第23話水色の切り裂きジャックの最後

暗い。


なにも見えない。


動けない。


小指一つ動かせない。


意識だけは、はっきりしている。


「ここは何処なの」

一番上の姉がきいた。

「わからない。何故僕たちはこんなところにいるのだ」

弟が言う。

「せっかく逃げれたのに、どうしてこんなところに閉じ込められているの」

一番下の妹が疑問を言う。

だが、答えられるものは一人もいない。


とある高級ホテルのスイートの一室に二人はいた。

ホテルの名は聖都ホテルという。

明治時代から続く老舗ホテルであった。

外壁のガーゴイルが一時期撮影スポットとして人気になったことがある。

豪華な椅子に一体のフランス人形が座らせれている。

黒いゴシックロリータの装いのとても可愛らしい人形だった。

その顔つきはとてもとても精緻にして精巧であり、生きているものと寸分たがわないのではないかと思われた。

「さすがは、からくり義右衛門の作だ。これほどの美麗なる人形はあのゼペットでも造りえないだろう」

感嘆のため息をつきながら、銀髪の青年は言った。

銀色の髪を整髪料でなでつけた美青年であった。だが、どこともなく氷のような冷たい印象をうける。

青い瞳でじっとその人形をうっとりと見つめている。

「そうじゃろう、そうじゃろう」

嬉しそうに答えるのは雪の結晶柄の着物を着た豊満な肉体をもつ女性だった。

朱椿家の当主である朱椿早織であった。

「リチャード・アストレイド殿。お主、以前より優秀な使い魔をほっしていたじゃろう。ロンドン魔術師協会と我が六花の友好のしるしとして、このアリスの人形を進呈しよう」

扇子の先端を赤い唇にあて、早織はうふふと妖艶な笑みを浮かべた。

「この人形には3つの魂を縫い付けてある。しっかり者の長女リリス。強気な弟アダム。優しい末娘のイヴ。あらゆる場面にその三人の人格を使い分け、対応することができるだろう。また、パートナーとしても存分に力を発揮することじゃろうて」

と早織は言った。


「ち、ち、違う。私は留……」

人形は何か言葉を発しようとしたが、リチャードがその白い手をそっとそえると黙ってしまった。

「私はリリス、よろしくね」

「僕はアダム、今日から友達だよ」

「あたしはイヴ。ねえ、一緒に遊んでよ」

人形は次々とそう言った。

両手で一メートル近くあるその愛らしい人形を抱き上げると、それは嬉しそうに笑った。

「どうやら、契約はなされたようじゃな」

赤い瞳で早織は言う。

彼女は魔力を使い、三人の魂をその魔道人形に完全に固定化させたのだ。

リチャードが触れることによって、その人形は彼の精神の支配下におかれることになった。

こうして使い魔の儀式は終わった。

存外にあっけないが、強大な魔力をもつ魔術師は儀式の複雑な行程を簡略化させることができる。

「我が愛しきひとがある組織を造られた。非道なる魔術師に対抗するための組織だということじゃ。明けの明星殿、どうかお力添えいただけぬかの」

血のような瞳がもとにもどり、もとの黒い瞳でリチャードの秀麗な顔を見つめながら、言った。

明けの明星、ルシファーの申し子。

それがこの銀髪の魔術師の異名であった。

「そうか、ついにあの男が……。彼ならばやりとげるだろう。我が人生で唯一、この私に土をつけたのは彼だけだからな」

ゴシックロリータの人形を床に下ろすと、その人形は冷たい手でリチャードの手を握りしめた。

「いいだろう。ロンドン魔術師協会極東支部長リチャード・アステロイドは彼らに協力することを約束しよう」

その言葉を聞いて、早織は悪魔めいた笑みを浮かべ、

「よしなに、よしなに」

と言った。


朝の光の中、幸村雪は通勤のための最寄り駅までの道を軽やかに歩いていた。


あの死闘から一週間が過ぎようとしていた。

手のひらの火傷は伊織にもらった天狗の秘薬によってすっかり元通りになっていた。


晴れ渡った空には箒にまたがり、空を飛ぶ人たちがいる。

背中に羽を生やし、飛ぶものもいる。

ほんのすこし前まではそういう人たちが羨ましくてたまらなかった。

だが、今はそんな感情がいっさいわかなくなっていた。

ポンポンと鞄の腹を軽く叩く。

その中には王の書が当然のように納めれていた。

愛用のバックが微かにふるえ、五芒星の印が刻まれた栞が顔を除かせた。

それを手に取り、軽く口づけする。

「私たちがついております。どうぞ、我が君ご安心ください」

どこともなくアルフリードの声が聴こえた。

「ええ、わかってるわ。これからもよろしくね」

軽やかに雪は答えると、駅の改札を通り抜けた。


終わり






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百冊の魔書と空想魔術師 水色の切り裂きジャック 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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