第66話 穢れの道

 見知らぬ土地に来る度、リザのことが頭をよぎった。

 リザがもしこの場にいたら、どんな反応をするだろう、と考えるからだ。


 たった今、赤い肌と短い角を持つ巨躯たちが闊歩する街を歩いているこの瞬間も、まさしくそうだった。


 人間の国とも獣人の国とも異なる文化形式を持つ、オーガ族の街。

 屈強なオーガ族たちが横を通る度、俺たちは好奇の視線を浴びた。


 きょろきょろと辺りを見渡すシルファと、身体を縮こませるアージュ。


「みんな、こっち見てるね」


「だだ、大丈夫なのでしょうか……?」


「人間を警戒するのは当然だ」


「もしかしたら、色んな種族が一緒にいるのが珍しいのかも。ねぇ、スレイヤ――」


 シルファが声をかけたところに、その姿はなかった。

 すると人混みを縫って、後ろからスレイヤが俺たちのもとを追いかけてきた。 


「遅れてしまい、かたじけない! つ、つい美味しそうな干し肉が……」


「はぐれても捜しはしない。しっかり付いてこい」


「しょ、承知!」


 俺は淡々とスレイヤに言った。


 だが俺たちの後ろには、さらに二つの人影がある。

 片目だけが開いた白き仮面を付けた紅いローブ姿と、小柄な武闘着姿。


 仮面の魔法使いに、仮面の武闘家か。


 使い捨ての手駒とするには丁度いい。


 ふと、俺はひとつの足音が停止したのを感じ取った。


 振り返る。

 立ち止まったのは、アージュだった。


「どうした」


「あの……レイズ様。私にはまだ……見出せないのです。あのとき、レイズ様に問われたことの答えが」


 なんのことを言っているのだろうか。


「あのとき、レイズ様は仰いました。罪は贖ぬからこそ、罪と呼ぶのだと」


 思い出す。最初にフェイと戦った後、獣人の国に向かっている途中で、アージュの言葉を、俺が尋ね返したときのことだ。


「レイズ様の仰る通りなのかもしれません。けれど、私は……」


「俺はこれからも、同じことを繰り返す」


「えっ……」


「迷うことも、慈悲を与えることもない。俺が歩くのは、穢れた道だ」


 俺はアージュの言葉を思い出していた。


 小国バルペインに現れたフェイを追い詰め、手にかけようとしたとき。


 アージュは言った。

 俺の穢れを、自分にも背負わせて欲しいと。


 だがそれは、俺には到底下すことのできない決断だ。当然、シルファにも。


 そして望みでもない。


 勇者たちへの復讐。俺とシルファの望みは、合致している。

 だが俺とアージュの望みは、ちがう。


 俺の手がこれ以上血に染まることを、彼女は望んでいない。


 この穢れの道を歩くことを、俺は望む。

 誰に決められたわけでもない。


 魔王の意思でもない。

 これは、俺自身の意思だからだ。


「俺は君に、強要はしない。自分で選べ」


「…………はい」


 アージュは哀しそうな目で、唇を小さく噛んだ。


「では私は――穢れのない道を選びます」


「そうか」


 俺はそれだけ言い、アージュに背を向けた。


 だが意外な一言が、背中に届いた。



「そして、レイズ様のお傍にもい続けます」



 あまりにわかりやすく、矛盾した言葉だった。


 普通に考えればそれは破綻している。子供の戯言のような論理だ。


 振り返る。

 毅然としたアージュがそこにいた。


 それは王国で、ただ刷り込まれた救いの言葉を、空虚な祈りを民衆に振りまいていた聖女ではない。

 ひとりの自立した人間としての、アージュがいた。


 なぜかそのとき、俺は彼女の矛盾した決意を否定できなかった。


「それが私の選ぶ道です。誰にも、レイズ様にも、邪魔はさせません」


 俺たちの会話についていけずぽかんとするスレイヤの横で、シルファがうなずく。


「つまり、アージュはこれからも一緒」


「おっ、おおなるほど……! よくわからないが、よかったな、レイズ殿!」


 俺は笑いも嘆きもしなかった。


 ただ小さくため息をつき、手を差し伸べた。

 アージュに対して。


「早く来い。遅れると、オーガ族に取って喰われるぞ」


「ええっ!? そ、そうなんですか!?」


 アージュが慌てて俺に寄りそう。

 その反対側の腕をシルファが取り、そして後ろにはスレイヤが犬のように付き従う。


 ひとつの道を共に歩くには、やや窮屈な人数なのかもしれなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

世界最強の復讐神官 〜神に仕えし者、魔王の力を手に入れる〜【web版】 来生 直紀 @kisugin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ