第22話暁の図書室
太陽と見間違えるほどの光をその剣は放っていた。
空に浮かぶその勇者の剣を雪は全力で握りしめた。
手のひらが熱い。
太陽の化身たるその剣はとてつもない熱量を帯びていた。
熱のため息をするのも苦しく、雪の愛らしい顔が苦痛に歪む。
ジュウジュウと嫌な音をたて、手のひらが焼けていく。
焦げ臭い匂いがあたりに漂う。
手が完全に火傷しているのだ。
もっているのも辛いはずではあるが、雪は決して離そうとはしない。
魔書のなかの人物や物質を所有者はそのすべてを完全に使いこなせるわけではない。
物語世界からなんらかの者または物をよびたずにはそれ相応の代償が必要なのである。
今、雪が呼び出した勇者の剣は彼女の実力からすればかなり背伸びした物であったのである。
勇者の剣は現実世界に存在するために魔書の所有者たる雪の体力をどんどんと奪っていく。
頭がくらくらし、立っているだけがやっとの状態であった。
褐色の肌をした手が雪の手を力強くにぎる。
勇者の剣の影響でその褐色の手も焼けていく。
「わが君、共に……」
苦痛のため、空気が熱せられ息をするのがやっとのためそれ以上言葉が続かない。
わが君、共に戦いましょう。
女戦士アルフリードは心のなかでそう言った。
彼女らは一歩一歩、歩みを進める。
そのわずかな一歩が彼女らにとっては千里の道のりに等しい、遠き長き、距離であった。
だが、彼女らは進まなくてはいけない。
自らの生きる尊厳を守るために目前の魔術師を倒さなくてはいけないのだ。
はてしない長き時間に感じられたが、本来は数分にも満たない時間であった。
二人は全身から滝のような汗をながし、手をひどい火傷で焦がし、その勇者の剣の切っ先をついには、かの終末の鎧に突き立てた。
「そのようななまくらな剣など我が鎧で弾き返してくれるわ」
魔術師が咆哮する。
狂った叫びであった。
「滅びよ、悪魔‼️‼️」
雪とアルフリードは肺の中の空気をすべて使いきり、そう言い返した。
すぶりずぶりと勇者の剣はゆっくりとではあるが確実に魔術師の胸甲に突き刺さっていく。
水の鱗からできた鎧は白い煙をたて、蒸発していく。
そのあまりの熱風のためにまわりにいた文彦や実知、伊織は腕や手で口をふさぎ、地面にかがみこんだ。
「ギイヤアァァァ」
という耳をおおいたくなる断末魔のあと、白い煙は天空に召せれた。
天へと帰っていくその姿は白き竜のごときであった。
蒸気が完全にきえさるとそこには親指ほどの大きさの黒い魚が横たわっていた。
その哀れな魚が魔力を奪われた悪辣な魔術師の哀れな姿であった。
すでに勇者の剣は役目をはたして、この物質世界から消えていた。
アルフリードも笑顔を浮かべ、物語世界に帰還する。
雪も笑顔で女戦士に答えた。
彼女を奪おうとしたその男は哀れな小動物となってしまった。
無抵抗で無力な存在に。
黒く濁ったその魚の目を見た瞬間、雪はついに力つき、意識を失った。
両手をのばし、文彦は雪の小さな体を受け止めた。
「ついにやりとげたな。魔力を一切持たない俺たちがあの六花の一族のひとつを駆逐した」
と文彦が言ったすぐあと、黒い小さな影が飛び出した。
その人物は魔術師たちの末の妹である瑠美であった。瑠美は皮膚や肉片をボロボロと撒き散らしながら、両手でそのかわいそうな魚を広いあげ、くちにいれた。
「韋駄天の神通力をもって駆けよ」
さらにボロボロと皮膚と肉片と血をまきちらしなが、彼女は持てる魔力のすべてを振り絞り、かの韋駄天の力を借り、この場からの離脱を計った。
「待て‼️」
と短くさけび、伊織がその俊足をもって追いかけようとしたが、
「もういいだろう、俺たちの目的は果たさせたのだ。あのような姿になっては復讐も無理だろう。逃がしてやろう」
と言って文彦は止めた。
村雨の柄に手を置き、少しため息をつく。
「お前は甘いな」
と伊織は言った。
そう言った伊織の顔はどこか爽やかなものであった。
魔道の結界がとかれ、東のかなたにうっすらとではあるが、日の光があたりを照らしはじめていた。
その光を目をほそめ、文彦はみつめる。
しばらくそうしたあと、伊織と実知のそれぞれに秀麗な顔をみた。
この場で意識を保っているのは文彦と伊織と実知の三人だけである。
誰一人死者をだすことがなかったのが奇跡といえた。
「伊織、実知、聞いてほしい。今回の事件で俺は思ったんだ。彼らのような上位主義者の魔術師たちが俺たちのような魔力を持たない者、また、魔力があっても劣るものを力に任せて自由や命を奪おうとしたとき、その彼らに対抗するべき組織か必要なのだと」
すこし、息を整え、文彦は続ける。
「魔書の所有者による同盟組織。今見る太陽の光に似た希望をもったものたちの集まり。それを暁の図書室と名付けようと思う。だから、伊織、実知、お願いだ。協力してほしい」
もう一度、文彦は伊織の瞳と実知の目をみる。
「もちろんだ、相棒」
にっこりと微笑み、伊織は文彦の肩を抱いた。
「うれしい‼️これで文彦くんと一緒にいれるね」
子供のように嬉しそうにはしゃぎ、実知は文彦の首に抱きついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます