第44話
気にならないと言えば嘘になる。
見たままを受け入れることができた無邪気な子ども時代を過ぎた今、藤花の能力は煩わしいものでしかなかった。力は人から疎まれ、友人を遠ざけるものでしかなく、能力を使うことすらなくなった。
そんな力を使ってできる“面白いこと”がどんなことなのか。
美芳や彼女と繋がっている前世と同じように、それを知りたくはある。しかし、それ以上に気になることが一つあった。
「……透視じゃないんですか?」
菖子の夢が正しければ、蘇芳が持っていた能力は“透視”だ。 以前、菖子に蘇芳のことを尋ねたときにそう聞いた記憶がある。
藤花の力では浮かすことができないものを浮かすことができたという事実に頭から消えていたが、聞いた能力と今見た能力は異なっている。“増幅”などという能力ではなかった。
「ああ、菖蒲から聞いたんですね。それも私の能力ですよ」
美芳が事も無げに言って、ケーキを口に運ぶ。
「それも?」
「とても珍しいことのようですが、能力が二つあったということです」
「力が二つあっても、塔からは出られなかったんですか?」
能力テストで優秀な成績を収めること。
それが塔から外へ出る条件だったはずだ。裏を返せば、優秀ではないものが塔に集められていることになる。能力を二つ持つことが珍しいというのであれば、塔に閉じ込められ続けているほど能力が劣っているとは思えない。相手を選ぶとは言え、増幅という能力自体も強い力に思える。
「残念ながら、塔からは出られませんでした。でも、そのおかげで淡藤を得ることができたわけですから、出られなくて良かったと思っています。……川上さんはそうは思っていないようですが、人間は変わりますからね。すぐに私と面白いことがしたくなるかもしれませんよ」
「佐久間さんが触れると私の力が強くなるってだけで、面白いです。それで十分です」
藤花は、一気に告げてコーヒーを飲む。
気になることはまだある。
知りたいこともまだある。
だが、尋ねすぎると引き返すことができなくなりそうだと藤花は思う。美芳は優しげに笑っているが、それほど優しい人間には見えない。そもそも、どこまでが本気なのかよくわからない。すべて本気で言っているようにも思えるし、すべて嘘のようにも思える。折り目正しい人間を装っているが、胡散臭い。藤花の本能が深入りするべきではないと告げている。
「川上さんは謙虚ですね。手品以下の力で満足しているなんて。前世と同じように今以上の関係になれば、人が羨むようなものが手に入るかもしれませんよ」
「羨むもの?」
「使いようによっては、力をお金に換えることも、もっと強い力を手に入れるために利用することもできるということです」
「そんなものはいりません。それに、そこまで力が強くなるとは思えません」
「実際に力を使ってみてわかったと思いますが、前世と同じで私たちの相性は良いと思いますよ。現にあなた一人では浮かすことができないものが浮いた。望めば、前世と同じようなことができるはずです」
美芳の口ぶりから、前世ではもっと重い物も浮かせることができたとわかる。
特別だと人が認めるほどの力を使えることは魅力的ではあるが、美芳と組んでまで手に入れたいものではない。そして、力を手に入れたとして、それが何の役に立つのかわからなかった。
藤花はケーキに視線を落とす。
今の美芳には、アルバイト初日に見せたような強引さはない。笑顔を浮かべたまま座っている。
菖子ではなく、自分を選ぶ。
藤花には、美芳がそう思っているように見える。
「興味ないです」
藤花は、美芳を選ぶつもりはないという思いを込めて言い切る。
「本当に?」
「本当です」
「それは、菖蒲に義理立てしているということでしょうか?」
「佐久間さんとこれ以上親しくするつもりはないということです」
美芳の印象は良くない。
藤花の苦手なタイプだ。
前世という繋がりがあっても、魅力的な能力があっても、積極的に関わりたくない。
菖子ではなく、そういう美芳をわざわざ選ぶ理由はない。
藤花は席を立ち、コーヒーカップとケーキ皿を手にする。すると、美芳が静かに言った。
「片付けと掃除の残りは私がやっておきます。それにしても、前世と同じように菖蒲のことを想っているようには見えませんが――。待った方が良さそうですね。川上さんがその気になるまで」
現実だと信じてしまいそうになるほどリアリティのある夢は、前世を今の自分と重ねたくなるだけの力がある。しかし、前世は前世であって、現世ではない。藤花という人間と淡藤という人間は、別のものだ。前世で起こったことをすべてなぞる必要はない。
「その気になることはないと思います」
店主とアルバイト。
美芳とはそれ以上の関係になるつもりはない。
そして、菖子と美芳を比べる必要はない。前世とは異なる形ではあるが、藤花の中で菖子が大きな存在になりつつある。この先、その感情がどういう方向に向かうかはわからないが、今はそれで良いと思う。
「そうですか。では、気が変わったら教えてください」
はっきりと告げた藤花に穏やかな口調で美芳が言い、思い出したように「それと」と付け加える。
「菖蒲に話をしたいなら、時間を作ると伝えてください」
「なんでそんなことを言うんですか?」
「そういう話があったんじゃないですか?」
美芳の言うことに間違いはないが、藤花にとって尋ねるべきことの答えを先回りして提示されることは不愉快でしかなかった。
やっぱり苦手だ。
藤花は、口には出さずに心の中で思う。
「……伝えておきます」
「では、明日もよろしくお願いしますね」
にこりと笑って、美芳が言う。
「わかりました。お先に失礼します」
藤花は頭を下げて、カフェの裏口から外へ出る。車に乗り込み、薄暗い道を走る。しかし、藤花は十分もしないうちにコンビニエンスストアの駐車場に車を停めた。
鞄からスマートフォンを取り出し、菖子に電話をする。呼び出し音は、三回鳴る前に明るい声に変わる。
「バイト、終わったの?」
藤花は、聞き慣れた声にほっとする。
「今、終わったところ。それで、蘇芳のことなんだけど――」
慌てて話す必要はない。
それでも、藤花は菖子と話がしたかった。
記憶にない恋人は覚えのない過去を語る 羽田宇佐 @hanedausa
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