻参りは、誰かに見られることで成就する。誰々が誰々を呪っているらしいよって噂になるのがいいんだ。つまり、呪われているかもしれないって思った君は、呪われているってこと」
私はぞっとして、身体を抱いた。
「どうすれば、いいんですか?」
私は泣きそうになって聞く。
「そうだな。悪いものっていうのは、まあどこにでもあって。人が多いところ、学校や電車の中は特に多いんだけど、そういうところへ行く前に拍手を打つといい。よく、昔のドラマとかで出かける時に火打ち石でカチカチって清めるでしょ。切火っていうんだけど、あれと同じ」
「でも、そんなの、なんかやりにくいっていうか……」
「まあね。拍子木でもいいよ。ミニチュアのを作って、カンカンって鳴らすといい。ストラップとかになってるのもあるよ。確か」
「なんか、渋いですね」
もちろん、良い意味ではなく。女子高校生が持つにしてはという意味で言った。
「あとは、そうだなあ。動物愛護センターとかにちょっとでもいいから寄付をするといいよ。動物が守ってくれる」
「それ、素敵ですね!」
私はすぐにうなずいた。猫さんや犬さんが守ってくれるというのは、想像するとなんだか可愛らしい。
「幽霊だけどね、もちろん」
「可愛いんなら、いいんです。今度、寄付してみますね」
「もちろん、うちのお守りでも一年は守ってくれると思うんだけどねー」
「ご、ごめんなさい」
私は謝って、そうだと思いつく。
「お守り、ともこの分、買っていきます」
「それは、いい考えだ」
私は社務所でお守りを買わせてもらう。
「もうひとつ、覚えておくといい。善行も悪行もめぐりめぐって自分に返ってくる。もし、何もしていないのにラッキーなことがあるとしたら、それは前借をしているんだ。あとでそのツケを払うことになる。遅かれ早かれね」
「はい、ありがとうございました」
私は、お礼を言って、神社を後にする。
きっともう、怖いことは起こらないと、私は思う。
階段を降りて、バス通りへと向かう。
もう少しでバス通りという時、サイレンの音が聞こえてきた。救急車と、消防車が一台ずつ、学校の方へと向かっていく。私は、学校へと走り出していた。
救急車と消防車はやはり、学校の昇降口近くに停まっていた。
門を通って、昇降口へ向かう。何人かの生徒が様子をうかがっている。校舎を見ると、まだ残っていたらしい生徒が窓から顔を出していた。
ストレッチャーが運ばれてきた。横たわっているのは、女子生徒のようだった。呻いている声が聞こえる。きっと痛いのだろう。救急車はすぐにサイレンを鳴らして学校から遠ざかっていく。
何があったのか気になって、誰かいないか見渡すと、奥にクラスメイトが泣きそうな顔で立っていた。私はそっと近づく。
「何が、あったの?」
「っ、有沢さん」
彼女はついに泣き出してしまった。
「山野、話聞くから、教室に戻ってくれ」
そう言ってきたのは担任だった。
「有沢は、何か知ってるのか?」
問われて、私は首を横に振る。「なら帰れ」と言われたが、泣いている彼女を放って置けなくて、私は教室まで彼女を送ることにする。
山野さんは「どうしよ」と何度も嗚咽をこらえながら言う。だから、彼女には何も聞けなかった。
教室につくと、何人かの女子生徒がやはり、泣いていた。
ひとつの机の上に、灰皿が置いてあった。泣いているのは、塩まじないをやっている生徒たちということに気がつく。
「先生、ここは消防が現場検証に入るんで、別の部屋で」
そう言う声が廊下から聞こえてきて、私たちは隣の教室へと移動した。
山野さんを椅子に座らせてると、彼女は「ありがと」と、言った。
何が起こったのか、気になったけれど、私は教室を出て行く。廊下に出ると、クラスメイトのひとりの女子が立っていた。
「藤井さん」
私は彼女の名前を呼ぶ。
「有沢さん、帰ったんじゃなかったの?」
「近くに寄るところがあって、その帰りにサイレンが聞こえたから」
「そっか」
「何か、知ってるの?」
「うん」
彼女はうなずいた。
「当事者ってわけじゃないんだけどね」
「教えてくれる?」
「いいよ」
藤井さんは静かなところ行って話そうかと言って、私たちは外へ出た。校門前はまだ騒がしくて、中庭へ入る。昇降口から遠い奥の方はひとがいなくて、渡り廊下の壁に寄りかかって話す。
「有沢さんたちが帰った後さ、もう毎日のことになってたんだけど、塩まじない。今日もやり始めてさ。いつもと違ったのは、ふゆ子がなんか呪いの本を見つけたとか言ってね、黒い本持ってて、なんか、やな雰囲気だったよ」
私は、黒い本の存在に驚いて、藤井さんを振り返った。
「知ってるの?」
知ってるとは、言いにくくて、私は口ごもった。けれど、私は本当のことを言う。
「前に私が制服の違う女の子の話したじゃない」
「ああ、幽霊だって噂になったやつ」
「そう、それ。きっと、その黒い本、その女の子のだと思う。私、その子から借りて、返そうと思ったのに、無くなってて、そのままだった」
「やだ、それ、すごく怖い」
ふゆ子というのは、昨日ブランドの長財布の懸賞をあてた子で、絡んできた子だ。私は、考えてしまう。もしかして、私のせいなんじゃないかって。
「言いにくいけど、たぶん、呪ってたの有沢さんだと思う」
「そ、っか」
呪いたいと思うほど、私は嫌われていたということに、落ち込む。誰かに嫌われるような存在というのは、やはり悲しい。
「あたしもさ、塩まじない、試したことあるんだ。あたし、ソフトボールやってるじゃん。だから、レギュラーになりたくって、レギュラーになれないって書いてやってみたのね。そうしたら、レギュラー決まってさ」
「そうなんだ。良かったね」
私がそう言ったら、藤井さんは首を横に振った。
「でも、なんかさ、虚しくなっちゃって。実力でレギュラーになった気がしないし、なんか、努力してたのなんだったんだろうって思って」
「違うよ、努力してたから、レギュラーになれたんだよ」
私の慰めに、彼女は苦笑いして、ありがとうと言った。
「えっと、こんなことが言いたかったんじゃなくて、あのね、塩まじないする時、塩をかけて燃やすでしょ。その時ね、塩をかけたところだけ燃えにくくって、ちゃんと灰にならないんだ。それでもいいらしいけど、気になるひとは気になるじゃん。それでね、ふゆ子がさ、油紙を持ってきてたの。なんか、懸賞あてたのも、油紙を使ってやったから良いみたいなこと言ってた」
そこまで聞いて、私はまさかと思う。
「もしかして、救急車で運ばれたのって」
「そう、ふゆ子だよ」
私は、唇を噛む。
「油紙が、すごく燃えたんだ。炎が上がったの。一瞬だったんだけど、ふゆ子の顔と髪の毛に引火してた。もう、教室中がパニック状態だったよ」
「そう、だったんだ」
油紙がそんなに燃えるはずないと思うから、もしかしたら、それは、呪いが自分に返ってきたのかもしれないと、思ってしまう。そんなことは、全然現実的じゃないと、そう思うのに。
「これでしばらくは誰も塩まじやらなくなると思う」
「藤井さん、ありがと、教えてくれて」
「いえいえ。私もおせっかいだからさあ。ふゆ子、松井のことが好きみたいよ。でも、松井は有沢さんのことが好きじゃん。ちょっとイライラしてんの、見てて辛かったからさあ、可哀想だなあって、思って」
「私は別に、松井くんのこと、そういう意味で好きじゃないんだけどな」
「そっか。上手くいかないもんだね」
「そうだね」
自転車通学の藤井さんとは駐輪場で別れて、まだざわついている学校から出た。
私は、学校を振り返ろうとしてやめる。振り返ったら、あの少女がいるような気がしたから。
黒い本は騒ぎの直後には消えていた。
また、弱い心のひとのもとへ現れるのかもしれない。
もし、黒い本を見つけたら、それは、開いてはいけない。
悪魔の少女が、笑うから。
塩まじない おわり
ブラックブック 真乃晴花 @10nenmanoriko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます