第3話

「……君のお父さんは、"罪"を犯したの」


 罪。その言葉が頭の中で反響した。

「そのせいで協会から追っ手が出されていたわ。任務は君のお父さんが盗んだカメラの回収。私の場合はとてつもない偶然だったわけだけど。顔は追っ手から逃げるために変えてたんじゃない?」

「それでこの写真か……」

 マコトは破いた写真を手に取る。話を聞いてから見ると、罪悪感に押しつぶされるような表情なのかもしれない。


「その罪って、どんな事なんだ」

「……流石にそこまでは私の口からは言えないわ」

「そうか……ありがとう」

 父は何をしてしまったのだろうか。写真の謎は解けたが、新たな謎が生まれてしまった。むしろ深まってしまった気もする。


「とにかく、そのカメラは一般人が使って自撮りでもするような物じゃないから渡して欲しいのよ」

「俺自撮りとかする人間じゃねえぞ。それに、渡すかどうかは……」

「まあ、考える時間はあった方がいいわね。しばらく待つから答えが決まったら教えて」

 そう言うと千鶴はカバンを背負い立ち上がった。


「帰るなら送ってこうか」

「大丈夫。駅まですぐでしょ」

「それもそうか」

 ドアの前で見送りをする。

「それじゃあ、明日学校で」

「ああ、明日な」


 *


 父親が亡くなって数日が経ち、マコトは夜の静けさの中1人で過ごすことにも慣れきっていた。

 だが、この夜マコトはどうにも寝付けなかった。

 理由は分かっている。今日千鶴から聞いたことのせいだ。


 罪。その内容がどうしても気になった。

 顔を変えてまで逃げることになったのなら、念写術師としての禁忌を破るなどしたのかもしれない。それがどのような事なのか察せられるほどマコトは勘がいいわけではなかった。

 昔各地を転々としていたのは自分を連れて逃げるためだったのか。そう考えると納得がいった。


「顔を変えたのは親父だけだったのかな……」

 そんな考えがふと頭をよぎる。

 もしや自分の顔も変わっているかもしれない。変わったのが小さい頃で、覚えていないのかもしれない。

 そう考えると途端に興味が湧いてきた。


 数年間隠されてきた自分の別の顔——本当にあるかは別だが——を一目見てみようと、ベッドから立ち上がり、部屋の電気を付けカメラを手に取る。

 そしてまたベッドに倒れ込み、自身を撮った。



 パシャリ、というシャッター音が響いたのち、ドスンとベッドのスプリングが跳ねた。カメラが落下したせいだった。

 やがて写真が現像されたが、それを見る者はいなかった。


 *


 翌日、学校にマコトは現れなかった。

 連絡は来ていなかったが風邪か何かだろう、ということで済まされていた。


 しかし千鶴だけはそう考えていない。

(念写術師やカメラの秘密、父親に関して話した直後に欠席……? それらに関連した理由があると考えるのが当然よね)

 カメラを渡すか一日中悩んでいるのか。

 嗅ぎつけた他の術師に襲われたのか。

 それとも——。

 最悪の事態が思い当たり、居ても立っても居られない。


 放課後になってすぐに、千鶴はマコトの家へと向かった。

 いくら電話をかけても反応はない。

 心配がみるみる膨らんでいく。


 ドアには鍵がかかっていなかった。

 すぐさま奥のマコトの部屋へと駆け込む。

 中には誰もいなかった。ただ一つ、違和感を覚えたのはベッド上のカメラだ。

 カメラからは現像された写真が出たままになっている。写っているのはこのベッドのようだ。

「この写真、まさか……」

 千鶴の中の最悪の事態が、的中していた。しかし、写真が残っているならまだ取り返しがつく。


 千鶴は、写真を思い切り破いた。


 *


 気がついたらもう夕方で、目の前には千鶴が立っていた。千鶴は目に涙を浮かべ、両手には写真の切れ端を持っているようだ。どういうわけか髪が乱れきっている。

「み、三船? いったい何が——」

「小室君。カメラで自分を撮ったでしょ」

「ちょっと待って、何がなんだか」

「撮ったでしょ」

「……撮りました」

 気迫に押されてしまった。


「……はぁ。こっちはどんだけ心配したと思ってるの?」

「なあ、何があったんだ?」

「あー……その、君は、消滅してたの」

「はあ?」

 消滅? まったくもって意味が分からない。


「いいからこの写真を見て」

 千鶴は手に持っていた写真の切れ端をくっつけて見せつけてくる。

「……ベッドだけ?」

「君が撮った写真よ。このカメラでね」

「確かにゆうべ自分を撮ったが……なんで俺は写ってないんだ……?」

 マコトは昨日千鶴から聞いた話を回想する。

 そうして出た答えは1つだった。


「——?」


「……その通りよ」

 千鶴はマコトと目を合わせないようにしていた。マコトの反応を見るのが辛かった。

「いやいやいやいや。だったらなんで俺は普通に生活出来てんだよ。戸籍とかそういうの誤魔化すのは流石に無理だろ」

「でも本当よ。正確には……」

 千鶴は途中で言葉に詰まった。事情を知っているとはいえ、あくまでクラスメイトしかない自分が伝えていいことか分からないのだ。


「……そうだ。君のお父さんは、手紙か何か遺してない? もしあれば、そこに書いてあるんじゃないかな」

少しの気休めだった。本当にそんな物があれば、自分の心が軽くなる気がしていた。

「遺したもの……いや親父の物は全部見て……あ」

 1つだけある。心当たりが。


「写真……」

「写真?」

「カメラが入ってた箱に、写真が一緒に入ってたんだ。それもフィルムの」


「ほら、この写真」

 マコトは父の部屋から箱を持ってきた。

 中から箱が写った写真を取り出す。

「変な写真だと思ってたんだ。でも、今なら意味が分かる、かもしれない」

 慎重に写真を破く。

 これでハズレなら、自分が伝えなければいけないのかと、千鶴も緊張していた。


「……出てきた!」

 写真を破り終えた直後、箱の中には折りたたまれた紙が現れた。

 マコトはそれを手に取り、開く。

 そこに書かれていたのは、父・光一からの息子への手紙だった。

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