君と僕のモノローグ

かつどん

伝えたくて

 玄関のドアがガチャっと開く音が聞こえた。


「ごめんくださーい!」


「よく来たわね、さ上がって上がって」


 玄関から母とお客さんの聞き慣れた声が聞こえる。


「今お茶出すからね、リビングで待っててね」


「ありがとうございます」


 お茶か、僕も喉乾いたな。


「あ、僕の分も欲しい!!」


 リビングにいた僕は玄関にも聞こえるように少し大きな声で言った。



 廊下をスタスタと歩く音が聞こえる。

 もう足音で誰か分かるな。

 ガラガラと襖が開く。


「やっほー久しぶり元気してた?」


 玄関の方から、僕のいるリビングへ君が来た。


「遊びに来たよ」


 君はニコッと笑いながら言った。


「久しぶりって先週も来なかったっけ?」


 僕はふっと少し笑ってしまった。



 部屋に入るやいなや君はエアコンの前に立つ。


「エアコン涼しぃ」


 外は今日も暑いらしく、君はエアコンの前で両手を広げる。


「ちょっと人の家でくつろぎすぎじゃないかなぁ」


 まぁ僕んちだからいいんだけどさ。



「で、今日は一体何の用なの?」


 君は僕の質問にすぐには答えず、僕の傍に近づいてきてから話し始めた。


「ねぇ聞いてよ今日の暑さは過去最高らしいよ!」


「体溶けちゃうよね」


「なんか最近って過去最高とか多いと思わない?気温にしたり台風にしたりさ」


「地球温暖化ってやつじゃない?」


 僕は適当な返事をした。

 やっぱり君とのやり取りは楽しい。

 内容は全然面白くないけど。



 そんなやり取りをしていると君は突然はっとした表情で鞄から何かを取り出した。


「いけない忘れてた!お土産買ってきた

の!」


 君が取り出したのは、京都の八つ橋だった。

 僕の大好物だ。


「やった八つ橋だ!京都行ってきたの?」


「修学旅行休んだでしょ?だから代わりに買ってきてあげたよ」


 君はどこか寂しそうな笑顔をしながら言った。

 あぁそうか、もう修学旅行の時期なのか。


「ほら君の好きなつぶあん多めに買ってきたよ」


「僕がつぶあん好きなのよく覚えてたね、ありがとう!後で食べたいな」


 君はその八つ橋を僕の前にそっと置いた。


「つぶあん以外にもあるんだよ!」


 そう言って、君はまた鞄をガサゴソとあさる。


「ほら見て!チョコにソーダにコーヒー!」


「いや変わり種ばっかじゃん!!」


 どうせ君のことだから、面白そうだと思って特に何も考えずに買ってきたんだろうな。

 にしてももっと普通の味がよかったかな。


「もしかしたら普通の味買ってこいよとか思ったりしてるのかな?」


 君はやっぱりどこか寂しそうな笑顔をしながら言った。


「分かってるなら普通の味買ってきて欲しかったよ!」


 突っ込むのも疲れる、けどほんとに君といると退屈しないね。



 奥の台所からパタパタとスリッパの足音が聞こえる。

 多分お茶を入れてくれた母さんだろう。


「麦茶で良かったかしら」


 母さんはおぼんに氷の入った麦茶を2つ持ってきて、ちゃぶ台の上に置いた。


「ありがとうございます」


「ありがとね母さん」


 喉が渇いていたのだろうか、君はお茶が出されると途端にごくごくと飲み始めた。


「じゃあ僕も飲もうかな」


 僕は麦茶に手を伸ばす。


 麦茶は表面が結露していてとても冷えてるのが分かる。

 けれど、僕の手からその冷たさもコップに触れた感触すら感じなかった。


 僕の伸ばした手は呆気なくコップをすり抜けるのだ。

 僕の分の麦茶は無かった。



「そうだ、お母さん! 修学旅行の八つ橋買ってきたんです! 食べませんか?」


「あら、頂くわ」


 君は母さんに八つ橋を渡す。


「いや、それ僕のつぶあん!」


 取り返そうと八つ橋に手を伸ばすが、やっぱり手は八つ橋をすり抜ける。



「八つ橋食べたかったな」


 僕はボソッ呟いた。

 僕の分じゃない麦茶を母さんは1口飲んでから話し始めた。


「いつも来てくれてありがとね」


「いえ、私こそいつもお邪魔させてもらってすいません」


 そうして、二人は世間話を始めた。



 僕も会話に混ざりたいな。

 こうして母さんと君が会話をしているのを見ると、羨ましいと思う。



 僕は君と会話も出来ない。

 君に触れることも出来ない。

 君の体温も匂いも何も感じることが出来ない。

 出来るのは話しかけてくれる君に対して伝わりもしない返事をすること。

 ただの独り言だ。



 でも、そんな独り言でも君といるだけで楽しくて、楽しくて、楽しくて。


 でも、今君の目の前に僕がいれないこと、何も出来ない事が悔しくて、悔しくて、悔しくて。


 楽しそうに会話をする二人を見ながらそんなことを考えていると、時間は結構経っていたらしい。


 君は麦茶を飲み干すと時計を見てから言った。


「じゃあ、私そろそろ帰りますね」


 そう言うと君はまた僕の傍に近づいてきて、別れの挨拶をしに来てくれた。


「君に会いに来たはずなのにな」


 君の声が震えてるのがわかる。


「君にまた会いたいよ」


 畳に君の涙が落ちる。

 僕は泣いている君を見て嬉しくなってしまった。

 君が僕に会いたがっていること、僕に会えなくて悲しんでいること。

 その事がとても嬉しかった、でもやっぱり悲しくて僕も涙が出てきた。




 しばらく一緒に泣いていると、君は涙を拭って立ち上がった。


「また来るね!」


 まだちょっと声は震えていた。

 君は僕に向かって振り向きざまに小さく手を振ってくれる。



 また、か。

 僕からしたらその「また」には保証がない。

 いつか、君には新しいパートナーできるかもしれない、僕のことを忘れちゃうかもしれない。

 だから、せめて君に会えなくなる前に一言だけでも......!


 どうせ聞こえないだろうな。

 でも、伝えたいんだ。

 僕は、行ってしまう君の背中に向けて微笑みながら言った。


「いつも来てくれてありがとね、大好きだよ」


 すると君は、「えっ」と驚いたように慌てて振り返ってきたが、すぐに玄関の方へ出ていってしまった。


 この小っ恥ずかしいセリフが君に届いたのかどうかは分からない。

 けれど、振り向きざまの君は目に涙を浮かんでいだが、とびっきり笑顔をしていた。

 その笑顔の中からは、どこにも寂しさを感じられず、むしろ幸せそうな、僕が今まで見た笑顔の中で1番の笑顔だった。



 君が帰ってしまいリビングは静かになった。

 次はいつ来てくれるかな。

 次はこんな独り言じゃない会話がしたいな。

 そんなことを考えながら、僕はやっぱり君がくれた八つ橋が食べたくて何度も何度も手を伸ばすのだった。

 気温が最高記録をまた更新しそうな夏の日。

 僕はまた君を待ち続ける。



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君と僕のモノローグ かつどん @katsudon39

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