1/4 に小分けされたあなたの人生

ちびまるフォイ

学生時代の友達が一生の友だち

「死ン路希望調査は明日までです。

 提出しない場合は自動で生存希望として認可されます」


死ン路希望の紙をめぐって教室はざわついていた。


「お前どうする?」

「死のうかなと思ってる」

「なんで?」

「いや普通に18歳以上で生きる必要なくね?」

「酒飲みたいじゃん」

「お前と違うんだよ」


この国では男子は72歳で自動的に死ぬ。

人口の過剰増殖を防ぎ人生を謳歌するために決められている。


そのうち、18歳になるとこの先の人生を生きるかどうか

死ン路希望調査が行われる。


「どうしようかな……」


真っ白な紙を見つめたまま俺は固まっていた。

18歳で生きるか死ぬか。それを決めるなんて。


「この先、今の人生よりも面白いことが待っているんだろうか」


通学路ですれ違う大人たちはみんな死にそうな顔をしている。

口を開けば「あの頃は良かった」と学生時代を振り返る。


昔を惜しみながらダラダラ生きるよりも最高潮のときに死ぬべきなのか。


「どっちか決めた?」

「坂本……!」


友達の坂本がにゅっと顔を出した。


「坂本は?」


「僕は生きるほう」


「意外。こないだまで"18で死んでやる!"って言ってたのに」


「それが、さ……ヘヘヘ。彼女ができまして」


「はあ!? いつ!?」

「昨日」

「うそぉ!?」


「彼女もできたし~~。この先楽しいことが待っているし~~。

 今ここで人生を終わらせるのはちょーっと惜しいかなって」


「……俺は死にます」


死ン路希望には「死去希望」として提出した。

もうなんか、今の自分のスペックで得られる幸福を想像して

あまりにみすぼらしくなって死にたくなった。終わり。


そして、死亡日。苦しむことなく眠っているときに勝手に死んだ。


後で知ったがクラスで死去希望者は4分の1くらいだったらしい。



 ・

 ・

 ・


ある日、父親が食卓で口を開いた。


「今だから話すが、お前は実はもうすでに2度死んでいる」


「え? そうなの? 事故だったとか?」


「そうじゃない。死ン路希望調査で2回とも死去希望で提出したんだ」


「……まっったく覚えがないんだけど」


「そりゃ死んでるからな」


「いや、待ってよ。なんで父さんがそれを知ってるの?」


「まあ聞け。18歳で死去希望した人間は、残寿命を消費するため0歳からやり直す。

 72歳が寿命だから、残り54……じゃなくて、2回目だから36年だな」


「俺の寿命は残り36年……」


72年間を平等に生きられるように早期に死去しても

寿命が残っていればまた人生を始められるというリスタート設定。


「死去希望した人間のことは国から親へ連絡が来るんだ。

 といっても、お前は転生してきたみたいな扱いだが

 父さんからしてみればかけがえのない我が子なんだよ」


「はぁ……ここ泣くところ?」


「お前も18歳でそろそろ死ン路希望調査があるだろう。

 父さんとしては、お前が18歳でいなくなってしまうのは辛い。

 どうか……死去希望を出さないでほしい。残された人のことを考えてほしい」


「父さんとしては、俺が36歳まで生きてほしいの?」

「ああ。もちろん決めるのはお前だ」


都合よくチートを授かったり前世の記憶を持っていたりするわけではないが、

過去の自分はどうやら2度も死去希望で死んだらしい。


72-18-18=36


残り36年。18歳を2回過ごすか、36歳を1回で過ごすか。


18歳より先の人生がこれまでの人生よりも充実するだろうか。

そう考えると、どうしても「生存希望」とは書けなかった。


「つまらない大人で長く生きるよりも、楽しい子供で短く生きたい」


父さんにはああ言われたが、俺は3度目の「死去希望」で提出した。


 ・

 ・

 ・


「俺の寿命が18年……?」


4度目の18年目には国からネタバラシが行われる。

今回はもう死ン路希望調査は行われない。


過去の自分がどうだったのかは知らないが、

18歳以上の自分の人生を進むことに意味を感じなかったんだろう。


「はぁ、今年で俺の人生も終わりかーー」


どうせならお酒を飲んでみたり、ちょっぴり成人向けなこともしてみたかった。

でもなんやかんや子供の頃の思い出が一番楽しかったと思う。


一番充実した時間を何度も過ごせたのなら悪くはなかった。はず。



「山本?」


「え?」


「やっぱり! 山本だよな!? 僕だよ! 坂本だよ!」


「え、ど、どなた?」


「その姿……お前、ずっと18歳を選び続けたのか」


「もしかして、過去の俺の知り合いとか……ですか?」


「ああ、そうだよ。俺は2年目の君と友達だった坂本だ。

 覚えて……るわけはないよな」


「はあ」


50代のおっさんにこんなに接近されたのは初めてだった。

後ろには同年代の奥さんと手をつないだ子供がいる。


「ああ、あっちは妻。それにうちの子。カワイイだろう」


「いやよくわかんないっす。

 でも、よかったですね。俺は覚えてないですけど

 坂本さんは18歳以上の人生を楽しんでいるみたいで」


そう言うと、男の顔は曇った。


「楽しんでいる、か。……そうでもないよ。

 今でもどうしてあのとき死去希望をしなかったのかいつも思う」


「え? でも子供も奥さんもいて幸せそうですけど」


「僕から見れば、若くてチャンスにあふれている君のほうが

 ずっとずっと幸せそうに見えるよ。

 病気に怯え、家族にストレスを感じ、社会にもまれて……。

 大人になんてなるんじゃなかった」


「それなら死ねばよかったじゃないですか。

 死ン路希望調査は18年目の区切りで行われる。

 36歳のときに1度あなたは死ぬチャンスがあったでしょう?」


「死ねるわけないだろう!? 家のローンもある、家族もいる。

 ここで自分が死んだら周りに迷惑がかかってしまう!

 それなのに自分だけ死んで18歳から再スタートなんて……申し訳なくて……」


坂本は自分で言いながら落ち込んでいった。


「お前はいいよな。18歳なら体も心もなにもかも世界は新鮮だ。

 寝れば疲れは取れるし、毎日楽しいし、責任に追われることもない」


「待ってくださいよ。まるで俺が脳天気な人生みたいじゃないですか。

 こっちだって若いというだけで見下されたり、できないこともたくさんある。

 チャンスどころかスタートラインにすら立たせてもらえないんですよ」


「嘘を言うな! 54歳で何もかも疲れて毎日同じで……。

 妥協しかないこの人生なんか良いわけ無いだろう! 上から物を言うな!」


「そっちだって! 長く生きているからって何でも知ったふうに言わないでください!

 俺もあなたも同じだけ人生の年数を経験しているんだ!」


旧友を温めるつもりが口論となってしまい別れた。

自分で選べなかった憧れの「18歳から先の人生」を悪く言われてカッとなってしまった。


そうしているうちに時間は流れ、俺の死去日となった。


「今日は最後の晩餐。好きなものを食べていいからね」


「うん、ありがとう」


家では誕生日よりも豪勢な食事が振る舞われた。

自分の部屋はきれいに片付けられ、明日には葬儀屋が来るだろう。


ただひとつ、心残りなのは……。


「やっぱり俺、ちょっと行ってくる」


最後の人生にわずかな不満も残したくはなかった。

2度目の自分を調べ上げ、坂本の住所を調べた。


「あの! 坂本さん! ……のご主人! 話がしたいんです!」


「どなたですか? 今ソレどころじゃ……」


ドアを薄く開けて見えたのは奥さんだった。


「ご主人は?」


「それがずっといなくて……電話も通じないんですよ」


「俺ちょっと探してきます!」


「それならこれを持っていってください」


心当たりはなかった。

それでも自然と足が向いたのは奇跡としか言いようがなかった。

見覚えのある後ろ姿を公園のベンチで見かけた。


「坂本!!」


「お前……どうして……」


「今日が同級生の俺達の最終日だろ。

 なのに奥さん困らせてどういうつもりだよ」


「ずっと……ずっとひとりになりたかったんだ……。

 学生時代に恋をして彼女を作って、やがて結婚して。

 でもどこかレールの上の人生を歩んでいるみたいな気分だった」


「そう……」


「この歳になっても、いまだに今が幸せだと思ったことはなかった。

 未来にはきっと今より良いことが待っていると信じ続けたんだけどな……」


「俺だって同じだよ。楽しかったはずの18年を何度経験しても

 まだ幸せだったと思えたことはなかったよ」


「結局、どっちが幸せだったんだろうな……。

 ひとつの人生を長く生きるのと、いくつもの人生を短く生きるのと」


「そんなのわからないよ」


また沈黙に包まれた。

ポケットの感触で思い出した。


「あ、奥さんから手紙を預かってたんだ」


「手紙?」


手紙を開くと時間がなかったのだろうか一言だけ書かれていた。


『私はあなたと過ごせた人生が幸せでした』


坂本は手紙を見るなり涙を流した。


「坂本? 大丈夫か?」


「ああ……ああ、大丈夫……。やっとわかった……。

 僕自身が幸せじゃなくっても、誰かが幸せになってくれたのなら

 それだけで僕が人生を生きた意味があったんだ……」


「坂本……」


「そして、ここまで来てくれた君という友達が居てくれて

 僕の人生は本当に幸せ者の一生だった」


「泣き顔のおっさんに感謝されても嬉しくねぇわ」



ふたりは学生時代の頃のように笑うと静かに命の火が消えていった。

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