最終話 お世話係は続きます

※本日、2話更新しています。こちらから入られた方は、ひとつ前を先にどうぞ(小鳩)

・・・・・・




 ルカはむーんと口を尖らせてますます抱き着いてくるし、向こうは向こうでそっぽを向いて、エドナさんに頼まれた荷物を黙々と下ろす。


「ダレンさん、いらっしゃい。今日も大人げないなあ」

「文句はそいつに言え」

「やーの!」

「気が合うねえ、やっぱり仲良しなんでしょ」

「ち「がう!」」

「ぷっ、ハモってるし」


 本人たちの否定虚しく、間違いなく気は合っている。馬は合わないかもだけど。

 気をつけていてもつい甘やかしてしまうから、ダレンさんのように厳しめ対応をしてくれる人の存在は貴重だ。

 へそを曲げたルカをあやしていると、庭にもう一人やってくる。


「久しいな、リィエ」

「ルドルフさん! こんにちは」

「今回の依頼分だ」


 相変わらず忙しい彼はやっぱり今日もアポなしで、けっこうな厚さの書類を掲げてみせた。

 私は現在、エドナさんの手伝いとルカのお世話のほかに、文書の翻訳作業をしている。

 なんでも読める、という召喚特典が役に立ったのだけれど、書くほうはこの国の文字しか書けなかった。微妙に中途半端だが、まあいい。


「上の二枚だけは今日持って帰りたい。頼めるか?」

「あ、はい大丈夫です。ルカ、ちょっとおんりしていい?」

「めーっ!」


 ルカを下ろして書類を受け取ろうとしたら、全力でしがみつかれてしまった。

 うぅ可愛い、けど困る、でもやっぱり可愛い!


「こら、仕事の邪魔するんじゃないよ。仕方ないね、ルカ。クリスに会いに行くかい?」

「くりしゅ!」


 お友達の名前にルカはパッと顔を輝かせて、エドナさんへと両手を伸ばす。


「ほら、おいで。リィエ、貸し一つだよ」

「うっ、了解です」


 エドナさんはニヤリと笑ってルカを抱くと、ダレンさんへ荷物の置き場を指示して家の中へと戻っていった。

 ああ、また貸しが増えた……とりあえず、キャロットケーキでも焼いておこう。


 クリス君は、例のお友達魔女さんの養い子で、やはり、ミルトラ国王太子の息子だった。

 以前から揉めていた継承問題の関係で命を狙われていたらしい。

 親元に戻しても安全だと妖精たちが判断するまでは、魔女さんのところに預けられたままなのだそうだ。

 王太子は今、粛清の準備に余念がないが、まだしばらくかかるだろうとのこと。


 ルカと魔力の質が近くて、二人で遊んでいても体調を崩したり、魔力が暴走して家を壊したりしない、安全な間柄。

 向こうの魔女さんが子育てに慣れていないこともあって、頻繁に行き来している。ルカもクリス君もお友達と遊べるのが嬉しくて、その度に大喜びだ。


「じゃあ、早速やっちゃいますね。ダレンさんもそこ終わったら、お茶でも淹れてゆっくりしてて」

「ああ」

「私たちの分も淹れてねー」

「分かってる」


 閣下と同じく、非公開での審議が行われたダレンさんの処罰がどうなったかというと。

 不審者からの保護という一面があったとしても誘拐に変わりはなく、とはいえ動機に情状酌量の余地もあり――で、実家の貴族家からは籍を抜かれ、財務の職は免職になった。


 無職の一般人になったダレンさんをスカウトしたのが、ルドルフさんだ。

 それを受けて、研究室の一職員として働いている。専門職のみならず事務もできるので、重宝されているそう。


 ルドルフさんと同様に、ルカとの間に魔力反発が起こらない数少ない人物なので、こうしてお使いや伝言役などもしてくれている。

 雑用を頼むのは抵抗があったのだけど、エドナさんの家は彼にとって実家より実家みたいなものだと言うし、本人も気にしていないので、いいことにした。


 そして今、彼は手袋をしていない。

 素手の手首に着けているのは、卵の殻の破片を使ったブレスレットだ。妖精由来の魔力抑制にも効くなんて、さすが希少素材……。


 ダレンさんは、殻の魔力を分析して同様の魔法陣を開発することにより、潜在的にいる「取り替え子」の救済をしようともしている。

 自分を実験台にして試しているのは、きっと罪滅ぼしの意味もあるのだろう。


 取り替え子であったことを隠さなくなったダレンさんに心無いことを言ったり、あからさまに距離を取ったりする人は、やはりいる。

 けれど、研究室の皆を始めとして、ごく普通に接してくれる人も決して少なくない。

 フィルさんやジョディさんに引っ張られて、人の輪に入ることにもだんだんと慣れてきているようだ。


 ルドルフさんは私に書類を渡すと、手の平を上に差し出したまま視線を私の耳元に移した。


「リィエ、訳している間にメンテナンスをする」

「あ、はい。お願いします」


 言われるまま、片方だけのイヤリングを外して渡す。

 ルカの魔力が半端なくて普通の人は容易に近づけないから、滅多なことはないはず。とはいえ、こうして離れる時や、急用がある時用に、と新しい魔道具のイヤリングをまた持たされている。


「ルドルフさん。やっぱり、お代をですね……」

「いらん」


 返事はいつも同じ。

 私の安全確保のためでもあるし、定期交換の魔石代くらいは自分で出したいんだけどなあ。

 ジョディさんには「黙って受け取っておきなさい」と、大変いい笑顔で言われてしまったけれど。


「まだ慣れないか?」

「あ、いえ、逆ですね」


 空になった耳たぶを無意識に触っていたのを指摘される。


「ずっと着けているからか、無いほうが違和感というか」

「そうか」


 あ、笑った。

 ダレンさんもだけど、ルドルフさんもこうして分かりやすい笑顔を見せてくれるようになった。

 対『聖女』ではない、気を許した表情を向けられると胸がくすぐったくなる。この世界の人たちに、ちゃんと受け入れてもらえた感じがするのかな。


 ……変わった人たち、変わらない人たちの中、私は――


 ガタン、と大きな音がして、二階の大窓が開く。

 見上げると、箒にまたがったエドナさんと、布帯でしっかりと抱えられたルカが飛び立つところだった。


「りぃえままー! いってき、まーぁ」

「いってらっしゃーい」


 大きく手を振って、青い空へ高く上がる二人を見送る。

 小さくなった姿が雲に馴染んで見えなくなるまでに、時間はかからなかった。


「……聖女は終わっても、世話係はなかなか終わりそうにないな」

「ルドルフさん、本当ですよ」


 ふふっと笑い合って、肩をすくめる。

 そうして書類を抱えて、家の中へと入ったのだった。







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聖女は魔王のお世話係 小鳩子鈴 @k-kosuzu

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