髪の悪魔

その夜、私は悪夢を見た。

「髪を……切ったな……」

暗闇の中、ありえない速さの徒歩で追いかけてくる髪様。

「やめて!来ないで!」

走っても走っても暗闇が続く土の道。

だが足元には突然大きな石が現れ、私は転んでしまった。

「いってて……」

私は転んでうつ伏せになった状態から立ち上がろうとする。

だが足首には私のよく知る何かの感覚が這っていた。

「これは……髪!?」

そう、髪で足首を縛られていたのだ。

私は驚き戸惑っているうちに、手まで髪が這ってきた。

「やめて!」

もう逃げられない。

手が髪に縛られる。全身が髪に縛られる。

「髪様……髪を切ってごめんなさい……」

やがて髪は私の全身を覆い尽くし、最後には首を絞められた。


「ハァ……ハァ……」

気がついた時には全身汗だくでベッドに寝転んでいた。

起き上がってみると頭が軽い違和感。全身の汗が髪に引っ付かない違和感。その違和感で私は髪を切ったんだと自覚した。

ずっとロングだった私はショート特有のスースーした感覚に慣れなくて、落ち着くのに10分以上かかった。


悪夢のせいで2時間早く目覚めてしまった。だけど私はこの2時間を有効活用できる良い方法を思いついた。


私は2時間早く朝食を済ませ、桐生先輩の家に向かった。

玄関で待ち伏せをしてショートになった私を見てもらおう。

桐生先輩はいつも朝練があるから早くに家を出る。

予想通り、私が待ち伏せをした20分後に桐生先輩が出てきた。

「桐生先輩!私、ショートにしたんです!どうですか?」

「似合うと思うよ」

「じゃあまた付き合ってくれるんですね!」

「いや、俺好きな人出来たから無理」

桐生先輩はそう言い残して去っていった。

「えっ……」

なんとなくそんな気はしていた。

桐生先輩の心はもう私にはなくって、昨日会った女の子の元に向いているんだって。

「なんでよぉぉぉぉぉぉっっっ!!」

私はその場で泣き崩れた。せっかく桐生先輩のために何十年も伸ばし続けてきた髪を切ったのに。これでは意味が無い。

「ねえ教えてよ髪様……私これからどうすればいいの?」

すると目の前にドロンと髪様が現れた。

「その桐生先輩とやらが惚れてる女が憎いんじゃろ?じゃったら殺せばええんじゃよ」

「殺すって……私にそんな力は……」

「わしが力を与える。その力を使えばついでに髪も元通りになるじゃろう」

「力って?」

「昨晩夢で見せたあの力じゃ。あの力はその地に眠る死者の遺体から髪を引きずり出して操る魔法じゃ

。それに加え、生きた人間の髪を奪い取る力もある。その力を使って他人の髪を奪えばいずれ元通りになるじゃろう。

ほれ、ちちんぷいぷい」

髪様が謎の言葉を唱えると、私の体に力がみなぎってきた。

私は力のみなぎるままにその力を発動すると、地面から髪が生えてきて、それを思った通りに操れるようになった。

「これは……すごい!」


私は今日1日、桐生先輩を観察することにした。

桐生先輩を観察していればあの女はきっと桐生先輩の前に現れる。そこを狙って殺すのだ。


私に桐生先輩に気づかれないように一定の距離を保ちながら桐生先輩が向かっている学校に向かう。

すると突然桐生先輩は交差点で立ち止まった。

様子を伺っていると、交差点の曲がり角から昨日の女が現れた。

「桐生っち待った〜?」

「いや全然。今来たとこだよ」

「よかった〜じゃ行こっか」

その手には恋人繋ぎがされていた。

その繋いだ手を見るだけで私の殺意はみるみると上がっていった。


2人が校舎に着くと、女は「ちょっとトイレ行ってくる」と桐生先輩に告げた。

これはチャンスだと思った。

私は女の行ったトイレの方について行く。

女がトイレの個室に入ったところで私は力を発動。

トイレのタイルを突き破り、地面から大量の髪がトイレの個室に襲いかかる。

「キャァァァァァァ!」

そういえばこの力には人を殺す力だけじゃなくて生きた人間の髪を奪い取る力もあるんだった。

地面を這う髪を女の頭の方に向かわせ、頭を拘束する。

髪は頭を這い、毛根という毛根を根こそぎ奪っていく。

「やめてぇっっっっ!!!!」

そうして奪い取った毛根は私の髪に接続される。

だがこのショート女の髪を奪い取ったところで私はまだセミロングといったところか。

「さて最後に桐生先輩を奪った罰を与えなきゃ」

地面から生えてきた髪で女の首を絞める

「キャァァァァァァァッァッッグァッ…………」

私はトイレの鏡で自分の髪を確認する。

「こんなんじゃまだまだ長さが足りない……他の人から奪わなきゃ」

「アッ……アッ……アッ…………

……………………」

女の声が聞こえなくなった。巻き付けた髪から脈拍が消えたことを確認して私はその場を去った。


私は行く場所もないのでとりあえず教室に向かった。

教室に入るとそこにはゆらが1人で座っていた。

ゆらはいつもこんな早くから学校来てたのかと思っていると、ある考えがよぎった。

ゆらのへそまで天パロングを奪えば、元の長さ以上の髪になれる

髪様の力の前に、ゆらには坊主になってもらおう。

私は力を込めた。するとゆらの机の下から髪の毛がゆらへ這いずり回る。

「な、なにこれぇ!」

その髪は頭に到達すると毛根を根こそぎ奪い取っていく。奪った髪は根を張った髪を通じて教室の外にいる私の髪に接続されていく。

「うわああああああああん!髪が、髪がぁ!」

髪が奪われるのを阻止しようと必死にもがいているゆらだったが、両手両足を髪に縛られているため無駄だ。

ゆらに対する申し訳ない気持ちも少しはある。でもそんなものは私の美意識と比べたらちっぽけなものだ。私は世界一長くて美しい髪の持ち主になるんだ。


ゆらの髪は天然パーマだったが、私の髪に接続された途端ストレートになった。そのおかげで予想よりも長い髪を手に入れることができた。

膝までのロングヘアとなった私は鏡の前で何度も姿を確認する。

流石にここまで長いと毛先が当たるふくらはぎがくすぐったかったり、歩く時に髪を踏みそうになったりするが、その髪が長い故の不便すらも愛おしく感じてくる。

これだけ長く美しい髪なら、桐生先輩もきっと。


私は桐生先輩の部活がやっているグラウンドに向かった。丁度休憩の時間だったようだ。私は日陰で涼んでいる桐生先輩の元へ駆け寄った。


「先輩、どうですか?私の髪」

私はファサァと膝まで伸びた髪を靡かせる。

「光乃、髪は切ったんじゃなかったのか。

なんのつもりか知らないけど今後一切お前と関わるつもりは……」

私は地面から髪を這わせ、桐生先輩の手足に巻き付ける。

「なんだよ、これ」

桐生先輩は震えながら光乃を見上げる

「ねえ桐生先輩 、私力を手に入れたんです。

この世の髪を操る力、髪様としての力を。

だから桐生先輩はもう逃げられません。一生あなたをこの髪の鎖で繋ぎ止めます。

桐生先輩、私の髪、綺麗、ですよね?」

桐生先輩の首に髪の鎖を巻く。

「ねぇ、綺麗……ですよね?」

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髪様 なも @senketuno

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