君にも事情があったんだね

 モップ掛けも1ヵ月も行うと、大分体力が余るようになった。岩樹、中村さん、俺の体も引き締まり、筋肉の塊になった。DVDレコーダーのブームも去ったのか、視聴覚室でDVDを見る生徒もいなくなった。

俺たちは、さまざまなDVDを見た。さらには一作を見るごとに議論を交わし、ノートにまとめていった。それを基に岩樹が作詞、中村さんがイラストを描いて、俺が詩を書いた。何カ月も続けていると、結構な数になった。


 ちょうど、放課後、3人で少しだべっている時だった。

「お前たち、思い切りバカやってるか~」

 とっつあんが、顔をのぞかせた。岩樹が、笑いながら

「思い切りバカやってま~す」

 と答えた。とっつあんが岩樹をまじまじと見る。

「岩樹、お前、キャラ変わったなあ~」

 岩樹は間の抜けた声で「そうですか~」と答える。とここで、

「例の小説家とかになるって話進んでるのか?」

「まあまあです」

 とっつあんはため息をつくと、

「まあまあってあのな……」

 菊池先生はちょいと間を開け、

「そういやノートとか作ってるのか?」

 中村さんがノートを渡す。とっつあんは、一枚ずつノートをめくっていく。余りにも真剣に読んでいるので、こっちまで緊張する。30分かけて読み終ると、一言。

「ただ、会議しているだけだな」

 中村さんが「どういうことですか」と聞く。

「お前たちはやっているのはサークルか?」

 俺たちはうなずく。

「一つの組織を動くには目標が必要になってくる」

 岩樹が目標とつぶやいた。とっつあんは黒板に大きく目標と書いた。

「その目標を叶えるために、何のために、作品を作るのかが必要になってくる。そして誰に読んでもらいたくて作品を作るのか……」

 とっつあんは熱くなって語り始めた。俺たちは急いでノートを取り出し書き留める。一時間後、

「とまあ、こんな感じだ」

 とっつあんは、「でもまっ、最後は本人次第だがな」と付け加えた。岩樹が急に

「とっつあん……」

 とぼそっと言った。とっつあんは「何だ?」と言った。

「とっつあん、何で今までこんな面白い授業やらなかったの?」

 とっつあんが沈黙する。

「とっつあん、こんな面白い授業出来るってみんな知ったら、とっつあんのこと、馬鹿にする人いなくなるよ」

 とっつあんは遠い目で外を見ると、「ははっ」と笑った。そして、

「頑張れよ。お前たちを見て勇気づけられている人もいるんだからな」

 中村さんが「えっ! 誰! 誰!」と言う。とっつあんは優しい目で俺たちを見ると、「じゃあな」と言って、教室を出て行った。

「とっつあんってあんなキャラだったけ?」

 と中村さん。岩樹がポカンと、とっつあんの後姿を見送っている。俺は今書いたばかりのノートを見返す。目標。誰のために何のために作品を書きたいのか……。考え過ぎて文字がぼやけて見えた。

 


 放課後、パンを買いに購買まで行く。最近のマイブームはチョコパン。チョコを食べると、疲れた脳がほんわか休まる感じがする。

チョコパンを買って、教室に戻ろうとすると、物陰でキツネに声を掛けられた。


「藤山君、ちょっと来てほしいんだけど」

 キツネの瞳は輝いていなく、死んだ魚のような瞳をしていた。こけた頬はさらにこけ、青白く白く瞬いているように感じた。以前のような覇気はなく、すがるように話しかけてくる。


「ほんの少しでいいんだ」

 そうして、ぐいぐいと背中を押してくる。少し危険な感じがしたが、自身のプライドがキツネを怖がってどうすると語りかけて来る。

「分かった。少しだけだよ」

 キツネは上目遣いに俺を見ると、顔をひきつらせながら

「ありがとう」

 と言った。キツネが先に歩いて行く。内心ビビりながら後を付いて行く。

連れて行かれた場所は屋上だった。

夕方の太陽がぎらぎらと俺らを照らす。太陽の熱気に汗が噴き出る。かすかに青い草の匂いもする。屋上からは運動場で野球部が野太い声を上げて走っているのが見える。

「なあ、藤山君」

 急に馴れ馴れしく、藤山君と言って来た。

「実は俺、次男なんだよ。兄貴と比べられてずっと生きてきて、何をやっても誰も俺のことを認めてくれなかったんだ……」

 キツネはすがるような目で俺を見る。思わず目をそむけた。

「頑張って高校に入っても、誰も何も言ってくれない。親も気楽にやりなさいと言うばかりで認めてなんかくれない。挙句の果てには、高校でパシリまでさせられて……。みんなから見下されて……」

 キツネが「なあ」と言ってくる。

「俺のこと軽蔑しているのか?」

 キツネがまたじっと目を見つめてくる。

「まあね。便器に頭突っ込まれたし!」

 キツネは拳を振り上げると、俺をきっとにらんだ。そのままお互いに固まる。


キツネが拳を降ろした。


そして突っ伏して泣き出した。どうしたらいいのか分からず、その様子を見ている。

「行っちまえよ。さっさと消えちまえよ!」

 キツネは涙声で途切れ途切れに声を震わせながら叫ぶ。その様子を見ても、俺は何とも思わなかった。同情なんか出来なかった。自業自得だと思った。


 俺はさっさと教室に戻ろうとする。屋上から教室に繋がるドアの所に岩樹が居た。

岩樹は天を仰いで、歯をくいしばっていた。


 岩樹の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。


岩樹のその様子を見て、俺の心がチクリと痛んだ。俺ってこんなにも嫌な人間だったんだなと少し自分自身が嫌いになった。


俺ってこんなにも黒い心を持った人間なんだっけ……もっと純粋じゃなかったっけ……


 キツネのこと、俺自身のこと、さまざまな事が頭の中を駆け巡る。弱い自分に嫌になって、思わずぎりっと歯をくいしばった。くちびるが切れて血が少し出た。

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