第7話 薬指の約束ー4(了)

 結婚式当日。見事な青空が広がっている。


 淡雪はあさひとゆうひと共にチャペルへと来ていた。真っ白な壁に、鮮やかな水色の屋根は、よく晴れた空に映えていた。淡雪たちの他にもゲストがもう到着している。着飾った人たちが集まるとやはり華やかである。


「淡雪さん、綺麗です!」

「はい、とても素敵です!」

 二人が笑顔で見上げてきて、淡雪にそう言ってくれる。


「ふふっ、ありがとう」

 淡雪が着ているのは、紺色のパーティードレス。肩から袖にかけてレースがあしらわれていて、ウエスト部分にはシンプルだが存在感のあるリボン。大人っぽさと可愛らしさがちょうどいいバランスで、気に入っている。


 あさひとゆうひは、グレーのチェックのスーツに身を包んでいる。蝶ネクタイはあさひがピンクでゆうひが水色。いつものヘアピンと色がお揃いなのは、秋奈が用意してくれたかららしい。


「あっくんとゆうくんもかっこいいよ。フラワーボーイ、頑張ってね」

 二人は息ぴったりに、はい! と答えた。


 淡雪は、あさひとゆうひの分も一緒に、受付をしに行った。ふと、ウエルカムボードの隣に置かれた写真立てに目が行った。大きめの透明なガラスフレームに、二枚の写真が収まっていて、光が反射して綺麗だった。


「それ、前撮りの写真なんですよ」

 じっと見ていたからか、受付の女性が教えてくれた。ウエディングドレスはふわふわした可愛らしいものを着ていた。そしてもう一つ、カラードレスの写真があり、それはエメラルド色のスレンダーラインのドレスで、ぐっと大人っぽい印象だった。


 着たいドレスも、着てほしいドレスも、秋奈は両方着ることにしたらしい。見事な両立である。


「素敵ですね」






 淡雪はチャペルの席につき、始まるのを待っていた。あさひとゆうひは別の場所でスタンバイしているため、ここにはいない。心配ないと思うがそわそわしてしまう。


 そして、牧師が開式を宣言し、式が始まった。

 新郎が入場してきた。例のよく喧嘩をするという秋奈の彼氏さん、いや、もうすぐ旦那さんになる人。少し緊張している面持ちだった。続いてあさひとゆうひが花籠を持って登場した。バージンロードに色とりどりの花を降らせていく。二人でいるからか、あまり緊張はしていなさそうで安心した。


「まあ、あの子たち可愛い」

「双子かな。洋服もお揃いで可愛い~」

 ゲストたちからその可愛さで大人気である。新郎の元まで花を降らせた二人は、淡雪の姿を見つけてこちらへ歩いてきた。隣を空けて二人を座らせる。


「二人とも、上手だったわよ」

「えへへ」

「えへへ」

 得意気に笑う二人はまだ周りの人たちの視線を集めていた。


 次の瞬間、その視線が一気に後ろへ集中した。

 新婦、秋奈が入場してきた。プリンセスラインの可愛らしいドレスに身を包んだ秋奈は本当に美しかった。ふわふわとした巻き髪も、輝くティアラも、差し込む陽の光も全て秋奈の美しさを引き立てている。


 ゆっくりとバージンロードを進む秋奈の肩には、あのティアラのツボミがいて、淡雪の横を通ったときに、輝く笑顔で手を振ってくれた。


「綺麗ね……」

 誓いの言葉も、指輪の交換も、誓いのキスも、映画のワンシーンを見ているかのようだった。見惚れていたら、あっという間に式が終わってしまった。


 促されるままにチャペルの外へ出たら、風船を手渡された。あさひとゆうひにも同様に。

「あの、これは?」

 近くの女性二人組に尋ねた。彼女たちはパステルカラーのドレスを着ていて、可愛さが溢れだしている。


「バルーンリリースって言って、皆で一斉にこのバルーンを空に放つんです。二人の幸せが天まで届きますようにって」

「あっきーが、友達の結婚式で見て綺麗だったから絶対やりたいって言ったもんね」

「そうなのね。教えてくれてありがとう」


 二人組はいえいえ~と言って手を振って秋奈の近くへと駆けていった。きっと仲の良い友人なのだろう。雰囲気がどこか秋奈と似ている。


 全員にバルーンが行き渡ったのを確認して、新郎がマイクで声をかける。

「せーのって言ったらバルーンを空へ飛ばしてください。いいですか、行きますよ、せーのっ!」


 新郎の合図で、雲一つない青空に、赤、オレンジ、黄色、緑、水色、紫のバルーンが飛んでいく。空に飴玉を落としたような、無垢な可愛さがあった。わあっと歓声が上がり、カメラを構える人もたくさんいる。どんどん遠ざかっていくバルーンを見上げて、皆が笑顔を浮かべている。


「わあ……」

「すごい、綺麗」

 もう遙か遠くにバルーンが飛んでいき、新郎新婦やゲストもチャペルの中へと戻っていく。あさひとゆうひも人の流れにのまれていった。これから披露宴の予定だったはずだ。


 チャペルへと戻る人たちを横目に、淡雪は空を見上げたまま動かない。もうバルーンはほとんど見えなくなっていた。


 ――このまま、どこかへ行ってしまおうか。


 ふいに、そんな考えが頭をよぎる。記憶も戻らない。もうどうしようもない。しかし、修の顔が浮かび、どうしても離れがたく思ってしまう。


「意思弱いわね、私」

 見えないバルーンを追っていた目線をようやく下ろし、淡雪は遅れてチャペルへと歩き出した。


 その時。


「淡雪!」

 後ろから名前を呼ばれた。反射的に振り返ってみると、修が息を切らしてそこに立っていた。


「どうして、ここに」

「あさひとゆうひに聞いた。今日、ここで知り合いの結婚式に出席するって」

 きっと出掛ける前に二人は修にそう言ったのだろう。しかし、それはここに来た理由にはならない。淡雪はもう一度、どうしてと聞くために口を開こうとしたら、先を越された。


「俺がどうしたいのか、考えて、それを伝えに来た」

 三ヶ月もの間、淡雪が投げつけた問いを考え続けていたというのか。遅すぎる、という不満と、少し嬉しさも感じてしまっている自分が悔しい。


「そんなの、本部に帰ってからでも良かったでしょう」

「淡雪がもう戻って来ないような、上手く言えないけど、そんな気がして」

 真剣な顔でそう言う修を見て、淡雪は自分が意地を張っていることが馬鹿らしくなった。自分の心は正直である。


 こんなにも、目の前にいる彼が愛おしい。


「私は、きっと何度でも修に恋をするんだわ。……修、好きよ」

 淡雪は修に向かって手を差し出した。愛おしい人に触れてほしい。でも、ずっと触れていないその人は遠くて、握手のような手の出し方しか出来ない。


 修は驚いて目を丸くして、固まっている。


「……ごめん」


 これは、拒否、拒絶ということだろうか。

 涙が滲んできて、淡雪は修に背を向ける。他のゲストたちに合流するにも、こんな気持ちでは戻りたくない。淡雪はその場に立ち尽くした。


「待ってくれ、違うんだ。俺は淡雪には謝らなきゃいけない」

 修は、一つ咳払いをしてから、言葉を紡ぎ始めた。


「過去ばかりみていて、ごめん」

 修がこちらに歩いて来る気配がした。


「甘えていて、ごめん」

 足音がゆっくりと近づいて来る。逃げてもいいのに、心が離れたくないと言う。


「誤魔化してて、ごめん」

 声が近くまで来ていた。嫌いで、大好きな優しい修の声。


「不安にさせて、ごめん」

 修が、真後ろで止まった。すぐ近くに、でも触れない距離に修がいる。


「それから……先に言わせてごめん」

「え」


 後ろから包み込むように、抱きしめられた。肩から回された腕が力強く淡雪を閉じ込める。背中にほのかにかかる重みが温かく、とても安心する。



「俺は、淡雪が好きだよ。前も今も、ずっと好きだ」



 修は淡雪の左手を持ち上げて、優しく握った。そしてその薬指に指輪をはめてみせた。小さなストーンがライン上に埋め込まれた、上品なプラチナの指輪。サイズはぴったりだった。


 ハッとして淡雪は振り返ろうとしたが、修が腕の中から逃がしてくれない。修の顔が見たい。身じろぎをしたら、やっと腕をほどいてくれた。


「修、これ……」

「俺の隣にいてほしい。わがままで、ごめん」


 真正面から向き合った修の瞳は、真剣な中に熱を帯びていて、淡雪は捉えられたように見つめ返した。修に左手をすくい取られて、薬指の指輪に口付けが落とされた。




――――――っ。




 その瞬間、ひどく度の合っていないメガネをかけたように、目の前がぼやけた。思わず目を瞑った。


 雪が降っていた。よくよく見ると、それは砂だった。見慣れた水色の砂。触れると、記憶が溢れてきた。一気に膨大な記憶が全身を包む。開化したとき、本部に入ったとき、初めて治療をしたとき、修と初めてデートに行ったとき、喧嘩をしたとき、


……そして事件に巻き込まれたとき。事件に遭う前、用意していた、あれ。


 そう、思い出した。あの指輪は、記念日のプレゼントで修に渡すはずのものだった。ずっとずっと、あの指輪は贈られるのを待っていたのだ。


 ふいに名前を呼ばれた気がして、声のする方へと視線を動かして、そして瞼を押し開けた。





「淡雪!? 大丈夫かい」

 修に抱きかかえられていて、心配そうな顔が覗き込んでいた。どうやら一瞬ふらついただけだったらしい。


 ずいぶん久しぶりに修の顔を見たような気がする。ずっと隣にいたけれど、修も、淡雪自身もどこか距離をとっていたから。


――やっぱり修の一番近くには私がいたい。愛しい人の隣は私だけのものがいい。


「ねえ修、事件に巻き込まれなかったら、私もあなたに指輪をプレゼントしようと思っていたのよ。記念日に」


「! 記念日のことを。ってことは、思い、出した?」

「ええ」

「ほ、本当に……?」


 驚きと喜びと混乱と色んなものがごちゃ混ぜになった表情のまま、修が問いかけてきた。愛しい恋人の頬に両手を添えて、淡雪は笑顔で答えた。


「ただいま、修」

「ああ、おかえり。淡雪」











 修理課は、相変わらずほどほどに忙しい。大きな事件もなく、たまに怪我をして帰ってくる警備課の者を治療したり、修理したり。診療所からの依頼も舞い込んでくる。


 途中で帰ることになってしまった秋奈の披露宴だったが、仲直りした彼氏が迎えに来て、と言ったら、それなら良しと許してくれた。今度のお茶会ではちゃんとご馳走しようと考えていた。



「才! また作業室を散らかしたままだよ。ってあれ、才は?」

「あ、主任、才さんなら、はなのさとに行くって言ってましたよ」

「ぼくも聞きました」

「えー、片付けてから行ってほしかったよ」

「ぼくたちやりましょうか」


「だめよ。あっくんはさっき来た数珠の付喪神さんの治療を、ゆうくんは預かった桶の修理を優先しなきゃ。ここは私が片付けておくわ」

「ありがとうございます、淡雪さん」

「頑張ってきます!」

「俺より先に指示するなんて、主任の仕事取る気なのかな?」

「主任の指示が遅いからよ。ちゃんとしてよね」

「はいはい」

「主任も淡雪さんも、喧嘩しちゃだめですよー」

「ふふ、そうね」




 才は、あまり研究室に籠らなくなった。


 あさひとゆうひは、自信を持って一人で治療、修理が出来るようになった。


 淡雪と修は、小さな喧嘩をよくするようになった。が、二人とも薬指についたぴったりサイズの指輪を外すことは絶対にしなかった。


「あ、私お買い物に行かなくちゃいけないわ。修、片付けは一人で頑張って」

「はいはい。一人でもちゃんとするよ」

「修」

「何だい?」


「いってきます」

「ん、いってらっしゃい」





~fin~

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つくもがみ統括本部ー修理課ー 鈴木しぐれ @sigure_2_5

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