微笑みの魔法
みなづきあまね
第1話 微笑みの魔法
長い会議から解放され、お手洗いなどを済まし、ようやく一息ついた。
引き出しからコーヒーを取り出し、給湯室へ向かった。棚からお気に入りのマグカップを出し、個包装のドリップコーヒーをその上に乗せた。やかんやケトルでお湯を沸かす手間もわずらわしく、毎日お湯が出るボタンを押して済ます。
湯気の出たマグカップを携え、席に座る。既に用意していたバームクーヘンの小袋を破き、甘い味に思わず口元が緩んだ。
人はあまり多くなく、皆自席を離れている時間帯。ちょうど自分の位置から、憧れの男性が見えた。真剣な表情で書類とパソコンを交互に見ている。話したくてもなかなか話しかけられないし、社交的な性格ではないようで、話はそんな続かない。
そんなことを考えていると、困った顔をした後輩が歩いてきた。
「どうしたんですか?」
私はマグカップから口を一瞬話して彼に尋ねた。
「いやあ、来週の新入社員歓迎会の出し物で、ダンスでもと思ってたんですけど、ダンス部出身の人が事故って踊れなくなったんですよ。大したことないらしいけど、打撲した体でソロもあるし無理かな、と。」
彼は文字通り頭を抱えた。このやりとりに通路を挟んだ先に座っていた憧れの男性は顔を上げた。元々この後輩と彼は同じ業務を担っているため、少し話題に入ろうとしたのかもしれない。
「代わりに踊りません?」
「踊りません。」
私が無情にも即断したのを聞いた瞬間、通路の向こうから笑い声が聞こえた。彼が笑った。
そんなのもお構いなしに、後輩は私に話を続けた。
「えー!そんな!」
「何か見返りはありますか?」
「僕の心からのありが「要らない」
私は再びばっさり後輩の話を遮った。その時、また笑い声が聞こえ、その主と目が合った。
あまりにもドキドキして話を継げなかった私に代わり、彼が後輩と話を始めた。私はそれに入ることもせず、もう一度マグカップに口を添えた。
普段あまり笑わない人が笑う。これだけでこんなに気持ちが揺さぶられるなんて。笑うと雰囲気が柔らかかったな、とか思いながら、私は再び仕事に戻った。
微笑みの魔法 みなづきあまね @soranomame
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