ゲーム同好会の面々
影月 潤
その1 ある日の活動記録
――グラナジア王国は危機的状況にあった。
一向によくならない庶民の生活と高い税、高まる不満は王国への忠誠と信頼を揺るがし、兵ですら、王への不満を口にするようになっていた。
近隣諸国の侵攻準備も進んでおり、王国はすでに風前の灯火、しかしここグラナジア王国には
「却下よ」
「三行目っ!?」
「長いのよ」
そう言って香織はパソコンの画面から目を離した。
「導入部はとっても大事なんだから。そこがこんなぐでぐでした長々とした解説文なら、好奇心で読もうと思った人だって読む気をなくすわよ」
腕を組んで足を組み、偉そうにふんぞり返って言う。
「細かい設定は全部香織のリクエスト通りなんだけど」
「細かい設定よ! うまく要約しろってことで、全部使えなんて言ってないの」
「横暴だなあ」
「そんなに言うなら、香織が書いてみればいいじゃない」
俺たち二人のやりとりを見ていたタカシが口を開く。
「あたしっ!? 無理無理、無理よ! あたしそう言う才能ないもの!」
「じゃあなんで光一に頼んだ」
「う……それは、その……」
きょろきょろと視線をさまよわせ、なぜかこちらに助けを求めるような視線を向ける。いや見られても。
「そもそも部長のアイデアなんだから、大事な導入部なんだろ、書いてみればいいじゃない。ゲーム同好会部長」
「うう……」
最近よく言われるキーワードをあげられて香織がうなるような声を上げてこちらを見た。いやだから見られても。
「わかったわよ!」
が、突然決心したかのように立ち上がり、
「わかったわよ、書けばいいんでしょ! 見てなさい、あたしの恐ろしい実力に、恐怖で震え上がればいいわ……」
そう言って手をわきわきさせながらパソコンに向かう。別の意味で怖い。
「しっかし、めんどくせえ奴だと思ってたけど、部長になってからはずいぶんと扱いやすくなったな。これからは何かにつけて今の感じであぎゃ!」
「聞こえてるわよ」
マウスパッドが宙を舞い、タカシの顔面をとらえた。
「つーか黙ってなさい。そっちでぎゃあぎゃあ騒がれると集中できない……」
パソコンに相当前のめりになってキーボードを叩く香織の顔はなんというか病的にも見える。なんというか、変わった集中の仕方だ。
「わかった」
俺は息を吐いてそう言い、席に着く。
そうして周りを見回すと、パソコンに向かっている香織の他に、携帯ゲームに夢中になっているユウキ、じっと読書をしている成海、マウスパッドを顔にぶつけられた体勢のまま地面に倒れている、タカシ。
ついこの間までは三人で騒いでいたというのに、よくもまあ、同好会が成立する最低限の人数が集まったものだ。
――そのあたりの紆余曲折は後日また語らせてもらうとして、今回はこの「ゲーム同好会」成立記念にひとつ、皆でゲームを作ってみようと言う話になったのだが、なぜかシナリオは俺に任された上にシステム面に関してはまだ未定、キャラは各自最低一人作ってくるように、という、何とも投げやりな企画になってしまっている。
まあ、らしいといえばらしいんだけどね。この寄せ集めの同好会ならではということで。
「できたわ」
「早いなおい」
「導入部だけよ……」
「どれ」
俺はパソコンの画面を少し回転させ、俺の方へと向ける。そして、香織が書いたとされる部分に目を通した。
――グララリア王国に迫る危機!
そこに颯爽と現れた勇者!
そして、突然現れた美少女との恋は!?
これぞ世紀の最高傑作ここに出陣!
「なんだこの宣伝文句」
「いかにも売れない感が漂ってきてるんだが」
「しかも間違ってるよね、王国の名前」
「自分で最高傑作とか言ってるしな」
「あー、もう、うるさいわよ!」
いつの間にか復活していたタカシと共に正直な感想を言うと、香織が両手をあげて声を上げた。
「やっぱり苦手だわ、パソコン。400字詰めの原稿用紙があれば、もっとちゃんとしたのを書けるわよ!」
ちゃんとしてないという自覚はあったのか、そんなことを口にする。
が、その言葉に携帯ゲームをしていたユウキが顔を上げ、言った。
「原稿用紙、何枚か持ってるけど」
「ごめんなさい嘘をつきました書けません!」
香織が勢いよく頭を下げた。
「なんでえ、結局書けないんじゃねえか」
「うっさいわよ。じゃああんた書きなさいよ」
「あいにくだがオレにも素質はない。素直に光一に書き直してもらおうぜ」
「そうね」
「いやだから、なんで俺が書くの確定なんだよ」
「あんたなら書けそうだからよ」
「いやどういう根拠で?」
「見た目よ。あんたひとりで恥ずかしいボエムでも書いてにやにやしてそうな感じだし」
「どういう見た目っ!?」
偏見にもほどがある。
「ところで、キャラクターは考えてきた?」
香織が話題を変える。
「おうよ、考えてきたぜ、超かっこいい奴をよ!」
タカシがUSBメモリを掲げて言う。
香織はそれを取り上げるとパソコンに刺して、データを開く。
開いた画像ファイルには、よくあるファンタジーゲームに登場しそうな、大きな剣を持った一人の青年が描かれていた。
「やるわね」
絵を見て思わず香織が言う。俺も頷くと、タカシが得意げな顔を見せた。
「下には……設定か」
絵の下の方に何かを見つけて俺がそう言うと、香織がマウスを動かして確認する。
そこには、おそらくキャラクターのプロフィールが、細かく描かれていた。
――身長175、体重65、足のサイズ26、血液型はO。
正義感が非常に強く、困っている人を見ると放っておけない。
多くの人に慕われていて、飲み屋や武器屋、道具屋など、あらゆる場所に顔が利く。
年の離れた妹がいて、誰よりも妹を大事に思っている。
「よくもまあここまで考えたわね」
「なんとなく、キャラクターが見えてくる感じがするね」
「そうね。ま、褒めてあげるわ」
俺と香織がそうやって手放しで褒めていると、タカシは胸を張って口を開いた。
「ちなみに、オレを参考にして考えた」
「却下ね」
「却下だね」
瞬間的に香織と意見があった。
「おいちょっと待てや」
胸を張っていたタカシが倒れ込みそうになった体を支えて言う。
「いきなり却下!? お前ら褒めまくってたじゃねーかよ!」
「モデルがこれじゃあね。正直、キャラ自体が胡散臭く見えてしょうがないわ」
「ていうか、自らをこんなに美化できるというのに驚いたよ」
「正義感が強いとか、どの口で言うのかしら」
「飲み屋とか道具屋とか、足しげく通ってるのはわからないでもないけど」
「あまり買ってなさそうよね」
「店にとっても迷惑、みたいな?」
「あと、年の離れた妹って……作るのエロゲーじゃないのよ?」
「手出してるよね、絶対」
「あなたたち仲いいですねえ!」
ボロクソに感想を言い合ってると、タカシが叫び声をあげた。
「まあでも、絵はこれでいいんじゃないかな、ボクはなかなか好きだよ?」
いつの間にかパソコンをのぞき込んでいたユウキが言った。
「そうね。まあ、見てくれはありとして、細かいことは考え直しましょう」
「そうだね」
「少しは考慮しろよ! 身長体重とかぶっちゃけどうでもいいだろっ、生かしてくれよ!」
「あー、でも、タカシと同じくらいだと思うと、」
「萎えるね」
「うがーっ!」
タカシが騒いでいる。
「ところで、ユウキくんは? 考えてきた?」
「ああ、うん、考えはしたんだけど、」
USBメモリをポケットから取り出し、香織に渡した。
「変なキャラの方がウケるかと思って」
香織がデータを開くと、タカシの絵とはまた違う、体の凹凸がはっきりしたキャラクターが現れた。
ちなみに、プロフィールはこんな感じだ。
――悩殺ばでぃで戦場を駆け抜ける女戦士。
男を誘惑するのが得意で、戦場で出会った男を惑わし、その隙に金品財宝身ぐるみを全て手に入れる。
武器として巨大な斧を使い、特に女には容赦ない。
何かにつけて大きなおっぱいを自慢したがる。
「イロモノすぎる!」
「どう頑張っても人気がでそうな要素がないよ!」
「金品財宝はともかく、身ぐるみ剥ぐってどんなレベルの戦士!?」
「てか、服を盗まれるほどの誘惑ってどんなだよ!」
設定が突飛すぎてこちらも言われたい放題だった。
「うーん、やっぱりダメかなあ、面白そうだと思ったんだけど」
ユウキは頭に手をやって笑いながら言う。
「面白いけど引くレベルよね。こっちも絵はまあまあだから、キャラ設定は生かして設定はまた考えましょう……」
「そうだね……」
俺と香織が言い、タカシも頷く。
「しかし、さすがユウキ、妙なセンスの持ち主だわ……ほら、次はあんた」
「はいはい」
俺のUSBメモリを渡す。入っているファイルはテキストファイル。俺は絵が描けないので、キャラの設定だけだ。
――王国の王女。
王の実娘ではなく、王国の未来を深く案じている。
植物や動物とも心を通わせることができる特殊な力を持っていて、城で飼っている馬とはよきパートナー。
祈りの力で命を癒し、回復を得意とする。
何かにつけて大きなおっぱいを自慢したがる。
「違う! ユウキのファイルと重なってて最後の一行違う!」
テキストファイルの開いた位置が悪すぎた。
「すごいわ……清楚可憐なキャラが、最後の一行で台無しね」
「だから違うって! なんで王女様がおっぱい自慢してるんだよ!」
「お色気清楚キャラ……新ジャンルだな」
「動物や植物にも自慢してたら面白いね」
「むしろ痛いわ!」
これ以上ないってくらい上品なキャラをイメージしたのに……
「おっぱいがどうしたって?」
「そのタイミングで会話に参加するのはどうかと思うよ」
「?」
本を読んでいた成海が、本を置いてこちらを見ていた。
「なによ、胸の話題になったとたんに出てくるなんて、大した自信ね」
「……まあ、」
成海は、自分のたわわな胸と香織の控えめな胸を見比べて、言った。
「香織よりは」
「どうせあたしは中途半端な大きさよ!」
きー、と威嚇しながら香織は叫んだ。
「違うだろ、香織のは中途半端な大きさじゃなくて、中途半端な小ささすいませんごめんなさい」
机からカッターを取り出した香織にタカシは土下座する。
「で、成海は考えてきたの?」
「一応」
USBメモリを渡す。香織がそれをパソコンにつないで、ファイルを開いた。
こちらもテキストのみで、キャラの説明のみだ。どれどれ……
――王国の兵団長。語尾に「~かしら」とよくつける。
新兵がイケメンだとつい手を出してしまう。
「まさかの男色キャラ!?」
「ていうか、二行!? 手ぇ抜きすぎでしょう!?」
「しかもたった二行なのになんとなくキャラが想像つく!」
「……えっへん」
褒められているわけではないのだが、成海はその大きな胸を張った。
「……ていうか、明らかにメインキャラじゃないでしょ、これ……」
「こんなキャラメインでいたらイヤだね……」
「使うとしてもサブね」
「そうだね」
「?」
首を傾げている成海を横目に、男色系キャラのモブキャラ化決定。
「……さて、これを元にストーリーを考えるわよ」
「いや、ちょっと待ってよ」
現状、使えそうな設定。
・つぶれそうな王国
・タカシに似た主人公
・お色気専門の女戦士
・おっぱい自慢の王女
・男色系の兵団長
「………………」
「………………」
俺と香織は、顔を見合わせて頷いた。
「もう一度考えましょう」
「うん、それがいいと思う」
そして、意志疎通完了。その他の面々も異論がないのか、これといって反論は出なかった。
「ゲーセン寄る?」
帰り道、先頭を歩いていた香織が振り返って言った。
「今日はいいかな。遅くなりそうだし」
「そうね」
息を吐きながら、香織は言って前を向いた。
「シャッフル対戦ならともかく、固定戦でやる場合の機体、練習しないとな」
「いいんじゃないの、シャッフルと同じで」
この、ゲーム同好会が成立した、大きな理由。
近所のゲームセンターで、俺たちは香織が同じゲームをやっていることを知り、そして、ネット対戦で成海が有名な人だと言うことを知った。
そうやっていつの間にかできたチームが、今では同好会を作ってわいわいとやっている。
最初はこんな風になるなんて想像できなかったけど、なんとなく、居心地の良さを感じてしまっている。
「ちょっと、後衛の練習もしてよ。あたし、援護は苦手なんだから」
「あなたが練習すればいいと思うんですけど」
「向いてないのよ、あたしはがつがつ前に出たいの」
「自分勝手ですねえ!」
いつの間にかこうやって五人並んで帰っているし、学校でも集まる機会も増えた。
同好会は始まったばかりだけど、俺たちはこれから、なんとなく、この五人で過ごしていくんだなあ、と、思う。
学校なんて早く終わらせて、放課後になって遊ぶっていうのが普通だったけど、なんだか、学校が楽しく感じられる。
最近は、特に。
「……どうしたの?」
俺の隣を歩いていた成海が、俺の顔をのぞき込んでいた。
「いや、別に……」
ちょっと恥ずかしくなって、目をそらす。
「そう」
成海も、特に追求してくることなく、それだけ言って前を向いたが、
「……なんか、いいよね」
まるで独り言をつぶやくかのように、小さな声でそう言った。
その顔は俯いていて、表情は見えない。
それでも、髪の間から見える彼女の耳は、ほのかに赤くなっているように見えた。
「……うん」
俺はそれだけ答えた。
思っていたことは違うかもしれない。
でも、そういう風に、答えたかったんだ。
思っていたことが同じだったら、嬉しいな、なんて、またしても恥ずかしいことを考えてしまったから。
「だからあんたガナー使いなさいよ、格闘使わないで勝つ練習しなさい」
「いやオレも前衛ですから!」
「そんなことより、タカシは被弾を減らした方がいいと思うけどなあ」
だから、こんな日常が、これからも続きますように、なんて。
そんな、ちょっとだけクサいことを考えたり、する。
続く?
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