第29話 精鋭 その④

突然の奇襲により硬直する敵分隊は、しかしそれも一瞬のうちで、戦友の仇を討たんと制圧射撃を加えながら階段を上ってくる。銃弾が第三分隊の背後の壁に突き刺さり、伏せている隊員の上にコンクリートの破片が降りかかる。


「軍曹!このままだと敵さん上ってきちまいますぜ!」先頭を行く敵兵に銃撃を加えつつ、ミコワイ伍長が叫ぶ。


「分かってる!おい、ATを使え!」


 サンダース軍曹が叫ぶと同時に、部下の一人がロケットランチャーであるAT44を敵に向かって射出する。ロケットは階段に命中して炸裂し、敵分隊の生き残りを足元から粉々に吹き飛ばした!


CLAAAAAAASH!


「良し!」


「良し、じゃねぇですよ!階段が粉々になっちまう!」思わずガッツポーズをとるサンダースに対し、青ざめた顔で喚くミコワイ。副長の不安をガハハと笑って吹き飛ばすサンダース。


「心配すんな。C7は専用の雷管でなけりゃ爆発は…」


 そこまで言いかけたところで、サンダースは言葉を詰まらせる。ロケットランチャーが命中した場所を中心に、階段に奇麗な穴が開いているのが目に入ったからだ。それ見た事かと、ミコワイ伍長がサンダースを無言で睨みつける。


「何だよ…想定外の事態なんてよくある事だろ…しゃーねぇ、おいアンジェイ、クレイブ、下に行って穴に板でも渡しとけ」


 家具工場の外に展開する敵を相手にどっていた二人の上等兵は、間仕切りのつい立て一枚二人でもって階段へと向かった。その間にサンダースは外の敵に銃撃を加えつつ、中尉に状況を報告する。


「こちら第三分隊サンダース軍曹。施設内部に侵入した連中は片付けた。敵の攻撃により階段の一部が破損したが、それ以外は問題ない。オーバー」


「了解した軍曹。引き続き施設外の敵への対処に当たれ。アウト」


『了解、サンダース軍曹アウト』


 通信を終えると同時に中尉は身を屈める。敵BTの放った砲弾が部隊の至近に命中したのだ。顔を上げて、中尉は被害状況を確かめる。幸い砲弾は無人の三階に命中したようで、何人かが尻もちを搗いた以外は別段被害は無かった。


 階下に目を移せば、敵小隊が一心不乱に制圧射撃を繰り返しているのが見て取れる。潜ませておいた伏兵に、敵は気が付いている様子は無い。中尉は無線を開いてディートリヒ軍曹のチャンネルに合わせる。


「此方リーバイ中尉、発砲を許可する。アウト」


『ディートリヒ軍曹了解。アウト』


 軍曹の返礼を聞いて中尉は無線を切る。あとは伏兵が繰り出す強烈なカウンターが炸裂するのを待つだけだ。


 民家一回で指揮を執っているハンスは、家具工場に敵がにじり寄っていくのをもどかしさを覚えながら見守っていた。倒壊した工場棟の廃屋を盾にしつつ、数を頼んで距離を詰めていく敵小隊。先陣を切る敵分隊が、家具工場まで道一つを挟んだ地点に至った時、命令は突然下った。


『全隊射撃開始!オープンファイヤー!』


 ディートリヒ軍曹の号令を皮切りに、各隊員の銃砲が待っていましたと言わんばかりに、一斉に火を噴いた。民家の敵側正面が瞬間、火炎と硝煙に覆われ、鉄の暴風が敵前衛を横薙ぎにする。再びの攻勢失敗に敵小隊は浮足立ち、遮蔽物が利用できる地点まで後退した。


『各分隊はAT44を使用しろ。敵を物陰から叩き出せ』


 ディートリヒ軍曹の指示で第四、第五分隊のAT三丁が発射され、敵が潜んでいるであろう物陰で爆発!あるものは肉片にされ、あるものは盾代わりの瓦礫に潰されて、内臓の破裂する激痛に悶えながら死んでいく。見た限りでは、敵はパニック状態に陥って完全に戦意を喪失したようだ。


「よぉし!こんなに快勝なのは久し振りだな」


 自分が指揮を執っているわけでは無いにも関わらず、一人歓声を上げるハンス。他の隊員は何も言わないが、内心はハンスに同感だった。なんせ憎たらしい蟲どもにワンサイドゲームを展開出来ているのだ。いい気味だ!くたばりやがれ!と各々思い思いの呪詛を籠めて射撃を続ける。


 一方的な攻勢により崩壊寸前になる敵小隊。もはや攻勢正面をそろえることも出来ず、撃ってくる第四小隊に向かってがむしゃらに撃ち返す事しか出来なかった。自然と弾幕は薄いものとなり、第四小隊は大した障害もなく敵を撃ち減らしていった。


 混乱を収束するために、一台のBTが一個分隊を伴ってハンスたちの陣地へ突撃していく。その足取りは乱れていて、統制された動きとはとても言えなかったが、廃屋に陣取る隊員達の気を引くには十分だった。


「何だコイツ等は?!」


 敵の突飛な行動にハンスが驚きの声を上げる。しかし幾ら無謀過ぎる行動であっても接近してくるBTを無視するわけにはいかない。部隊の攻撃は必然的にと突撃してくる敵分隊に集中する。


BABABABABABABABABABA!


BASHUUUUUUUUUUUU!


 BTと共に突撃する敵兵の殆どは、ハンス達の銃撃によって手足を青銅色の飛沫に変えて崩れ落ちる。中には両足を無くしながら機関銃を連射し続ける者もいるから恐ろしい執念だ。倒れた同志たちの怨嗟を纏い、BTの表情が鬼気迫るものに変わっていく。BTが民家への距離を残り五十mまで詰めたその時―


KABOOOOOOOOOOOOOOM!


 BTの足元で噴き上がる、もうもうたる爆炎と土煙!ゲオルギ伍長達が仕掛けたC7爆弾をディートリヒが作動させたのだ。爆発の衝撃にあおられたBTは宙を舞い、背中から叩き付けられた所をザラマンダーの追撃を喰らって四散!ハンスの頭のすぐ上を、BTの千切れた足が通過して壁に激突した。


「………!」


「無事かい?!」ジョルジアがハンスに確認する。ハンスは無言で頷いて戦闘に戻った。


 ハンスたちが敵分隊を撃退している間、家具工場にも敵の魔の手は及んでいた。もう一両のBTがハンスたちの射撃を受けて壊滅した前衛を連れ、家具工場内部に飛び込んで砲撃を開始した!


KABOOOOOOOOOOOOOOM!


DODODODODODODODODODODO!


「退避!」


 第三分隊は次々に陣地から飛び出し、その後を追うようにしてBTの砲撃が陣地に命中して炸裂!陣地化されていた渡り廊下は大小様々な穴を穿たれ、構成物の殆どが瓦礫となって落下した。


 第三分隊が攻撃から外れた事で、敵小隊は統制を取り戻して家具工場へ攻撃を集中する。BTを撃破し終えたハンスたちも攻撃に加わるが、今度は敵が側面を意識して距離を開けているので、有効な手を打てずにいた。


「伍長!C7を起爆しろ!」


「かしこまりっ!」おかしな掛け声とともに伍長がC7の起爆装置を起動する。


KABOOOOOOOOOOOOOOM!


 十二個のC7が一斉に爆発!BTは爆発による衝撃で圧壊し、全身を歪ませて工場の天井に叩き付けられる。随伴の兵士も軒並み壁や天井、床に衝突しあじさいにも似た花弁を咲かせて絶命した!


「さあ次―」「状況終了、各員は戦列を整え警戒態勢に移れ。皆良くやったぞ」「あれ?」


 返す刀で外の敵の迎撃に転じようとしたサンダースは、中尉からの終了指示によって呆気にとられる。外を見れば確かに、四十人ほど残っていた敵部隊はとっくに居なくなり、狙撃銃の射程距離外を駆けていく人影がちらほら見えるだけだった。


「なっ…何だよそりゃ!男らしく最後まで戦えよぉ!」消化不良のサンダースの慟哭が、市街地に木霊した。


「やっと終わった…」


 戦闘が終わった途端、その場にドカッと腰を下ろして一息つくハンス。他の隊員達も若干和やかなムードになって、互いの無事を確かめ合う。張りつめていた空気が一気に解放された気分だった。


「おいおい、まだまだ腰を落ち着けるには早すぎやしないか?」


 後ろから小突かれて、ハンスが声の主の方へ頭を向けると、ディートリヒが腕組みをして立っているのが見えて、ハンスは慌てて立ち上がった。


「心配すんな、俺はあのおっかない伍長みたいにどやしたりはしないさ」


「…聞いていたのか」


「聞きたくなくても、二階まで声が良く通っていたぞ。つくづくお前は、面白い人間だな」


 申し訳なさそうに頭を掻くハンスを見て、ディートリヒはくすくすと笑い声を上げる。なんだかこの隊に来てから、情けない所ばかり晒しているな、とハンスは己の不甲斐なさを恥じた。


『各隊の指揮官に告ぐ。中尉は敵に発見されたことで、現在地が作戦上の意義を喪失したと判断。よって、現在時刻一四二五より撤収作業に入り、これが完了次第次の目標へ移動する。撤収準備時間は十分を目安にする。では、各員作業開始』


 小隊軍曹からの指示が下って、ぴたりと談笑を止める二人。突然の撤収命令に、ハンスは一気に疲労感が押し寄せるのを感じた。


「撤収か…」


「戦ったり、片付けしたり、忙しい職場だね此処は」


 そう言ってディートリヒは自分が担当する二階へ戻っていく。ハンスも手を叩いて部下を自分に注目させ、軍曹からの指示を伝達する。


「総員注目!今しがた小隊軍曹から連絡が入り、この陣地を放棄し撤収する事になった。各自バックパックから取り出した物資弾薬を回収し、十分後にはすべての作業を完了するように。外には地雷があるため、第五分隊が回収するまで廃屋から出るな」


 珍しく誰も文句を言わずに作業に取り掛かる。何時もはうるさいマリーが黙っているのは、これはこれでありだな、等とハンスは考えつつ、撤収作業を手伝う第五分隊の増援二人を呼び寄せた。


「二人とも戦闘は終わった事だし、ディートリヒ軍曹の所に戻ってそちらの指示に従った方が良いんじゃないか」ハンスの尤もな疑問に二人は顔を見合わせ、揃って笑い出してこう返した。


「良いんですよ。我々はこの作戦が終わるまでハンス軍曹の指揮下に入るよう言われていますので」皮肉っぽい口調で一人が答える。


「そうなのか?」とハンス。


「ええ、今戻ったら俺たちの方が軍曹にどやされちまう」もう一人の兵士も冗談めかして返した。


 ディートリヒのありがたい采配に感謝しつつ、ハンスは二人を作業に返そうとして住んで出思い留まる。


「すまんが…二人の名前を教えてもらえないか?」


「忘れられてら…ひどいな軍曹。まあいい、カール・ヴァルドル上等兵。担当は小銃手」皮肉めいた言い回しの兵士が、呆れた様子で言った。


「ワシル・アーレン上等兵。担当は機関銃手」粗野な物言いの兵士が気分を害した様子もなく言った。


 ハンスは二人を作業に戻らせて、自分も撤収の準備に入る。幸い小銃手はバックパックから取り出す物が少なく済むので、比較的簡単に終わった。広げている荷物が多いブレンダと白鳥を手伝い、第五分隊が外の地雷を撤去し終える頃には撤収三分前となっていた。地雷を片付け終わったディートリヒが廃屋に戻り、ハンスに作業完了の確認を取りに来た。


「外の地雷は撤去しきったぞ。そっちはどうだ?」


「此方も準備完了だ。後は指示が―」


 ハンスはそこで言葉を切って上を見上げた。釣られてディートリヒ上を見上げるも、廃屋の天井は特に変わりは無く、ゴキブリが一匹這っているだけだった。


「お、ゴキブリ」とディートリヒ。


「違う、何か音が聞こえたんだ」


 そう言ってハンスは階段を上がっていく。同時にブレンダ達四人も上がっていって、第四分隊は廃屋の三階に集結する。ディートリヒは「全員中に入れ!」とだけ指示して、ゲオルギ伍長を連れて三階に上がる。ハンスたち第四分隊は、屋根に開いた穴や崩れた出窓からしきりに外を伺っていた。未だに状況を理解できないディートリヒがハンスに問いただす。


「一体どうしたんだ?外には何も―」


「静かに、…段々大きくなってるぞ…此れは…南の方角だ!」


 ハンスがそう言うと、第四分隊の隊員たちが全員南の方角を注視する。時が経つに連れ、音はさらに大きくなっていく。空気を切り裂き、高速で動き続けるローター音。音の主はやがて、その禍々しい正体を小隊員達の前に曝け出した。四枚の羽根を高速で稼働させて空を駆けるトンボ型の生物―ザラストロ軍のヘリコプター型MABだった。


「…っ!重火器を持っている奴は全員三階に集結だ!急げ!」


「わ、分かった!重火器を持っている奴は三階につけ!」


 ハンスの一声でディートリヒがすぐさま招集をかける。重火器であるSAW,AT44,ザラマンダーを持った兵士は空を舞うMABに銃口を向け、残りの隊員は他の階からバリケードを運んできて三階に設置する。


「運び込んだら下の階でじっとしていろ。航空機は制止目標を見つけづらいからな」とハンス。


 バリケードを運び終えた隊員たちはゲオルギ伍長の采配で二階や一階でじっと身を潜める。三階にはハンスとジョルジア、ディートリヒ、AT持ち三名、対戦車特技兵二名、機関銃手三名、そして小銃手三名が配置について攻撃開始の合図を待ち続ける。


 家具工場上空を飛び越えたMABは旋回して陣地一帯の周囲を回り続ける。赤茶色の機体に陽光を反射させ、球場の頭をキロキロ動かしているMABを、隊員たちは固唾をのんで見守る。ハンスはこの間に、迎撃の準備が整ったことを中尉に伝達する。


『そうか分かった。ではハンス軍曹、君が………すまん。君が迎撃の指揮を取れ』ローター音に遮られながら、中尉が命じる。


「自分がですか?!」予期しなかった命令に、ハンスが動揺する。中尉はしかし、さも当然と言うような口振りで続けた。


『そうだ。航空機に関してはディートリヒより君の方が何倍も詳しいからな。君もだいぶ陸戦に慣れてきた事だし、丁度いい機会だろう』


「しかし―」「俺も賛成だ」


 ハンスの横で無線を聞いていたディートリヒも中尉に同意する。ハンスは驚きのあまり目を見開いてディートリヒを見つめる。


「悪いが航空機相手に戦闘したことは一度も無い。何時も逃げるの一択だったものでな。だから、此ればっかりは俺にはどうしようもないのさ」


 肩をすくめるディートリヒ。誰も適任がいない事を自覚したハンスは、自分が防衛の要となる事を渋々了承した。


「分かりました…微力を尽くします」


『頼むぞ。幸いなことに君たちが潜んでいる事はまだ察知されていない。MABは此方で引き付けておくから、君は絶好のタイミングで仕掛ける事だけに集中してくれ。リーバイ中尉、アウト』


「ハンス軍曹、アウト」


 中尉との通話が終わると、「じゃあ俺は他の連中の指揮を執るから」と言って、ディートリヒはハンスが止める間もなく下の階に消えていった。去り行く背中に恨みがましい視線を送りつつ、ハンスは指揮下の兵士を集めて配置につかせた。


 機関銃手三名と小銃手一名を二つある出窓に二名ずつ付かせ、残りの小銃手を壁際のバリケードに配置する。AT持ちと対戦車特技兵は後方に配置して、発射炎と衝撃波がほかの隊員の邪魔にならぬよう工夫した。


「いいか、敵は輸送機だが装甲があるので、銃器だけで落とすことは困難だ。だから、敵が兵員を降下させようと足を止めた瞬間を狙い、迎撃隊全ての火力を集中して仕留める。かなりの荒業だが、他に手は無い」


 上空を舞うMABのローター音で、ハンスの言葉は掻き消される。廃屋をきしませて通過するその姿に、全隊員の目が釘付けになる。二機目のMABの登場にあせる心を落ち着かせ、ハンスは大声で叫んだ。


「此方に近い側を仕留めるぞ!敵がハッチを開けたらそこに火力を集中するんだ!良いな?!」


「「「了解!」」」


 二機のMABは時計回りに工場の周囲を旋回して、屋上に集まる第一、第二分隊を威圧する。第一、第二分隊は機材の回収を完了して、屋上からの撤退を開始する。はやる隊員を抑えるために、ハンスが叫ぶ。


「まだだ!」


 MABは旋回しながら、横腹につけた機銃で制圧射撃を開始する。屋上の隊員は身を屈めて、逃げることも出来ずにその場に拘束される。兵員を降下させるには理想的なシチュエーションだ。


「まだだ!」


 やがて二機のMABはそれぞれ工場の北と南の位置に空中静止し、機銃で制圧射撃を続行しながら徐々に高度を落とす。そしてその胴の後ろについた、細長い筒状の兵員室のドアが開き、完全に口を開けた。と同時に、ハンスの号令が廃屋内を反響する。


「今だ、フォイア!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ウミガラスの福音書 文化振興社 @culture0902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ