最終話 隣の彼と話したい

 もし「ずっと前から好きだったんだよ」と言ったら、君は驚くかな。それとも「やっぱりか」と言って笑ったりするのかな。

 鈍感な君だから、きっと驚くんだろうね。

 ひとしきり驚いた後、「え、いつから?」って聞いてきそう。そう問われたなら、私の返事は決まってる。

「そんなの、分からないよ」

 きっと君は困ったような目で私を見るよね。でも、本当に分からないんだよ。とっても小さい頃から好きだったような気もするし、実は恋だと自覚したのはつい最近のような気もするんだ。

 ただ一つ言えることは、ずっと、ずっと話してみたかったってことだけ。君の家も、両親も、誕生日も、好きな食べ物も知っているのに。君が何を考えて、どんな言葉を使って話すのかは、私には分からずじまいだったから。

 中学3年生の、受験直前の時。私は、塾の自習スペースで岡部君と二人きりになったことがあった。

 その時、私は勇気を出して、君の好きな女の子のタイプを聞いたんだ。岡部君曰く、君の好きな女の子は、明るくてキラキラ。クラスの中心な人気者。

 君は私が唐突に高校デビューしたと思っているんだろうけど、あれは唐突でも何でもなくて。頑張る君を見て、私も頑張ってなりたい自分になろうって、そう思ったからなんだ。

 ねぇ。

 私達が話せるようになるまで、色々なことがあったね。

 電話するフリをし合ったり……いや、この話は恥ずかしいから止めておこうか。一つだけ言うとすれば、岡部君は多分、私を応援してくれていたんだと思う。だから、あんまり怒らないであげてね。

 お婆さんのところへ行った子猫は、もうすっかり大きくなったみたいだよ。絶対にびっくりするから、今度一緒に行こう。

 とっても美人な従姉妹さんとも、一度お話してみたいな。私の知らない君の話を沢山聞けると思うから。まぁ、君は嫌がるかもしれないけど。

 それと、一度は諦めた絵を、描いてみようと思うんだ。その時は、もうちょっと色々な角度から写真が欲しいから、お願いします。大丈夫。何かの賞に出すとかじゃなくて、ただ描いてみたいだけだから。

 メイド服はかなり恥ずかしかったから、もう着ない。……必死に頼み込むんなら、やぶさかではないけど。

 いっくん。

 これから私、やりたいことが沢山あるから。

 何卒、よろしくお願いします。




 居間で夕方のニュースをぼーっと眺めていたら、携帯に通知が来た。

『今、庭に来れる?』

 宮崎からのメッセージだ。

 俺は立ち上がって、自分の服装を確認する。何となしに後頭部を触ったら、さっきまでしていた昼寝のせいか寝癖があった。

 洗面台に行って、何とかそれを直す。

 そうしてようやく、俺は返信した。

『今気づいた。行けるよ』

 俺は縁側からサンダルで庭に出る。向こうの庭では、宮崎は携帯の画面をじっと見つめていた。

「どうかした?」

 話しかけると、宮崎はぱっと顔を上げる。それから俺の顔を見て、ゆっくりと微笑む。

「いっくんに会いたかったから、それだけ」

「……宮崎ってたまに恥ずかしいこと言うよな。まぁ、そういうのだったら大歓迎だけど」

 こういう甘い台詞を囁かれると、何というか付き合いたてのカップルとしての自覚が沸々と湧いてくる。

 口元が緩む俺に反して、宮崎は急に不満げな表情になった。え、何か俺、悪いことしたか?

「私だけいっくんって呼ぶの、不公平じゃない?」

「いや、そっちが勝手に呼んでただけじゃん」

 最初に呼ばれた時は、結構びっくりしたんだからな。

「こっちは愛称でそっちは他人行儀な名字呼びっていうのは、ちょっとおかしいと思うんだけどなぁ」

 宮崎は明らかに甘えたような声音で拗ね始める。

 その様子があまりに可愛くて、俺は思わず吹き出してしまった。

「わ、笑わないでよ」

「いや、はっちゃんが可愛くて、つい」

 俺がそう言うと、宮崎……じゃなくて、はっちゃんは、目を丸くして俺を見る。

「も、もう一回」

 宮崎が恐る恐るといった様子で人差し指を立てるので、俺はその要求に答える。

「はっちゃん」

「……いっくん」

 宮崎は両手で頬を押さえ、照れ臭そうに俺の名前を呼んだ。正直、あまり気に入っているあだ名ではなかったが、改めてはっちゃんに呼ばれると、何というかこう、くるのものがあるな。

 こんなやり取り、まるで……。

「何かまるで、幼馴染みたいだ」

 それは、自然に出てきた感想だった。

 昔からのあだ名を呼び合う、生まれた時から知り合いの二人。そんなのって、幼馴染以外の何者でもない。

「実際、幼馴染だし」

 はっちゃんが当然のことをのように言う。

「最近まで話したことも無かったのに?」

 俺が冗談めかして言うと、はっちゃんもニヤリと笑う。

「それが今は恋人だからね」

「そう考えると、やっぱり俺達の関係って不思議だな」

 謎の巡り合わせとでも言うべきか。偶然の凄さを身を以て体験した気がする。

 いや、でも……。

 果たしてその偶然というのは、一体何処までが本当に偶然だったのだろうか。

 きっと俺が知らないところで、はっちゃんだって色々考えて、何か行動をしていたのだろう。それを考えると、実は偶然のように見えて、必然だったことも多々あるのかもしれない。

 とはいえあまりに無粋だから、直接聞いたりなんてしないけれど。

「今度さ、行きたいところがあるんだ」

 幸せそうに未来の話をする、はっちゃんの笑顔。

 俺は偶然かどうかも分からない何かに、心の内で強く感謝した。




                                  終わり




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

隣の彼女と話せない かどの かゆた @kudamonogayu01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ