屋根裏

紫 李鳥

屋根裏

 



 子供の頃、悪さするとおっ母は言った。


『言うこと聞かねぇと、屋根裏さ閉じ込めっぞ』と。


 押入れの天井から抜ける屋根裏が怖かった。何か得体の知れないものが居そうで……。




「あんちゃん、……なんか音がした」


 賀世子が天井を見上げた。


「ネズミだっぺ」


 ゴソゴソ……


「ほらっ、またしたよ」


 賀世子が落ち着かない目を向けた。


「……あした、毒団子さ置くべ」




 翌日。


「母ちゃん、屋根裏にネズミっこおる。毒団子さ置いてけろ」


「バカこけ。ネズミとは限んねぇべ。ヤモリや蛇だったらどうすんだ。ヤモリや蛇、クモんこは、家の守り神だぁ。仲良くせろ」


「だども、うるせくて、夜眠れねぇもん」


「なーんも、母ちゃんの天井は静かなもんだぁ。……なら、部屋さ替わっぺ。賀世子と一緒に母ちゃんの部屋に移れ」


 縫い物をしながら、おっ母が上目で見た。


「……うん」




 その晩から、おっ母の部屋に賀世子と移った。


「……ホント、静かだね」


 安心した顔を天井に向けて、賀世子が呟いた。


「ああ。これで、ぐっすり眠れっぺ」


「……ネズミっこうるせくて、母ちゃん眠れねぇっぺな」


 賀世子が顔を向けた。


「……だべな」




 翌日。


「母ちゃん、ネズミっこうるせかったっぺ?」


「なーんも。静かなもんだぁ。……空耳だっぺ。怖いと思うと、ありもしねぇもんが見えたり、聞こえたりするもんだぁ」


「……だども」


 反面、そんなものかと、その時は思った。




 しかし、本当に、屋根裏は静かなのかと気になって、俺はおっ母の部屋に足を忍ばせた。




 すると、


「ふふふ……くすぐってぇてば」


 おっ母の声がした。寝言でも言ってるのかと、その時は思った。




 だが、


「あ~……」


 おっ母のあえぎ声がした。


(! ……おっ母は男と寝てる。……俺たちに隠れて)



 俺はそんなおっ母が嫌だった。汚らわしいと思った。




 次の晩も、その次の晩も。おっ母の部屋から、おっ母の楽しげな笑い声と、あえぎ声がしていた。



 ふと、俺は思った。


(……どこから出入りしてるんだろ。玄関からなら開閉の音がするはずだ。だが、そんな音はなかった。……そうだ! 屋根裏に隠れてるんだ!)



 二日後、恐る恐る屋根裏を覗くと、死んでいたのは、一匹の大きな黒い鼠だった。


(なんだ、ただの鼠か……。俺の勘違いか……)




 その事を知ったおっ母は、


「あんたーっ!」


 と叫び、気が狂ったように泣きわめいた。




 その晩から、おっ母の部屋からは一切声はしなかった。




 俺はあの前日、おっ母の作った夕飯に農薬を混ぜると、上等の皿に載せて、屋根裏に置いたのだ。




 どうして、おっ母はあの時、気が触れんばかりに泣きわめいたのだろう。たかが鼠が死んだぐらいで……。




 今、思うと、あの鼠は、もしかして、死んだお父の亡霊だったのかもしれない。夜な夜な現れるお父の亡霊に、おっ母は抱かれていたのだ。






 鼠に憑依ひょういしたお父に――

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屋根裏 紫 李鳥 @shiritori

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