一人になるのは怖いんだよ。

 冬休みも目前にせまった頃。親父がふと単身長野から戻って来た。


 帰ったら突然父親が居間で新聞を読んでいた。空気が凍りつく感じがする。ピリピリとした感じ。なんとか声を掛ける。

「親父、どうしたの?」

 父親はぎろりとにらむと言った。

「育ててもらった親に対して親父と言うのか?」

 黙る。

「お父さんと言いなさい」

 父親から感じるプレッシャーで息をするのもやっとだ。やっとのことで、「はい」と言うと、自分の部屋に戻ろうとした。

「まて、洋介」

 足を止め、「何?」と声を掛ける。

「何だ! その頭は? ふざけているのか?」

 脳に走馬灯のように言葉が言っては来たりする。何を言っていいか分からなかった。

「明日、元に戻してきなさい。分かったな」

 黙っていると、

「分かったら返事は?」

 髪型を元に戻したらまたからかわれる。絶対もう坊っちゃん刈りは嫌だ。

「……嫌だ……あの髪型にするとみんなにからかわれるんだ……」

 父親がドスを聞いた声で言った。

「誰に養ってもらっていると思うんだ」

 涙がぽろぽろ溢れ出て来る。足ががくがくと震える。目は父親を直視出来なくなっていた。たまらなくなって自分の部屋に走っていって鍵をかけ籠城した。布団にもぐりこんで、ずっと泣いていた。


 いつの間にか日付は次の日になっていた。


「図書室で調べものがあるから手伝ってくれないか?」

 そういうのは、とっつあん。いつもの通りぶっきらぼうにその言葉を口にする。ここは放課後の教室。今日は岩樹も中村さんもいない。二人は、期末テストが悪かったため、任意の補講授業を受けている。

「いいですよ。時間はどのくらいかかりますか?」

「1週間ほど掛かるかなあ。結構掛かるよ」

 1週間……。結構長い。でも、とっつあんの頼みじゃなあ。借りもあるし……。何よりもとっつあんの話をもっと聞きたい自分もいる。理屈じゃない。ただわくわくする自分がいるんだ。

「大丈夫です。いつから始めます~?」

 とっつあんは生真面目な表情を変えず、

「じゃあ、明日の放課後から来てくれ。場所は、図書室で待ち合わせだ」

「分かりました~」

 とっつあんは、プリントをとんとんと叩いてきちんとまとめると、出て行った。去り際に一言。


「期待してるよ」


 それから1時間後、岩樹と中村さんも補講が終わって戻ってきた。先程のとっつあんの話をすると、岩樹が

「おまえだけ特別扱いかよ」

 中村さんも俺を一瞥すると、

「ずる~い」

 机に顔を載せて、ブーイングする。

「イッちゃんと中村さんも頼んでみよっか?」

 岩樹はしばらく考えていたが、

「いや……いいよ……。こっちはこっちで楽しくするさ。なあ中村?」

 中村さんもしばらく考えていたが、

「そうだね。カラオケとか行きたいし……」

 俺が「そんなあ」と言うと、

「大好きなとっつあんの仕事一杯手伝ってきてね!」

 中村さんは満面の笑顔をしてぴしゃりと言った。


 次の日の放課後、図書室でとっつあんを待つ。岩樹と中村さんが二人きりだと思うと、頭がモヤモヤする。本当にカラオケだけだろうか。そんな思いがふとよぎる。

 とっつあんの仕事は単純だった。色んな本を一部分コピーしてまとめていくというものだった。コピーだけで1日が終わってしまった。


 一週間ばかりコピーばかりだった。とっつあんがコピーしたものを上手にファイリングしていく。教育の今昔、生徒のメンタルの育て方など沢山あった。

「これどうするんですか」

「論文を書くんだ」

 とっつあんが目をぎらりと光らせる。

「お前たちに感化されてな。俺も学会に論文を提出してみようと思ったんだ」

 あいまいに「そうですか」とうなづくと、ページをペラペラめくって行く。

「だから手伝ってくれ。これはお前のためでもあるんだぞ」

 思わずそうなんですか? と、ぶっきらぼうに答える。もう一週間も活字のコピーを見て疲れてしまったのだ。

 それでも終わった後にとっつあんがごちそうしてくれる缶コーヒーをちびちび飲んでは、うれしがっていた。


 それからしばらく経ってから、とっつあんは図書室にノートパソコンを持って来て、パチコンやり始めた。脇にはとっつあんの資料とメモが散乱している。しばらく眺めていると、文章がどんどん紡がれて行った。とっつあんはパソコンに何時間も集中していた。その間、俺は資料をたくさん集めてコピーした。途中とっつあんに「遅い」と言われ、へこんだりもしたが無心に頑張った。


 それからしばらく経って、冬休みが始まるかの時に、とっつあんの論文の草案は完成した。論文をめくって文章を読むと、赤く朱で付け加えられたり消されたりして何が何だか分からない。とっつあんから「まあとにかくありがとう」と言われたのでまあ良しとしよう。最後にとっつあんが気になる事を言った。

「藤山は、岩樹と中村とは友達か? それとも夢を語り合う同志でいたいのか?」

 友達? 夢を語り合う同志? 思わずはあと気の抜けた声を出してしまった。

「どっちなんだ?」

「夢を語り合う同志でいたいです」

とっつあんはずり下がった黒縁のメガネを直しつつ、

「今のお前は、岩樹と中村の金魚のフンになってるよ」

「金魚のフン」

 一瞬何のことか分からなかった。

「金魚のフンってなんですか?」

「金魚はフンをしてもフンがしばらくくっついているんだ。お前は、岩樹や中村に子分のようにくっついているだろう。だから金魚のフン」

 一気に血がたぎるのを感じた。頭がカッカしてくる。とっつあんは構わず言った。

「同志って言うのは、対等な立場でなくっちゃな!」

 とっつあんは捨て台詞のようにそう言った。そして、資料をまとめると、「ありがとな」と言って出て行った。


 帰り際、駅のホームのベンチに座ってずっと考えていた。何でそんなこと言われなくちゃいけないんだろう。

まずは、とっつあんに何か嫌われるようなことをしたのかということを考えた。何もしていなかった。そもそもとっつあんにとって俺は砂利だ。とっつあんの目にも入らないだろう。考え方を修正するが、どんどんネガティブ思考が出てくる。


胸がギュッと苦しくなる。


たった一言でこんなにももろく崩れ去ってしまうんだと思うと、器の小ささを思い知らされる。言われてみると、確かに岩樹と中村さんに金魚のフンみたいにくっついていた。従者のようにかしこまっていた。

でもだから何だというんだ。他の生徒だって、みんなグループでつるんでいるんじゃないか。同じドラマを見て、同じスポーツ観戦して、みんなとファミレスでくっちゃべって。それの何がいけないと言うんだ。一人になるのは、怖いんだよ。だからつるんでいるんだ。頭痛がしてきた。考え過ぎると、よくこうなる。Ipodを取り出して、音楽を聴き始めた。

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