凍国子女抄

世依子

0. いつか、何処かの、或る小さな国

その昔、猛吹雪が集落中を真白く染めた夜、薪を割って燃えさしで銀を煉っていた男が死んだ。若い男だった。吹雪はますます荒さを増した。許嫁の若い娘は、悲しみのあまり気狂いになり、彼と舞った舞踊を泣きながら、やがて、心を喪って踊り続け、そのうち凍りついて死んだ。黒すぐりの実る頃。


次の朝、吹雪はぴたりと止んだ。ダイアモンドダストの中、人は皆すぐりを採り、酒に漬け込んだ。凍って死んだ男のそばには、いびつに固まった銀と死んだフクロウがいた。凍りついた土の上、雪を被った豊かな羽根はあまりに美しく。男が殺したのであろうその骸には、溶けた銀が歪に張り付いている。


喪失を恐れた女たちは、精一杯の食糧を掻き集め、男と一緒に家にこもるようになった。

そのうち皆、痩せ細り、身体の弱い者から斃れていった。誰もが吹雪の轟く音に怯え、梟の鳴き声に身を震わせた。万年雪のなか、固めた銀のかけらを皆、お守りのように手にして真冬を凌いだ。男達は皆死んでいった。

そのうち誰かを愛し愛された男達は皆ついえた。女たちは、大事に育ててきた息子や兄弟を、閉じ込めたまま、ともに寝た。やがて血の近い彼ら同士と子を設ける女たちが現れた。

彼女も、彼らもみな、神というものを信じなかったし、恐れていた。嗚呼、そうだ、私たちの神があるならば、あの吹雪だ。

等しい愛をばら撒き、血と肉を求める神が遠い地にはいるのなら、この地でそれはきっと、この気まぐれで乱暴な吹雪に違いない。嗚呼、神と名乗る何者かよ、それならば私に愛は要らないわ。せめてこの身を捧げましょう。だからどうか、私の愛するあの子達だけは。

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凍国子女抄 世依子 @vienok

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