星を頼りに船を漕げ!

澄ノ字 蒼

星を頼りに船を漕げ!

精神障害は本当に苦しいよね。障害の症状は地獄だしさ

世の中の偏見もあるしさ、


だからさ、見たくない?

冒険者となってその先にある輝く未来を

まだ誰もみたことがない世界を


精神障害を乗り越えた先に何かが見えるのなら、

大病を乗り越えた先に何かが、新天地が広がっているのなら

冒険者となって新天地を開拓したくはないかい?

精神障害を乗り越えた先、受け入れた先に何があるのかを見たくはないかい?

新天地が理想郷かそれとも地獄かは分からないけどさ


陽気に歌を歌ってレモンをかじって舵を切れ






 精神障害で入院していた自分は、二ヶ月目にして初の外泊許可が降りた。外泊とは精神科に入院したときに治っていく過程に自宅にて数日過ごしてもいいよという単語である。病院食は味が薄く量も少なくいつも物足りなく思っていた。ので外泊許可が下りるとうれしかった。ごちそうが食べられるからだ。部屋で待っていると母親と祖母が迎えに来てくれた。 

 母親が声をかけてくれる

 

「元気だったの?」

 ちょっと皮肉を言う。

「元気だったら入院していない」


 現に自分の事を責めている声、幻聴がまだ少し残っている。お医者さんに聞いたら薬だけに頼るのではなくて、治すにもちょっとしたコツがあるのだと言われた。自分にとっていやなことが聞こえてきたらとりあえず幻聴と割り切って無視するのだという。あともう一つ大事なことは、精神薬はしっかりと飲むこと。再発防止になるとのことである。

 先生の元に三人で面談に行く。自分の担当の先生は女性の先生だった。茶色い髪を一つに結んでいる勝気な小柄な先生。

 この先生は結構豪放な性格である。


 その茶髪先生、一言目に

「しょっちゅう、チョコレート買って食べてるでしょ、体重8キロ太ったわよ」

 とりあえず挨拶の前にしきりに自分に説教したあと、

今度は母親に向き直って、

「あ、じゃあ、お母さん、外泊許可下ろしときましたので外泊してもいいですよ」


 母親は、「あのっ」とおずおずと先生に尋ねる。

「先生、息子は病気はどうなりますか?」

「治りますか?」

 茶髪先生はしばらく考えた後に、

 

「薬をしっかりと飲む、病気のことを勉強する、幻聴などの対処法を覚える、社会復帰のために家事などを手伝う、休むときはしっかりと休む、再発のサインをしっかりと体で覚え、それを医者に伝える、さらには……」


 母親は必死にメモしている。

「そしてここからが大事なのですが、精神障害を抱えてからなんて自分はだめなんだと思うかもしれませんが、精神障害に罹ってしまったのはもう事実で変えようがありません。でもですね、逆に精神障害にかかってしまった。だから自分はこれからの人生、何ができるのだろうって考えるようにしたらいいと思います。たら、とか、れば、ではなく、だからどうするでいかがでしょうか?」

「はい」

とまあいろいろ話をしてから、


「じゃ、いってらっしゃい、君、親孝行するんだよ」


って送り出してくれた。車の中ではずっと寝ていた。薬を何錠も飲んでいて頭がぼおっとして眠かったのだった。家に着いてからもひたすらと眠った。いつの間にか夜になっていた。

 母親に起こされる。

 

「何ご飯できた?」

「ちょっとぐらい準備手伝いなさい」


 薬でだるい体を起こす。居間に行く。明かりがまぶしい。今まで暗いところにいたせいか。ともかく薬の影響からか体がふらふらである。それでもふらふらになりながらも食器を並べる手伝いをした。

 

 炊いたご飯をよそい、味噌汁をよそい、おかずをならべる。祖父、祖母、母親。自分の4人分。ちなみに父親は単身赴任で遠くにいるし、弟は大学に入って実家を出たのである。

 

 おかずを見ると豚の角煮だった。好物である。

 豚の角煮は思い出の料理で、高校受験のときにスタミナをつけるのにたらふく食べた思い出がある。ちょっと太っちゃったけど。

「おばあちゃんと私二人で作ったのよ」

「ん」

「唐辛子いっぱい入れといたわよ」


 そうしている間に準備は整い食事になった。いただきますの号令のあと、祖父が味噌汁を一口飲む。それから自分たちの食事が始まった。自分も味噌汁を一口飲む。


ぐっと息が詰まる。

思わずごほごほっとむせる。しきりにせきこんで呼吸を確保しようとする。


祖父が何やってんだと自分にしかる。祖母が


「どうしたの」


「分からない。分からない」


 それから一気に感情が涙とともに濁流のようにあふれ出た。何で自分だけという悔しさ、悲しさ、苦しさ、怒り、憎しみ、やるせなさ、絶望、今までずっと考えないようにしていたどす黒い心、情けない心、弱っちい心、濁流のように体中を巡る。


「苦しい、つらい、生きてるのが苦しい」

その場で泣き崩れる。いつもは恥ずかしいのだが、今日は思い切り泣いた。祖母が言う。

「つらかろうね」

「つらいよ」


しばらくして涙が一段落して祖母の顔を見る、苦しそうな顔をしている。祖父も、母親も。その家族の苦しい顔を見ると胸がぎゅっと痛くなった。




一気に感情がしぼむ。はしを取ってご飯を食べる。黙って食べる。食べ終わる。そのまま布団に入って寝る。


その日の夜。いろいろと考え事をしていた。ふと担当の先生の言葉が脳裏に浮かぶ。


「障害にかかってしまったことはもうかかってしまったこと、悔やんでもしかたない、だったらこれからの人生どう生きますか?」



でも……たまらなく辛かった。中学まで親の転校でいろいろと巡ったが、なじめずいじめられてばかりの人生だった。

高校に入りいじめが無くなり少しずつ運命が良くなってきたと思ったらこの有様である。


「はあ、つらい」

 思わず独り言をつぶやく。

 神様あんまりじゃないのさ。こんな運命にさせといてさ。いいこと何もなかった人生だよ。彼女も結局できなかったしさ。ファーストキスの味ってどんな味なのさ。健康って何なのさ? もう生きるのがつらいよ。

 

 いつの間にか、目の前に狐の子が行儀よく座っていた。

 今度は幻覚かよ。もうかんべんしてくれよ。その狐の子がしゃべる。

 

「君ってそんなむずかしいこと考えられるほど頭良かったんだ?」

 狐の子はとても失礼なことを言ってきた。これは幻覚だよなとか混乱して固まる。


「失礼だけどさ、君ってそんな頭良くないよね。単純、単細胞、馬鹿、がさつ、不器用、女性と話すと緊張して固まる」

 狐の子はべしべしと自分の頭を叩きながら悪口を言いまくる。

 「僕は単純じゃない。単細胞でもない」

 「いんや君は単純バカだよ。君も分かってるよね」

 「何を以て単純ていうんだよ」

 「そうさね、物事をよく考えないで行動する」

 「うるせえ」

 「そのムキになるところが単純」

 思わずうつむいてしまう。

「でもさ、君って単純バカだから気持ちよくていいなって思うところもあるよ」

「もうすべての僕の人生は終わったからもういいんだ」


 子狐が静かに言う。

「君はそれでいいの?」

「いいよ」


子狐が僕をきっとにらむ。

「かっこ悪いよ」


小学生の頃にはあこがれていたヒーローがいた。そのヒーローたちは少年漫画の中にいたり、アニメの中にいたり、また現実にいたり、ヒーローたちは決して頭もいいわけではなく、むしろ単純でバカで不器用で、でも目標や夢に向かって全力で、どんな逆境でも決してあきらめない。かっこいい。


「何も知らない子供じゃなくなったんだよ。大人になったんだよ」

その時、


「ばっかやろー」

思い切り殴られた。


「君はまだ子供だよ。何にもわかっちゃいない。薬もあるし、いちおうたくさんの統合失調症について書かれた本もある。恵まれているじゃないか。世界には、薬はおろか、食べものさえもなくて死んで行ってしまう子供たちも多いんだよ。君、それ考えたことある。はあ? 障がいにかかった? だったらリハビリすりゃいいんじゃん」


子狐は一気にまくしたてたあとにふっと黙った。

しばらく沈黙が続く。子狐が消えていく。消えていくさなかにこんな言葉を残した。


「いいじゃんかよ。あのあこがれていたヒーローになりたくはないかい?」



あこがれていた。少年漫画は人生の教科書だった。直球直角不器用。それも結構。その時に思った。やっぱり自分って単純だなっていざとなると難しいことはわからなくなる。ただやっぱりこのまま終わるのはかっこ悪いって思うんだ。


やっぱりまだ子供だ。かっこよく生きたいって思うんだよ。

かっこよく全力で生きて、全力で闘病生活を送って、全力で青春して、あのヒーローのように決してあきらめたりはしない。


そうだよ……


次の日、朝食のときにて、宣言する。

「お袋、俺、闘病生活頑張るよ、元気になったらリハビリも頑張る。今は休む時期だから全力で休むよ」

みんなぽかんとしていた。


「逆にさ、この障害にかかってよかった、この障害にかかったからできることもあるってことを証明したいよ。障害の本を読んだけどさ、なんかできないことが多くなるって一人前じゃなくなるって書いてあるけどさ、本当なの? 逆にできることもあるんじゃないのって思う」

 

「大病を乗り越えた先に何かが見えるってんならみてやるさ」


 祖母が泣き崩れ、その泣き顔のまま、

「そうだ、障害なんかに負けてたまるか。やってやれ。みせてやれ」

 そういって応援してくれる。母親も、いっちょやったれって言う。祖父は目がしらを抑えている。

 

 そうだ今目標が決まった

 大病を患ったのなら乗り越えた先に何が見えるのか景色をみたい。今は家族が苦しむのをみたくはないが、いつかは世の中をみたい。そしてなすべきこと、自分だけの使命を見つけたい。


 次の日、病院に戻る。祖母が

「頑張れよ」

 って言ってくれる。

 僕は

「分かった」

 と言った。そして餞別にレモン味のあめをもらった。


 車の中にて何回もあのあこがれのヒーローの生き様を思い浮かべる。

 そうだ昔あこがれた、どんなに逆境におかれてもあきらめないあのかっこいいヒーローのように、


 なりたいよ。あのあこがれていたヒーローみたいに。いや、俺はなる。なってみせる。絶対にあきらめねえ。青春だ、バカみたいな青春をしてやる。


祖母にもらったレモン味のあめをなめる。


甘酸っぱかった。

これが青春の味? っかなってふと思う。

そうさ、青春だ。バカみたいな青春の始まりだ。


今日も空は雲ひとつなく青空だった。


終わり


参考文献

『みんなで支えよう! 統合失調症を乗り越える! 正しい知識と最新医療』著 渡部和成日東書院

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