その3 学園祭前日&当日


 というわけで学園祭、俺たちはコスプレ喫茶をすることに決定していた。

 メイド服の成海と、チャイナ服のユウキ、執事服の香織が接客を担当、俺とタカシが調理担当だ。

 メンバーが少ないのでメニューは限られている。あらかじめ作っておいた数種類のケーキと、紅茶とかコーヒーとか、ハーブティーとか。

 それでも当日のシミュレーションもほぼ完璧に行われていた。俺たちのやるべきことは、しっかりと注文通りにものを作って運ぶだけだ。前日までは死ぬほど大変だったけど。

「ケーキ、こっちに置いておくね。ドライアイスがあるから大丈夫だとは思うけど、一応、時々チェックしておいて」

 そう言って指示を送るのはユウキだ。ケーキ制作やラインナップは彼が中心になって行われていたらしい。あまりの万能っぷりに少し引く。

「……お茶とハーブティは決められた量を入れて、お湯はこのくらいまで。多くても少なくてもダメ」

「コーヒーは造り置きするのが一番効率がいいが、置いておくと風味が飛ぶからなあ。定期的に何人分か作るのがいいだろ」

 お茶系は成海、コーヒーはタカシ。そうやって、いろいろと得意分野にあわせて見事に分割。俺たちは人数が少ないながらも協力して頑張っていた。

「ねえ」

「なによ」

 ……のだが、思っていたよりも出番が少なくてすねているのが香織だ。

 彼女の知識も低くはないのだが、周りにいるメンツがすごすぎて、出る間がなかったという感じだ。

「他の部活とかとの兼ね合いは大丈夫なのかな。喫茶店なんて、それこそ結構あるかと思うんだけど」

「あー、心配には及ばないわ」

 教室の隅からグラウンドを眺めながら、彼女は言葉を続ける。

「なんかかんか言って喫茶店になったのは二つだけ。ウチとマン研だけよ。マン研はマンガ喫茶をテーマにしたマンガが読める喫茶店、って感じで、ウチとはコンセプトが違うから」

「そっか。じゃあ安心だね」

 俺も並んで校庭を眺める。校庭ではバンドメンバーの演奏会に向けた、ステージの制作が進められていた。

「……バンドでもしておけばよかったかしら」

「いや演奏とかしたことないけど」

 ぼそっと口にした香織に思わずつっこみを入れてしまう。

「ていうかなんなのよ、あの手際の良さ……ケーキなんて作れるもんなの?」

「らしいね」

 ユウキも作れたというのは意外だったけど。

「お茶とかにも詳しいし……」

「おかげで助かったよね」

「ゲームうまいし……胸大きいし……なんなのよあの子、嫁入りでもするつもりなの?」

「いやそれは知らないけど」

「うう……悔しい! 向こうが嫁入りする気なら、こっちだって婿をもらってやるわよ!」

「なにに対抗してるのかさっぱり意味不明だよ」

 とりあえずなにかジェラシーを感じているらしい。

「ま、あんただってこっち側じゃない。あの三人だけで用意は完璧。あたしたちはなんもやることないんだから」

「俺、一応会場設営したけど」

「…………は?」

 ぽかんと口を開けてこちらを見る。

「……会場設営?」

「この教室。机とか運んだし、飾り付けしたし、メニュー表とかも作ったし」

「……いつ?」

「香織が会議に行ってるときとか。あと、メニューとかは家で作った」

「………………」

「え、なに?」

「ていっ」

「ぎょわっ!」

 いきなりわきの下をつねられた。

「あんたなに一人で活躍してるのよ! あたしの出番はっ!?」

「いや香織は文化系の部活と打ち合わせがあるって出ていったじゃん!」

「なんで人が出ていってる間に終わらせちゃうのよ、少しくらいは残しておくのが義理ってもんでしょ!?」

「会場設営は早めにやっておいたほうがいいでしょ!? ていうか、会場が出来ないとケーキの置き場所とか確保できなかったし!」

「そういうときこそ『困ったな~、こういうとき、誰かいてくれたらな~。あ、香織、待ってたよ~』とかいう展開があるでしょ!?」

「申し訳ないけど今回の件でそんな展開になったこと一度もないよ?」

「あーもう! あんたなんか、あたしの婿候補から外してやるんだから!」

「入ってたのっ!?」

 なんか言ってることはよくわからないけど、どうも香織は、もっとみんなで苦労しながら……というのを味わいたかったというところか。

 香織には言ったのだが、正直、今回はそんな風には全然ならなかった。それぞれがそれぞれのことをやるという形で、協力して、という感じはほとんどない。

 確かにそういう点はちょっと寂しいような気もしたが、ケーキも作れないしお茶にも詳しくない俺はやれることも限られていたわけで。

「まあいいじゃない。今はこうやって、俺も香織と同じ、暇なだけだし」

「むう……そうだけど」

 今は完成したケーキとかの準備中。俺たちの出る幕は全くない。

「香織は本番で頑張ってもらうから。なんせウチの看板娘、香織が目当てで来る人だってきっといるよ」

「そうかしら」

「そうだよ。香織、実はクラスの男子とかにも人気あるんだから」

「そうなの?」

「まあ」

 香織が人気者だったということに嘘偽りはない。なにせいいとこのお嬢さんらしいし、成績優秀、運動神経もよく、人当たりもいい。

 他人に対して言うことをはっきり言ってしまうのは欠点でもあるけど、そのはっきりとした物言いに憧れている人も多い。

 男子の間では言うまでもなく、あっと言う間に人気者になり、誰が最初に告白するか、誰が付き合うのか、と、いろいろな話があった。

 彼女がコスプレして接客するというのなら、そりゃ学校中の男子からの注目を浴びるはずだ。しいていうなら、一部女子からも。

「悪い気はしないけど……あたしの作ったケーキがないのが悔しいわね」

「いいんじゃない? 企画段階でアイデアは出してたし」

「まあ、そうね」

 そんな学校中の有名人と、まさかゲームセンターに通っているうちに仲良くなるとは思わなかったけど。

 かなりのゲーマー、しかも負けず嫌い。

 話すようになってからだいぶ彼女の性格は理解しているつもりなのだが。

「ま、いいわ。あんたの言うとおり、本番で活躍してあげるわよ。明日この教室は、あたしの独壇場になるんだから」

「うん、頑張ってね」

「それと、婿の候補には残しておいてあげる。一応ね」

「……そりゃどうも」

 時折こんな感じで、本気なのか冗談なのかわからないことを口にするから困る。

 女の子は謎が多いと言うけど、この同好会の女子二人はまさにその言葉を形にしたような感じだ。親しくなってだいぶ経つが、まだよくわからない。

 そんなこんなで準備も滞りなく終わり、いざ、学園祭の本番になった。



「お帰りなさいませ、お嬢様」

 ――いざ本番になってみると、予想通りというかそれ以上というか、香織が大活躍だった。

 男子から人気があったのは知っていたのだが……こんなにも女子から人気があるとは。

「ハーブティとケーキセットですね。かしこまりました」

 うやうやしく頭を下げる香織に集まる多くの視線と、時折聞こえてくる黄色い声。

 正直、ここに来る女子の大半は彼女目当てだと言ってもいい状況だった。

「あの人よ、すごくかっこいい人!」

「ねえ、あの人が香織さんなの?」

「お姉さま……美しい……ハァハァ」

 客の声を聞いているとこの学校は本当に大丈夫だろうかと不安になるレベルだ。

「しかしすごい人気だな……メイド服の成海も相当なもんだと思うが、この状況下ではそれほど目立ってないしな」

 まあ、メインがお茶とケーキの店であるから、来客する男女率は女子のほうが多い。

「いらっしゃいませー♪」

「それと、あのユウキの違和感のなさは異常だ」

「同意するよ」

 女装しているユウキにはクラスメイトですら気づいてなかった。むしろ、あんなかわいい子がどこかのクラスにいたかと話題になっている。バレなきゃいいけど。

「ハーブティとおすすめケーキセット二つ。七番テーブル」

「へいへい」

 ともあれ香織は大人気。てきぱきと動いてくれるおかげで、店の回転率にも貢献してくれている感じだ。

「……五番テーブルはコーヒーだけ。それと、写真をとっていいのか聞かれた」

「極力遠慮してもらえ。取るならバレないようにと言っておけ」

「……わかった」

「それでいいのっ!?」

 成海は相変わらずのマイペース。メイド服姿だから主に男子の接客に回しているのだが、思っていた以上に接客が様になっていて驚く。

「二番テーブル、おすすめハーブティとロールケーキセットだって。よろしく」

「おう、ちょっと待ってろよ」

 先にも書いたがユウキは完全に女性になりきっている。コメントのしようもない。

 そんなこんなで店はそれなりに繁盛していたのだが、俺はちょっとだけ、違和感というか、何とも言えないものを感じていた。


「ふー。疲れた」

「お疲れ」

 店がひと段落ついて香織の休憩時間。イスにだらりと座り込んでタイをゆるめる姿は、それはそれで人気が出そうだった。

「どんな感じ?」

「香織が感じているとおりだよ」

「そ。好調ってことね」

 にやりと笑みを浮かべながら言う。俺はうなずいて、彼女にハーブティーを一杯入れた。彼女は軽く礼を言って、口を付ける。

「あら、おいしいわね」

「すっかり忘れてたけど、俺たち味見とかしてなかったんだよね」

「そうなのよね。運んでいる最中にケーキにかぶりつきたくなったし」

「運んでいる最中はダメだからね」

「むぅ」

 膨れる。その表情はよく見るものだが、髪を後ろでまとめて男っぽく決めている姿でその表情は、何となく新鮮に映った。

 ハーブティをゆっくりと飲み干し、未だ接客に追われている成海とユウキを眺める。校庭でバンドが始まったせいか客もまばらになっていて、だいぶ店内は落ち着いていた。

「………………」

 そんな様子を、香織はティーカップを傾けながら無言で眺める。しばらく注文もなかったため、俺も彼女と同じように、ただ教室の様子を眺めていた。

「ねえ」

「うん?」

 先に口を開いたのは香織だ。俺は、ほんの少し遅れて応えた。

「あんまりこういうこと言うのもなんだけど」

 いつもはっきりとものを言う彼女には珍しく言い回しだ。俺は黙って、彼女の次の言葉を待つ。

 でも、俺は何となく確信があった。彼女の感じていることと、俺の感じていることは、おそらく一緒なのだと。

「……ゲーム同好会っぽくないわよね」

 だから俺は思わず、笑ってしまったのだ。

「なによ」

「いや、一字一句全く同じこと考えてたな、と思って」

「む……あんたも思ってたなら、言えばいいのに」

「いや、やっぱり言うのも忍びなくて」

「……そうよね」

 あまり本格的な用意に加われなかったという、ちょっとした後ろめたさ。

 そんな感情が、俺たちにちょっとした遠慮を生み出していた。

 でも、一度口にしてしまえば、それはもう、雪崩のように吹き出てくる。

 止まらなかった。

「ゲーム同好会っぽいことって、なんだろ」

「ゲームの紹介? ポスターかなんかでも用意しておけばよかった?」

「ポスターだけ貼ってもなあ」

「確かに。今更って感じよね」

 すでにケーキやコーヒー、ハーブティが、この空間のメインとなってしまっている。

 そうなってくると、いかにメインを変えずに、かつゲーム同好会らしさを出すかということに視点が移ってくる。ケーキなどを生かしつつ、かつゲーム同好会らしいこと……

「あるね」

「あるわね」

 俺たちは同時に結論に達した。

「となると、早いほうがいいかしら」

「うん。とりあえず用意してみるよ。部室にあるのだけでも」

「お願いね。その間に……あたしは成海でも挑発しておくわ」

「やりすぎないようにね」

 そうやって会話をし、今度は同時に時計をみた。そして、外の景色も。

「ライブが終わって、校舎にみんなが戻ってきたら……」

「勝負だね」

 俺たちは拳をぶつけ合い、それぞれ行動を開始した。



 校庭でのライブが終わり、学園祭は、校舎の中がまた賑わいを見せていた。

 そんな中、俺たちゲーム同好会メイド喫茶の教室に、新しいものが設置されていた。

 大型のスクリーンと、そして、その前に立つ、執事とメイド――すなわち、香織と成海。

「あなたとはいずれ決着をつけないといけないと思ってたのよ」

「……負けない」

 俺がその舞台を用意している間に、どんなやりとりがあったのかは知らないけど、成海もずいぶんとやる気になっていた。

「はーい、それでは第一回戦! ダンス対決!」

 そんな中、ユウキの声がマイクから響く。多くのギャラリーに囲まれた彼女たちは……音ゲーの専用コントローラーの上にいた。

「スタート!」

 ユウキの合図とともに、香織がコントローラーに足を乗せた。音楽が始まる。

 一昔前にはやった、上から落ちてくる矢印に合わせて足を動かすゲームを、彼女たちはやっていた。

「……よくコントローラーまであったよね」

「中古屋で叩き売りされててな。衝動的に買ったはいいが、自宅だとうるさいんだよ」

「ま、おかげで盛り上がってるけど」

「ああ」

 執事の服が動きやすいのかはわからないが、落ちてくる矢印に合わせてリズミカルに踊る香織は、男女問わず声援を受けている。対する成海は、男からの声援が多いようだ。それとスカートがかなり翻ってるけど、大丈夫だろうか。

「いえーいっ!」

 曲が終わると歓声が上がった。点数は両者とも高かったが、香織がわずかにリードしていた。

 そう。俺たちが考えたのは、ゲーム同好会らしく、ゲームによるイベントだ。

 対戦のできるゲームで対戦したり、協力できるゲームを進めたり、と、そんな感じだ。

「そっちからゾンビ! 右側から来るから警戒して!」

「はいっ!」

「ナイスショット! いいわよいいわよ、ハイスコア!」

 ガンシューティングゲームを、来客参加型にして進めていったり、

「『俺たち、昔っからそうだったよな。すれ違ってばかりで、本当の気持ちを隠してた』」

「『うん……ずっと、友達だったらよかったんだけど……ダメだったね』……ちょ、待って、恥ずかしいって!」

「こら、ダメよ、ここからがいいとこなんだから」

 恋愛ゲームの音声をオフにして、罰ゲーム的に読ませてみたり。

「おっしゃ、最強必殺技! ……って避けるのかよっ!」

「……お返し」

「ぐおーっ、負けたっ! ゲーム同好会強えーっ!」

 格闘ゲームの大会っぽいことをしてみたり。

 時間毎にイベントを企画するのも大変だったけど、学園祭という状況だからか、それなりに盛り上がってくれたし、参加者がいない場合は俺たちが参加して盛り上げたりと、ケーキやコーヒーが邪魔にならない程度のイベントは、なんとか成功を収めた。

 ゆったりケーキなどを楽しみたい人には悪かったけど、俺たちはゲーム同好会だ。自分たちらしさというものを考えると、こうなってしまった。

 時間はあっと言う間に過ぎ、多くのケーキが完売する中、俺たちは次から次へとイベントを行った。

 そんな風に、学園祭はあっと言う間に過ぎていった。



「はあ、疲れた」

「お疲れ」

「ま、いい疲労感だけどね。いっそすがすがしいわ」

「それはよかった」

 後夜祭、キャンプファイヤーを囲って、俺は香織と踊っていた。

「ゲーム同好会は楽しいところだ、って、そういうのは伝わったみたいよね。ま、ああいうのが嫌いとか言う人もいるだろうけど……それはそれで。……ちょっと、ステップステップ」

「学園祭だからね。多少は騒がしくしておかないと。……しょうがいないでしょ、踊りなんてしたことないんだから」

「売り上げのほうもそこそこらしいわよ。まだ計算は終わってないけど……ちょ、ぶつかんないでよ」

「ケーキのほうも好評だったからね。完売したんだっけ? ……わ、ごめん」

「少し余ってるけど、あたしたちで食べられる範囲よ。せっかくだから、あとで分けましょ。……ほら、こっちに合わせて」

「そうだね。なんだかんだ言って、俺たち食べてないからね……えっと、こうかな?」

「そう。いいじゃない」

「……うん」

 曲がもうすぐ終わりそうなところで、やっと俺たちのステップが合ってきた。しばらくは無言で踊り続け、曲の終わりには、もう俺たちのステップはすっかりと一致していた。

 大きな拍手と、一部の歓声。曲が終わって火の周りから皆が離れていく。俺たちも、少し離れた場所から見ているタカシたちの元へと戻った。

「最初はばらばらだったが、最後は様になっていたな」

「なんとかね」

 肩をすくめて言う。

「ボクも踊りたいな。タカシ、一緒にいく?」

「お前とかよ」

「女装してたほうがいい?」

「いや、そういう問題じゃない……」

 ユウキは制服姿に戻っていた。男子の制服を着ているので、かろうじて今は男だ。わからないけど。

「あたし、ちょっと周りに挨拶してくるわ。すぐ戻るから、ケーキはちょっと待っててよ」

「どうせ後夜祭終わるまではここにいるよ」

「りょーかい」

 香織は軽く敬礼をするようにして、走り去っていった。

「ふう。しかし、お前らのアイデア、成功だったな」

「そうだよね、よかったと思うよ」

 タカシとユウキが声をそろえる。

「オレたちは用意だけで手一杯だったからな……」

「ボクも、ケーキ作り大変だったよ」

「あはは、ごめん」

 思えばかなりの負担をかけてしまった気もする。ケーキ作りには参加できなかったし、買い出しとかもほとんど任せてしまったし。

「ま、面白かったからいいけどな。学園祭らしくて、こういうのもいいや」

 タカシは笑ってそう言った。高校生になったら恋人を作って、学園祭は二人で回るんだー、とか言っていた気もするが、こいつはこいつらしく楽しんでくれたらしい。

「ボクも、ケーキ作りは楽しかったしね。接客も面白かったよ、誰のボクを男だと思わないんだもん」

 ユウキはユウキで俺にはわからない楽しみ方をしていたらしい。俺は曖昧に笑って返した。

「そういえば、成海は?」

「ん? その辺にいたと思うぞ」

 俺は立ち上がって辺りを見回す。ちょうど、二曲目が始まったところだった。

「ちょっと探してくる」

「うん。ボクたちは踊って待ってるから」

「え、マジかよ……おい、ユウキ!」

 ユウキに引っ張られ、火のほうへと歩いてゆく。ユウキがタカシの手を取ると、タカシは息を吐きつつも、ステップを踏み始めた。



 俺たちが座っていた場所から少し離れた場所……体育館の壁を背に、成海はキャンプファイヤーを眺めていた。

「成海」

 声をかける。気づいていたのか、無表情の彼女の顔はすぐこちらを向いた。

「疲れた?」

「少し」

 表情を変えずに言う。成海も、ケーキ作りは頑張ってくれた。ここ何日かの疲れは相当なもののはずだ。

「ユウキだけだったら、きっとなにもかも足りなかったからね。成海が頑張ってくれたおかげで、こんなにも盛り上がれたよ」

 俺は彼女の横に並ぶように立ってから、言葉を続きを口にする。

「ありがとう」

「……うん」

 少し顔を逸らすようにして、彼女は小さく答えた。

 しばらく、彼女と並んで炎を見つめる。周りよりもよけいに回っている、タカシとユウキの姿が見えた。

「……私も、」

「うん?」

「私も……楽しかったから」

 絞り出すような、小さな声。

「ケーキの用意も、お茶の用意も……今まで、こんなこと、なかったから」

「………………」

「だから、その……楽しかった」

 彼女は香織と違って、あまり人付き合いはうまくないほうだ。口数も少なく、人見知りで、教室では一人でいることが多い。

 香織が半ば無理矢理この部に引き入れ、ぶつかったり、言い合ったり、それこそ今日みたいに対戦したりして、少しずつ、感情を表に出すようになった。

 そんな彼女の思い出の中に、今日の学園祭のこと……そして、その準備のことが残ってくれたなら、それは、とても嬉しいことだ。

 そして、俺も。

 ウエイターでもなく、イベント参加もそれほど多くなかったけど、たくさんの笑顔が踊り、たくさんの気持ちが踊り、そんなこのイベントを、きっと、他の誰よりも楽しんだんだと思う。

 すべてはこの、ゲーム同好会に入ったから。香織と、成海と、そして、タカシやユウキと一緒にいたからだ。

「成海、踊ろう」

 だから自然と、そんな言葉が出てきていた。

「えっ……?」

「踊ろう。せっかくだから」

「あの……私、踊れない……」

「俺だって踊れないよ」

 成海に向かって手を伸ばす。

「踊れなくたっていいと思うよ。こういうのは、楽しんだもの勝ちだよ」

「………………」

 成海はしばらく俺の顔と、差し出された手のひらとを交互に眺め、

「……うん」

 少しうつむき加減に、ゆっくりと俺と手を重ねた。

 薄暗かった体育館の近くから、真っ赤に燃える炎の前へ。音にも合わせず好き勝手に踊っているタカシたちの後ろで、ゆっくりと、音楽に合わせて足を運ぶ。

 俺以上に成海はどうすればいいのかわからなかったのか、何度もぶつかって、何度も転びそうになって、それでも周りを見て、俺を見て、音に合わせて足を運び、俺の手の中で、くるりと回る。

 やがてタカシたちもちゃんと踊るようになり、くるくると、音楽に合わせていた。……タカシのほうが女の位置だった。

 わずかに笑みを浮かべて俺の手を取る成海は、とても楽しそうに見えた。彼女たちと一緒なら、これからもそんな風に笑えるような、楽しい思い出がたくさんできると思う。成海がもっともっと笑えるように、香織がもっともっと楽しめるように、俺は、彼女たちと一緒に、頑張っていこうと思った。

 ダンスの途中、少し離れたところにいる香織と目が合った。香織は一瞬だけ目をそらしたような気がするが、やがて、小さく笑みを浮かべてこちらに手を振ってきた。

 俺は成海と握ったままの手を、小さく彼女に振り返した。


 

 学園祭編 終わり 

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ゲーム同好会の面々 影月 潤 @jun-kagezuki

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