第1話

「さてと、何か大事なものとか無えのかな」

 とある休日、マコトは父の部屋を整理していた。

「って言っても……ロクに見るとこ無いな」

 父、光一の部屋は極端に物が少ない。あるものは机、パソコン、ベッド、そして仕事道具のカメラ一式だ。


 光一は写真家で、数年前まではマコトを連れて各地を転々としていた。

 しかしマコトの高校受験のために現在の土地に定住することにしたのだ。それからは近くの写真館でカメラマンとして働いていた。

 それがつい先日、病気で亡くなってしまったのだった。


「仕方ない。次はクローゼットだ」

 クローゼットを開けても服は数えるほどしか掛けられていなかった。ズボンに至ってはジーンズ2着と寝間着用のみだ。

「親父……部屋借りて定住したのに物が増えてなかったのか。確かに金は少なかったが……ん?」

 マコトはクローゼットの隅に箱が置かれているのを見つけた。それはまるで、見つけて欲しくはなかったかのような置き方であった。


「何だこの箱? 結構重たいな。何が入ってんだ……?」

 机の上で箱を開ける。中に入っていたのは、若干古びた白いカメラだった。マコトは父がこれを使っているのは見たがなかった。

「このカメラ……本か何かで見たな。確かポラロイドとか言ったっけ。まだ使えんのかな」


 マコトがカメラを持ち上げると、その下に1枚のフィルム写真が置かれていた。

「写真? これで撮ったのか? 写ってるのは……この箱じゃねえか」

 そう。写真に写っていたのはカメラと写真の入っていた箱のみであった。ちょうど今のような、カメラと写真を取り除いた状態の物だ。


「多分試し撮りとかだろ。とりあえず入れたままにしとくか」

 マコトは写真を入れて箱を閉じ、机の引き出しに仕舞った。


 *


「よし。フィルムも十分入ってるし、まだ使えるみたいだし、何か試し撮りしてみるか」

 マコトは父の影響もあり、自身も写真を撮ることは好きだった。

「外に出て撮るのもいいな。近くの公園でも行こうか……」

 何を撮ろうか逡巡していると、マコトの脳内には1つのアイデアが浮かんだ。


「そうだ。親父のカメラなんだし、親父を撮ってみるか」

 居間には光一の遺影が飾ってあった。

 髪は黒く、顎には少しだけ髭を生やした、明るい笑顔。マコトの記憶にも染み付いている表情だった。

「……親父。あんたのカメラ、使ってみるよ」

 そう言ってシャッターを切る。小気味良い音が響いた。

 しばし待つと現像された写真が出てきた。


 ——何も言葉が出なかった。

 現像された写真に写っていたのは、まるで別人であった。

 白髪の多い髪。髭は全くない。瞼は落ちてその瞳にはまるで生気の宿っていないような悲しみが浮かんでいるようだ。表情も無理矢理作ったような笑顔に見え、口角は全然上がっていない。

 しかしその人間の顔は確かに遺影として額に入っていた。


「……何だ、コレ」

 写真を見るために俯いていた頭を慌てて上げる。

 そこには、があった。

 直前の笑顔から、変わっていた。

「一体どうなってんだ……」

 これは現実なのか、それとも夢なのだろうか。いくら考えても現実であるという答えにしかならない。


「……意味分かんねえ」

 写真の謎は頭から離れることがなく、悶々としたままその日は終わった。


 *


 翌日。マコトは登校しても写真の事ばかり考えてしまい、授業中はずっと上の空だった。

 昼休みにも関わらず昼食を摂らずに持ってきた写真を眺めていると、1人の女子生徒がマコトに声を掛けてきた。


「小室君、なに見てるの?」

 マコトは声に反応して顔を上げる。

 声の主はクラスメイトの三船みふね千鶴ちづるであった。黒い髪をボブカットにした、容姿端麗な少女である。

 席が隣ということもあり、マコトにとってはクラスの中で1番会話をする相手だった。

「写真だよ」

「写真? どんな写真なの? 見せて見せて」

「別に綺麗な風景とかじゃないけど」

「いいのいいの」

「……どうぞ」

 千鶴の押しに負け、マコトは写真を渡した。


「この顔……」

「酷い顔してるよな」

「え、ああ、そうね」

 千鶴はそう言ったが、何やら会話が噛み合っていないような気がした。


「これってもしかしてフィルム? 小室君が撮ったの?」

「ああ、親父のポラロイドカメラで」

「ポラロイドカメラ!?」

 千鶴は意外な所に反応してきた。


「知ってるのか?」

「その、そういう古い物とか興味があって。他にそのカメラの写真はあるの?」

「無いけど……良かったら今日、カメラ見に来る?」

「いいの?」

「もちろん。こういう話出来る人いないしな」

「じゃあお言葉に甘えて」

 千鶴はどこか安堵したような表情をしていた。


 *


「それにしても、三船がポラロイドカメラに興味があるなんて意外だな」

 放課後、マコトは千鶴を連れて自宅のアパートへと向かっていた。

「なんというか、レトロな物が好きって感じ?」

「分かる。俺もレトロは好きだな。なんかカッコいいし」

 そんな雑談をしているうちに、2人は目的地へと着いた。


「ほら。これが例のカメラ」

 千鶴にお茶を出した後、マコトは自室に置いてあったカメラを持ってきた。

「……本物だ」

 千鶴はカメラを見て目を輝かせていた。そんな表情を、マコトはこれまで見たことがなかった。

「珍しいよな。俺も親父が持ってるなんて知らなかった」

「そうだったんだ」


 すると、千鶴はキョロキョロと部屋の中を見だし、1点に注目していた。

「これで撮ったのって、あの遺影?」

 千鶴が見ていたのは、あの顔の変わった遺影であった。

「そうだよ……実は不思議なことがあってな」

「何かあったの?」

 マコトは、仲の良い彼女なら話してもいいだろうと考えた。


「実は、このカメラで撮ったら、あの遺影の顔が変わったんだ」

「顔が……変わった」

 神妙な面持ちになった千鶴。先程からコロコロと表情が変わり、マコトとしては意外な一面を見ているような気がしていた。


 しかし次の瞬間、千鶴の態度は豹変した。

「……やっぱりそうだったのね」

 普段の優しいイメージとは真逆の、冷徹な声色。

 マコトは動揺せずにはいられなかった。

「み、三船? 急にどうした?」

「最初は他人の空似かと思ってたけど、話を聞いて確信したわ」

 その目つきは冷たい氷のようで、到底友人に向ける物ではなかった。

「このカメラは一般人が何も知らずに使っていい物じゃないの」

「何を言ってんだ……?」


「小室君。『念写術師協会』の命により、このカメラを回収させてもらうわ」

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