その2 学園祭準備

「ほらみんな、聞きなさい」

 いつも通り集まったゲーム同好会の部室の中で、香織が大きなホワイトボードを背に口を開く。

「来月の二十日から、学園祭が始まるわよっ!」

 そしてホワイトボードを勢いよくひっくり返すと、そこには『第二十五回学園祭』と大きく描かれていた。

「張り切ってるね」

「それはそうよ。年に一度の学園祭なんだから」

 ふふん、と胸を張って発言する香織はどこか得意げだ。

「マイナー部とか、引きこもりの集まりとか、キモいとかウザいとか、実は裏でいろいろ言われているこのゲーム同好会の名をあげるまたとないチャンスよ。むしろ、ここで盛り上がらなくてどこで盛り上がるのっていう感じじゃない」

「裏でそんなこといわれてたんだ……」

「そうよ……特に(ピー)部の(ピー)とか、(ピー)部の(ピー)とか、ふざけんじゃないわよ……」

 かなり私的な理由のようだ。

「そんなマイナスのイメージの強い文化系の部活を、今回は大いに盛り上げていくのっ! いい、体育会系になんか負けないんだからねわかったっ!?」

「……何かあったのかな?」

「香織ねー、学園祭の部長会議で体育会系とケンカしたんだって」

「ああ、オレも聞いたなその話。おかげで文化系の部活のまとめ役の立場になったとか」

 香織は最初はこの同好会の成立と、部長の就任には消極的だった。

 そもそも香織は、お嬢様タイプの高嶺の花という存在だった。クラスの男女問わず人気があって慕われていたんだが、隠れゲーマーだった、ということだ。本人はイメージがどうこうということで隠し通そうとしたらしいが、学校中にバレてしまってからは開き直っているようにも見える。

 そのことでクラスの評価が変わることはなかったが、やはり、以前と比べると距離を取っている人も見受けられる気がする。

 とはいえいざ部長になってからはいろいろなことに積極的で、人数のあまり多くないマイナーな部活などのPR活動をしたり、つぶれそうな部活を立て直したりと、大活躍だ。そんなこんなで、特にそういった傾向の強い文化系の部員からは敬意の眼差しで見られているとか何とか。

「なので、あたしたちがやるべきはビックな企画よ。誰もが驚き誰もが楽しみ、誰もがあたしの前にひれ伏すくらいのトンデモ企画!」

 そんな香織もこの部活の中では空回りすることが多いのは秘密だ。

「だからそこっ! 読書なんてしてないでちゃんと聞きなさいよ! あなたは数少ないお色気キャラなんだから!」

「?」

 本を読んでいた成海が顔を上げた。

「お色気って……なにをやらせるつもりさ」

「まだ決めてないけど、まあ、接客なら最前線だし、なんかの企画ならそれこそレースクイーンみたいな立ち位置になる予定よ」

「えー、成海が……?」

 香織と比べ、成海はほぼキャラが正反対だ。

 あまりクラスメイトとも会話せず、ひとりでいることが多い成海なのだが、俺たちのやっているロボットバトルゲームのネット対戦ではかなり上位のランクに位置していたという、変わり者の中の変わり者。

 俺たちも偶然そのことを知って今では仲良くなったのだが、知らなかったら、関わることはなかったんじゃないかというくらいだ。

「……大丈夫、接客くらいできる」

「え、本当!?」

「振っておいて驚かないでよ」

 成海はこくりと大きく頷いて、本を閉じた。

「じゃあ、ちょっとやってみてよ。喫茶店だという設定で、光一が客ということで」

「わかった」

「どういう流れ!?」

 なんか勢いで話が変な方向に行った。タカシたちは机を動かして準備しているし。

「ほら光一、こっちこい」

「えー……」

 見ると成海は立ち上がってすでにやる気だ。

 仕方なく、俺はタカシが用意した椅子に腰かけた。

「……いらっしゃいませ」

 とてとてと近づいてきて、さっそく成海が声をかけてくる。表情はいつも通りの無表情のままだが、ぺこりとお辞儀をしたりして丁寧だ。

「今日はどんなプレイをご所望ですか?」

「待ちなさい」

 第一声で待ったがかかった。

「喫茶店って言ったわよねっ!? プレイってなによっ、なんの店をやるつもりっ!?」

「それは……」

 人差し指を立てて唇に当て、首をわずかに傾けてから、

「高校生に必要なもの?」

「必要ないわよっ!」

「そうなの?」

「いやそこで俺を見ないでよ」

「でも、男子高校生くらいになると、定期的に(ピー)をしないといけない、って聞いた」

「聞いたって誰によ! なんで男子高校生の(ピー)の手伝いをあたしたちがしないといけないのよ!」

「大繁盛」

「しな……いとは言い切れないかもしれないけど、とにかくダメったらダメよ!」

「残念」

「このやりとり自体が残念よ……」

 香織は頭を抱えている。

「とにかく普通の喫茶店! 普通の普通による、普通のための接客をして!」

「むぅ……」

 小さくうなり声をあげ成海は元の位置に戻っていく。律儀だ。

「はい、じゃあ、客が来たところから、スタート!」

 香織が手を叩くと、ワンテンポ置いて成海が向かってきた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

「待ちなさい」

 また第一声で待ったがかかった。

「誰がメイド喫茶をやるって言ったのよ! 普通の喫茶店で、ご主人様なんて言う必要ないのよ!」

「でも、このくらいのサービスをしないと、人は来ない」

「来る……わよとは言い切れないかもしれないけど、そこはなんとかするわよ!」

 やりとりが先ほどと似ているようで全く違う。さっきと違って、何となく香織が押されているような感じだ。

「だが成海の言うとおりだぞ。ただの喫茶店なんて、ビックな企画をやろうというには少々弱い」

 タカシが真っ当なことを言う。珍しい。

「うー、確かにそうかもしれないけど、おいしいスイーツがたくさんあると聞けば、来てくれるわよ」

「まあ、そりゃあ話題になれば人は来るさ。問題はどう話題にするかということと、話題に乗ってこない奴をどう引っ張ってくるかだ」

「うう……じゃあ、タカシはどんなアイデアがあるのよ」

「その質問を待っていた」

 タカシは立ち上がって、机の下にあった紙袋を手にする。その中から、何かひらひらしたものを取り出して、掲げた。

「コスプレ喫茶だ!」

 タカシが手にしていたのは俗にチャイナドレスと呼ばれているすらっとしていてスリットの入っている真っ赤なドレスだ。

「どこでそんなもの用意したのよ……」

 香織がふらふらと揺れながら席に着いた。

「というわけで、着替えてもらいました」

「いつのまにっ!?」

 気づけば成海はすでに青をメインとしたメイド服を着ていた。

「おかえりなさいませ、ご主人様」

 そして、さっきよりも近い位置で俺に向かって話しかける。

「ほれ、光一、感想は?」

「あー……」

 ちなみにどのくらい近いかというと、足を少し前に出すだけで当たってしまうくらい近い。

「あの……胸元、開けすぎじゃない?」

 身長的に見下ろす形になってしまい、成海の谷間がくっきりと見えていて、目のやり場に困る。

「まあ、そういうデザインだからな、仕方ない」

「ええー……」

 目が合うと成海は首を傾げた。ついついその下付近ものぞき込んでしまいそうになり、慌てて目をそらす。

「へえ……光一はそういう服を着た女の子が好みなのね」

 そしてそらした先で香織と目が合った。鬼のような形相をしていたのは気のせいだと思いたい。

「ほかにどんな衣装があるのよ、言ってみなさい」

「ええと、チャイナに婦警、ナースにスッチー、OL、それと……」

「用意しすぎだから」

「じゃあ、あたしはなにを着ればいいと思う?」

「えー、なにその積極性……」

 タカシは袋の中をごそごそと漁って、その奥にある何かを取り出した。

「これかな」

「貸しなさい」

 そして、その衣装を確認もせずに手にとって、部室を出ていく。

「なんの衣装?」

「それは見てのお楽しみだ」

 尋ねてもニヤニヤするだけでタカシは答えない。

 廊下から「なによこれーっ」という感じの叫び声が聞こえたような気もするが、俺たちはとりあえず香織が戻ってくるのを待つ。

 そして、再度ドアが開かれたとき、そこにはウサギがいた。

「………………」

「………………」

 全員無言。

 部室の入り口には人間くらいの大きさをしたピンクのウサギがただ無言で立ち尽くしている。

「………………」

「………………」

 やがてその沈黙に耐えられなくなったのか、ウサギがドアを叩いて、

「着ぐるみじゃない!」

 くぐもった声で叫んだ。よかった、声は香織だ。

「いや、一番似合うかなあ、と」

「なにを基準に選んだら一番似合うのが着ぐるみになるのよ! 全身隠れて一瞬誰だかわからないわよ!」

 たぶん声を上げなかったら一瞬どころか永遠にわからなそうだ。

「でも似合ってるぞ香織、ちびっ子が集まってきそうだ」

「嬉しくないわよ……」

 香織が頭を抱えて言う。外見上はウサギの着ぐるみなので、非常にシュールな絵になっている。

「ほかにあたしに合いそうな衣装はないの? チャイナとかどうかしら、あたし、足は多少自信があるから」

「ああ、チャイナは……」

 タカシが振り返って、

「ユウキに着てもらった」

「いつの間にっ!?」

 気づけばユウキは真っ赤なチャイナドレスを着ていた。腰あたりまであるスリットから生足が出ていて、眩しい。

「なんかこれ、恥ずかしいね」

「てか、普通に似合ってるな……なんだ、そのムダ毛ひとつない綺麗な足は」

「うん? ボク、あんまり毛は生えないんだ」

「……あんた、本当に男なの?」

「当然じゃない、見たらわかるでしょ」

「………………」

 正直、見た目だけだとユウキが男だとは思えない。前にナンパされてたし。男に。

「うあーっ、成海ならともかく、ユウキに負けるってどういうことよ、ちょっとその紙袋ごと貸しなさい!」

 香織は着ぐるみのままタカシから紙袋を奪い取って、そのまま部室を出ていってしまった。

「暴力ウサギ……」

 タカシがつぶやいた言葉が沈黙した部室内に響きわたる。確かに見た目そんな感じだった。

 廊下でがさごそと音がしているのを、無言で待つ。時折「なにこれ、どうやって着るの!?」「うわ……エロエロじゃない却下!」「胸がゆるいのよ、もう!」とか聞こえてきているが、ドア越しなので誰もつっこまない。

 そして、控えめに扉が開かれ、その隙間から、ゆっくりと香織が顔を出す。

「どうした」

「や、その……恥ずい」

 見るとちょっとだけ顔を赤くして、ちらちらと伺うように目を泳がせている。

「今更だろう、なにを恥ずかしがることあるんだか」

「む……」

 タカシに言われたのが酌だったのか、香織がゆっくりと扉の隙間から全身を見せる。

 彼女が着ていたのは……スーツ?

「なんでそれを選んだよ」

「だって、マトモなものがこれくらいしかなくて」

 恥ずかしそうにごにょごにょと言葉を絞り出す。

「これ、なんの服?」

「ん? ああ、いわゆる執事服だな」

 言われて、なるほど、と気づく。

 そういえばスーツにネクタイだけでなく、両手に白の手袋をしていて、腕に白い布をかけている。

 なるほどその姿は、執事だと言われればしっくりくる格好だ。

「に、似合うかしら?」

 なぜかこちらを向いて香織は尋ねる。

「ああ、うん。普通に似合うと思うよ」

「や、やっぱりっ?」

 俺がそう言うと、香織は表情をぱっと変えて、言った。

「まあ、あたしだって、やればこのくらいできるってことよ。コスプレだかなんだか知らないけど、余裕、余裕なのよ、成海に負けてなんかられないんだからね!」

「別に対抗意識を持つ必要はないけどね」

「よっし! なんかやる気になって来たーっ! とにかくこれから喫茶店のメニューを決めるわよ! さあ、なんでもいいから発言しなさい!」

 なぜかテンションの高くなった執事の格好をした香織が、ホワイトボードをバンバンと叩いた。

 結局そのまま話はうやむやのまま、コスプレ喫茶ということで落ち着いた。正直、タカシの思った通りの展開になったと思う。



 それと風の噂によると、とある日にある部室の前で女の子の着ぐるみやらバニーガールやら執事服やらの生着替えが見られたとの話が一部で出回ったらしいが、俺は知らないふりをしておいた。


 どうか、香織の耳に入りませんように……




 続く?

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