彼
ねこにまたたび
彼
目が合った。
そう思ったのもつかの間。彼はすぐに私から視線を外して、通りへと視線を戻した。
何を見ているのだろうか。
「本来ならば」「本当は」。彼はそんなことを考えているのか。それとももう、何も考えていないのか。
午後五時。一日も終わりに近い、夕焼けが一番綺麗な時間。
私と友人は買い物を終えて、店を出た。遠く離れた日本にいる、家族や友達へのお土産。どれも可愛くて、でも高価で、どれを買おうか散々悩んだ。贈る相手の顔を想像しながらの買い物は楽しい。結果、私たちのショッピングバッグは大きく膨らんでいた。私たちは満ち足りた気持ちを感じていた。
そこで私は、彼と目が合った。
私たちを蔑むような、憎むような、恨むような、でも何も見ていないような、何にも関心がないような、全てを諦めたような目で、彼は私たちを見ていた。
私たちは今日一日、とても有意義に過ごした。留学先で英語の授業を受けて、友達や先生と楽しくおしゃべりをして、買い物をして。でも彼は?
ホームレスである彼の顔には、諦観がにじみ出ていた。とても疲れて見えた。敷物の上で、少ない自分の荷物と共に、ただひたすら、じっと座っている。
今日だけではない。多分、何日も何週間も何カ月も、ずっと。
同じ人間なのに。
まだ高校生の私よりもずっと、社会に貢献してきたはずなのに。
私は両親の世話になっているだけで、自分一人ではまだ何もしたことがない。それなのに、良い生活をして、留学さえさせてもらって、毎日楽しく生きている。家族や友人にも恵まれ、満ち足りた暮らしを送っている。
彼だってきっと、ホームレスになる前は職に就いていたのだろう。家族や友人だっていただろう。大切な人もいただろう。
それなのに。
どうして、私と彼の間には、こんなにも大きな差があるのだろうか。
日本だって同じだ。アメリカも同じだ。
私からは想像できないくらい裕福な人がいる一方で、ひどく貧しい人もいる。
私は、努力して成功した人を貶めたいわけではない。失敗した人を突き放したいわけでもない。
ただ、思っただけなのだ。
「格差社会」とは、こんなにも恐ろしいものなのか。
生まれてくる場所が、時代が、家庭が、周囲の人が違っただけで、こんなにも差がついてしまうのか。
「努力しなかった方が悪い」という言葉もあるが、では、努力すらできない環境にいる人はどうなるのだ。
なんて理不尽なのだろうか。
私は将来、この問題を解決したい。
生まれながらの条件が、その人の一生を左右することがないような世界。全ての人に、平等に機会が与えられている世界。そんな世界を、いつの日か実現させたい。
夢物語だ、実現不可能だという人もいるだろう。
しかし、私は決めたのだ。努力して努力して努力して、いつか絶対に、実現させてみせると。
彼の瞳に映っていた絶望を、もう二度と、見たくはないから。
彼 ねこにまたたび @16cat
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