いつも通りの寝坊

「起きてよ、ねぇ起きて!」


凄い力で揺すられ、うっすらと意識が戻る。


「もうちょっとだけ、、」


うっすらと戻った意識はすぐに去っていき、無意識で出る一言。

その一言がお気に召さなかったのか、彼女はわけのわからない日本語を叫んだ後、僕の脇腹に蹴りを入れた。


「ぅぐがはっ」


僕もまた、わけのわからない日本語を発し、ベッドの下に転がり落ちる。


いや、もしかしたら日本語ですらないかもしれない。


そんなこんなふわふわ考えてるうちに、また意識が、、、


「ねぇお願いだから起きてよぉ、、、」


聞きなれた心地いい声が涙声になったのを認識した瞬間、僕は慌てて飛び起きた。


「はぁい、はいっ起きった起きたっ起きた、ほらっ泣かないで」


霞んでいる視界でベッドの下から手を伸ばし、なんとか彼女のふわふわの頭を探し当て、わしゃわしゃと撫でる。


「うぅ、はやくしてよっ、間に合わないよぅ、もう知らないからね、うぅ、、」


「間に合わない」という単語を聞いた瞬間、僕の意識は一気に戻った。


「ぁあああ今日!そうだ!わかってる!わすらてない!わふれてないから!!!!!」


噛み噛みの日本語には触れなくていいから、だれか彼女のご機嫌をとっておいてくれ。


慌てて洗面所に向かい、歯を磨いて顔を洗い、髪をセットする。

部屋に戻ると、さっきまでの涙はどこに行ったのか、彼女はわかりやすく眉間にしわを寄せて立っていた。


「ご、ごめん!ごめんごめんほんとにごめん!まじで朝弱いんだって!」


「知ってるよ!いつも通りだもんね!でも今日はだめでしょ!もう知らないっ!」


大きなキャリーを置いていったまま、彼女は部屋を出た。


急いで彼女とお揃いのパーカーを頭から被り、彼女に貰ったカバンに貴重品を詰め、ドアに小走りで向かう。

ドアノブに手をかけようとした瞬間、ドアが向こう側に開き、ちっちゃくて迫力のない仁王立ちをしている彼女に頭突きしそうになる。


「ごめんっ、ごめんごめんごめんっ、てゆかキャリー忘れてるよ、なにしてんの、」


本当は、知っている。彼女がわざとキャリーを置いていったことに。


「ばかっ!わざとに決まってるでしょ!はやく持ってきてよ!」


本当は彼女も、知っている。僕がわざとキャリーを置いていったことに気づいていることを。


「はいはいちょっとまってね、おちびちゃん、」


背中に弱々ぱんちが飛んできたが、ダメージは1にも満たないのでそのままスルーして部屋に戻る。


「ぱんち」とひらがなで書きたくなるほどの威力だ。


部屋に大量に積まれているダンボールを避けながら、重たいキャリーに手をかける。


想像以上に重いキャリーにふと冷たい現実が詰まっている気がして、部屋を見渡す。


遊園地で彼女の苦手な絶叫に乗り、顔が破壊的に面白く二人で5分は爆笑したため購入した写真。


誕生日にしたサプライズで、顔面が洪水になるレベルで号泣したくせに何故か可愛い彼女の写真。


神戸に小旅行に行った時に買ったけど、次の日に洗い物をしてた彼女が割ったペアのグラス。

(お気に入りだったため彼女は15分は泣き止まなかった)


最新刊まで全巻揃っている二人お気に入りの漫画。

付き合った当初はこいつのおかげで話題に困らなかった。



見渡すとびっくりするぐらいの思い出が詰まっているのに、彼女の持ち物だけが部屋から消え茶色の箱の中に詰まっているのは、異様な光景だった。


「樹!なにしてるの!はやくしてよ間に合わないってばぁあ!」


彼女の叫び声で我に帰り、慌ててキャリーを引きずり部屋から出る。


鍵をかけた後、駅に急ごうとする僕の袖を引っ張り阻止した彼女は、背伸びをして僕にキスし、、ようとした。


届かなかったけど。


悔しさと恥ずかしさが混じった彼女の顔に吹き出すと、彼女は頰を膨らませて走り出した。


「あっ、ちょっ、待て!おい待てって!」


慌てて追いかけたが意外とすぐに追いついた。


後ろから腕を回して捕獲し、笑いながら彼女を振り向かせると、彼女は泣いていた。


びっくりして固まった僕のパーカーの紐を思い切り引っ張り、前のめりになった僕にキスした彼女。


「寂しいっようっ、、」


そう言って俯く彼女を抱きしめることしかできず、唯一絞り出した「大丈夫だから。」という頼りない言葉で宥める。


僕の背中に手を回しぎゅっと掴んできた彼女に、ものすごい愛しさを感じて潰れるぐらいに抱きしめ返す。


早朝5時、隣のおばさんは部屋から顔を覗かせただけで、何も言わなかった。





























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