第2話

「『念写術師協会』の命により、このカメラを回収させてもらうわ」


「念写……術師?」

 全く聞いたことのない言葉であった。マコトには千鶴のセリフが理解出来なかった。

「三船、回収とか……何言ってんだ?」

「お父さんから何も聞かされてないのね」

「親父がどうかしたのか」

「いいわ。最初から話してあげるから落ち着いて」

「……おう」


「『念写』は知ってる?」

「確か思い描いた物を写真に撮れるとか、そんな超能力だろ」

「私はそれが出来るのよ」

「……」

 マコトは全く信じていなかった。超能力なんて物が現実にある訳がない、そう考えている人間だったからだ。


「その冷ややかな目線やめてよね……信じて貰えないとは分かってたけど傷つくから。とりあえず証拠を見せればいいのよね」

 そう言って千鶴はカバンの中からスマートフォンを取り出した。特にアクセサリーの類は付いていない、カバーだけのシンプルな物である。

 千鶴はスマートフォンをテーブルの何も置かれていないところへ向けて写真を撮った。


「ほら、見て」

 千鶴に促されるままにスマートフォンの画面を見ると、そこにはテーブルとそこに置かれた緑色の鉛筆が写っていた。しかし実際のテーブル上には何もないままだ。

「これで信じてくれる?」

「……分かった、信じる」

「話が早くて助かるわ」

「1番気になるのはそこじゃないからな」


「それで、何で『念写術師』が俺の……親父のカメラを欲しがるんだよ」

「実は、そのカメラには秘密があって。一般人に持たせてはおけないわけ」

「秘密?」

「そのカメラで撮れた写真は、現実に反映されるの」

 そこまで聞いて、マコトには心当たりがあった。


「もしかして、遺影が変わったのも」

「その写真が撮れたからね」

「いや待て、そもそも何でこんな写真が撮れたんだ」

「そ・こ・が、このカメラの重要なとこ」

 千鶴は人差し指を立てて説明する。

「カメラ、少し使っていい?」

「……いいけど」

「ありがと」

 マコトの許可を得た千鶴は、先程のスマートフォンと同じように、テーブルの方へカメラを向けた。


「少し別の所見てて貰っていい?」

「分かった」

 マコトは言われた通り視線を逸らし、窓の外を眺めた。

 シャッターを切った音が響き、現像された写真が現れる。

「じゃあまず今撮った写真を見て」

 顔の前に出された写真を手に取る。そこにはテーブルと鉛筆が写っていた。


「さっきと同じだな」

「そう思うでしょ? テーブルを見て」

 マコトがテーブルの方を向くと、そこには確かに鉛筆が鎮座していた。写真に写っていたものと全く同じ物のようだ。

「……何がどうなってんだ」

「写真は念写した物よ。ただ、このカメラで撮ったことで、撮れた写真に写っている鉛筆が実際に現れたの」

「反映ってそういうことか」

 少しずつだが、話が理解出来てきた。


「でもこれって念写が出来るからだろ? 一般人の俺が持ってたって別にいいじゃねえか」

「それがそうもいかないのよね。次は小室君がこの鉛筆を撮ってみなさい」

 千鶴はカメラをマコトへと差し出す。

 言われるがままに写真を撮る。


「うん? 鉛筆が写ってねえ」

 撮れた写真にはテーブルしか写っていなかった。

 実際にテーブルを見ても、先ほどまで存在していた鉛筆は綺麗サッパリ消滅していた。

「これが厄介なところなのよ」

 はぁ、と千鶴はため息をついた。

「普通に撮ると元に戻るのよね」

「元に……戻る?」

 マコトの中で、何かが引っかかっていた。

「念写の能力無しに使うと、念写の影響が一切解除されるの」

「じゃあこの写真は……」

 マコトは遺影を撮った写真を取り出し見つめる。

「顔を変えてたのね」


「これって、戻せたり出来ないのか?」

「戻すって、遺影の顔を?」

「ああ。なんというか……元の方が見慣れてるし、楽だから」

「なら写真を破ればいいのよ。バリッと」

 千鶴は写真を破るジェスチャーをした。

 その通りに写真を破ると、飾ってあった遺影の顔は、マコトのよく知るものへと戻った。

「ちなみに念写の写真も破けば元に戻るのよ。こっちは半永久的なものだからあまりやらないんだけどね」


「さてと、カメラの話は一旦置いてもいい? 先に念写術師の話をした方がいいと思うから」

「三船の好きに話せばいい。俺は今聞いた事を理解するので精一杯だ」

「オッケー。じゃあ説明するけど、まず念写術師は昔からいてね。少ないけれど様々な所に住んでいたの」

「ほう」

「ある時、偶然にもこのカメラを手に入れた術師がいて、能力を有効活用出来ることに気がついたわけ」

「ちょっと待ってくれ」

「どうしたの」

 千鶴は話が止まったついでにお茶のお代わりを注いだ。


「このカメラって親父のじゃなかったのか?」

「元は私たちの物よ。後で説明するから今は待ってて」

「……分かった」

 マコトは大人しく話を聞いておくことにした。


「カメラと能力を合わせれば荒れた場所も自然豊かに出来る。甚大な被害の出る兵器は消すことが出来る。それを繰り返した結果生まれたのが世界の均衡を保つ『念写術師協会』」

「……じゃあこの世界は念写術師達が作った平和ってことか」

「端的に言えばそうね。それが世界の真実。でもそんなに大それた物じゃないわ。大抵のことはあるがままに受け入れていたから、ほとんどの場所はそのままよ」


「でもある時、カメラで大変なことをしちゃったわけ」

「大変なこと?」

「一般人が何気なく目の前の風景を撮ったの。でも使ったのが偶然にもこのカメラだったせいで のよ」

 美しい風景が地獄のように、その恐怖はマコトにも理解出来た。


「そこは本来なら戦争で荒れ果てていた場所だったのよ。近くにいた人達は大混乱。すぐに写真を破いて戻せたけど、危ういことには変わりないわ。それで保管されることになったのが大まかな経緯」

「なるほど」

「だから一般人がその辺の街並みでも撮ってみなさい。どうなるか分かる?」

「……突然荒れ果てた街になるかも、ってことか」

「だから私達念写術師はなくなっていたカメラを回収しなきゃいけないわけ。分かった?

「理解はした。納得はまだだな」

 やはり父親の遺品である以上、そう簡単に手放すことはできない。


「大体なんで俺の親父がカメラを持ってたんだよ」

「そんなの君のお父さんも念写術師だからに決まってるじゃない」

「初耳なんだが」

「だから言ったでしょ。『何も聞かされてないのね』って」

 そういうことだったのか、と腑に落ちる。


「まあ色々と事情はあるけどね。小室君がいいなら説明するけど……」

 千鶴は一転してややばつの悪そうな表情になった。

「そこまで聞かないと納得は出来ない」

「……分かったわ。ただやっぱり私の口からだと言える事は限られてるけど」

「それでもいい」

 このカメラと父親の謎。とことんまで突き詰めたかった。


「……君のお父さんは、罪"を犯したの」

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