僕の青春時代
次の日、仮病を使って学校を休んだ。父親も母親も会社に行っていていなかった。朝飯は、ご飯とイカの塩辛で済ませた。そしてそのまま寝た。
いつの間にか、夕飯の時間になっていた。台所に行くと、母親が料理を作っていた。
「なあ、お袋?」
「何?」
母親はぶっきらぼうに答える。
「お袋は親父のどういうところに惹かれて結婚したの?」
「何よ、急に!」
「いや、親父のこと知りたくて」
母親は、料理を作る手を止めて一瞬考えた。
「職人みたいなところだね」
「職人みたいなところ?」
「そう、ぶっきらぼうで、でも立場の弱い人には優しくて……そういうところにあこがれたのよ」
「親父って頑固だよね」
母親はシチューを小皿に入れて味見すると、
「洋介もお父さんそっくりで頑固よ」
そうか頑固か。
「ねえ、お袋、俺が金魚のフンって呼ばれてたらどうする?」
母親はふふんと笑うと言った。
「私とお父さんとの子供だもの。どんなこと言われても信じてる、信じきるのが親ってもんじゃない」
話はそれきりだった。
夕飯を食べて、国語の宿題をした。今日の国語の宿題は、古文を訳す宿題だった。
宿題をしながら金魚のフンについてずっと考えていた。
黒く四角い時計がチッチと秒を刻む音が聞こえる。蛍光灯が蛍光灯の端っこがもう黒ずんでいる。そろそろ替え時だな。
机の中からカッターを取り出し、歯の先端の部分を親指の肉に食い込ませる。親指の皮が破れ、血が一滴出る。しばらくその血を眺め、その血をティッシュペーパーに滲み込ませる。血はすうっと紙に吸い込まれていった。
快感……。
悩むとこういうことをよくやる。
時々思うんだ。
俺って生きていないんじゃないかって。機械じゃないかって。何故そう思うのかというと、いじめられていた時も、みんなで感動して泣いていた時でも、何故か冷静になってしまう。熱くなれない。心が機械のように凍っている感じがする。だからそういう時、わざと血を出して生きているんだということを実感する。
考えるのがおっくうになって、文学全集を探しに親父の書斎にもぐりこむ。親父は俺が純文学を読むのを毛嫌いしている。子供に何が分かるとか言う。文章を見るのが好きだというのは本当だ。小説の主人公の生きざまなんか感動して涙がだーだー出てくる。でも時々出てくるエロい描写に心を時めかしている自分もいる。親父はそんな心を見透かしている部分もあるんだと思う。
今日も純粋な心半分と不純な心半分で、新しい本を探す。その時、分厚い本を見つけた。
取り出して開く。
写真が一杯入っていた。フォークギターを抱えた、まわるい眼鏡をかけ、パーマをかけた長髪の少々気弱そうな青年が沢山写っている。親父だった。鍋を囲んでみんなでピースしている写真やギターを抱えてキメポーズしている写真もある。
親父、いい青春時代送っていたんだな。
イジメラレっ子、金魚のフンの俺とは全く正反対だ。いいなあと少しだけ思った。その時だった。
赤ちゃんの写真が出て来た。横に文字が書いてある。洋介誕生と。俺だ。それから俺の幼少時代ばかりの写真が沢山出てくる。そこにこんなことが書かれていた。幼稚園の先生から協調性がないと言われた。そこでとある施設に連れて行ったが、問題ないと言われた。みろ俺の子供だ。俺の子供だ。立派に育っている。洋介が小学校に入学した。イジメが始まる。教育の本をたくさん読む。洋介の助けになりたい。
とここで一枚の黄ばんだ紙を見つけた。開く。図書委員便りだった。そこにこんなことが書かれていた。洋介は、文才があると。
いつの間にか涙があふれてきて止まらなかった。ずっと泣き続けていた。こんな情けない俺でも信じてくれる人がいるんだ。
「洋介……」
親父の声がした。振り向くと、親父が立っていた。親父の姿を見ると、また涙がどばどばあふれてきた。親父はしばらく突っ立っていた。
「洋介、何をしているんだ!」
俺が図書委員便りの黄ばんだ紙を泣きながら見せて、
「まだ持っていてくれたんだね」と言うと、親父は「そうだよ」と言って、出て行ってしまった。しばらくしてお袋が飛んで来た。
「あんた何やったの。お父さんにひどいこといったんじゃないの! お父さん泣き崩れているわよ」
お袋が甲高い声でわめき散らす。そんなことを気にせず、泣き続けた。
そうだ。おれも青春を送ろう。イッちゃんと中村さんと生身の心でぶつかりあえるようなそんな戦友になりたい。そして、いつか親父と本当の意味で分かり合いたい。そして何のために誰のために小説を書くのかを見つけ出したい。その為にも……。
俺はそっと部屋に戻り、もの思いにふける。
自分の頭の中でごちゃごちゃだった考えが次第に整理されていく。
イッちゃん、俺グループから離れるよ。今のままじゃ仲良しごっこになっちゃう。イッちゃんと中村さんとはお互いに切磋琢磨しあえる同志でいたい。だからごめん。
決まってしまったら、何か気持ちがすっきりした。明日からまた独りだ。でももう怖くない。嫌われるのならそれでもいい。でも金魚のフンでいるよかマシだ。将来、イッちゃんと中村さんと笑ってビールを呑みかわしたい。そして親父とも……。だから今は……体当たりで青春を送るために一人になる。それが正解か不正解かは分からない。でも今は……
窓を開け、空を見上げると、雲がすごい早い勢いで流れていた。冷気が部屋に入ってくる。そろそろみかんの季節だな。こたつの季節だな。そんなことがふと頭によぎった。おかしくなってふと笑う。が、両方の目からは涙がとめどなくあふれて止まらなかった。
完
野の花たちの青春歌 澄ノ字 蒼 @kotatumikan9853
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