第26話 カルマ

 革命軍と国軍の決戦の日から三か月後。

 戦争は両者痛み分けの形で終わった。国軍も革命軍もまだ存続している。

 一つの戦いが終わっても、戦争は終わらなかった。

 失ったものは多く、得られたものは少ない。

 セレナとエイミーの二人は、この無益な戦争を終わらすために行動を始めていた。




「なかなかいい味だ」

 セレナはカップを皿の上に置いた。カップからはおいしそうな紅茶の香りがする。


「コーヒーもおいしいですね」

 エイミーが飲んでいるのはコーヒーだ。エイミーの皿にはクレープがあって、セレナの皿にはケーキがある。ケーキの上にはイチゴが乗っている。


 二人は約束通り、デザートを食べに来ていた。場所は基地の中のセレナの部屋で、食事はすべてセレナの部下が作ったものだ。

 秘密の会合をするにおいて、ここ以上に安全な場所はない。部外者が侵入したり、聞き耳を立てることは不可能だ。そしてセレナの部下は信頼できるものばかりだ。しかも特に信頼のおける部下に見張らせているので、裏切り者がいても、容易には近づけない。


 セレナは二枚の紙をエイミーに手渡した。

 エイミーもセレナに書類を渡す。

 エイミーは書類に目を通した。


「要塞の見取り図と兵の配置だ。できる限り被害のないように頼む」

「分かってます。お互いに被害がないように努めます」

 セレナも書類に目を通した。


「革命軍の今後の計画です」

「ありがとう。しかし、ずいぶんと危険なものを持ち出したな」

「でも役に立つでしょう」

「ああ、確実に目的に近づいたな」


 革命軍の幹部となったエイミーと、王女にして国軍の連隊長セレナ。二人が協力すればできないことはない。

 二人は腐った軍を立て直すために暗躍していた。

「しかしこれはおいしいな。店を出してもやっていけるぞ」

「軍人さんに、こんなに料理がうまい人がいるなんて意外ですね」

 セレナとエイミーはおいしそうにお菓子を食べている。国の行く末を決める話し合いには見えない。


「そういえば、夜叉はどうしたんだ?」

「市場の方に行きましたよ。新しい仮面を買うそうです」

「ああ、今日は祭りの日か。数年ぶりの祭りだな」

「こんな暗い世の中ですからね。つらい現実を忘れられるような日も、必要でしょう」

「そうだな。……はやくこの国を立て直せるといいな」

「できますよ。なんと言ったって、私達が協力しているんですから」

「そうだな。君がいれば、百人力だ」

 




 羅刹は祭りに顔を出していた。セレナに警備を命じられたのだ。

 道行く人々は、みんな顔に仮面をつけている。恐ろしい物から、かわいらしいものまで様々だ。

 この地方の祭りは、仮面と衣装で変装して行うものだ。オバケに変装して驚かせたり、狼の仮面を被って狼男の真似をしている人がいたり、皆様々で、皆楽しそうだ。


 羅刹の前に一人の男が現れた。その男は仮面を被っていない。帽子を深くかぶって顔を隠しているだけだ。羅刹はその男に見覚えがあった。


「俺と同じ顔で、俺の前に立つな」

「まだ仮面を買えてないんだ。仕方ないだろう」

 羅刹が文句を言った。夜叉は不服そうに答えた。


「案内してやるよ。どんな仮面が欲しいんだ」

「見る人が笑顔になるような、優しい面が欲しい」

「鬼の面でもつけとけよ」

「鬼ならないでくれと言われたんだ。まずは見た目から変えようと思ってね」

「そういえば俺も言われたな。仕方ない。俺も買うとしよう」


 羅刹は屋台が立ち並ぶ場所まで夜叉を案内した。仮面の祭りだけあって、たくさんの仮面が置かれていた。だがしかし仮面の祭りなだけあって、売り切れも多い。お目当てのものが見つかるかどうかは、五分五分と言ったところだ。


「おい鬼の兄ちゃん。買っていかないかい」

 見るからに怪しげな男が、二人に声をかけてきた。真っ黒な服とたばこ、軽薄な顔立ち。オニクスだ。オニクスが祭りで屋台を出している。けがはもう治ったようだ。


「ちゃんと許可を取ってやってるのか?」

「もちろんさ、安くしておくぜ。赤鬼さんには特別に、五十パーセントオンだ」

「もう一度病院送りにしてやろうか?」

 羅刹は懐から毒針を取り出す。戦争の時は夜叉のほうが鬼のようだったが、平時では羅刹のほうが鬼に見える。


「冗談だよ冗談。ちゃんと定価にしますとも」

「……安くはしないんだな」

 夜叉があきれた様子でオニクスを見た。この男はどんな時でも変わらない。


「なにをお求めで」

「仮面だ」

「仮面だね」

 二人はほぼ同時にこたえた。


「仮面ねぇ……今日に限っては人気商品だからな、二つしか残ってねぇや。どうだい、買うかい?」


 オニクスは屋台の奥から仮面を二つ取り出した。

 一方は優し気な笑顔をかたどった男の面。

 もう一方は恐ろしい鬼の面。


「どうする?」


 オニクスは再び聞いて来た。

 夜叉と羅刹は顔を見合わせる。

 一方が鬼で、一方が菩薩。

 両方は菩薩になれぬ。


「「さぁ、どうしようかな?」」

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双子の鬼 ~鬼と呼ばれた二人の物語~ 朝来帰 朝来 @cobaltkobold

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