第3話 解答と真実 [最終話]

「わ、分かったの?犯人が!?」

「ああ、分かった」


澪はゲーミングチェアにゆっくりとした体制で座り直してから落ち着いてその言葉を発した。

一方の蜜柑は、身を乗り出して澪に接近している。

その様子が餌に食いつく犬のように見えてしまった澪だが、それを言うと怒られそうなのでやめておいた。


「じゃあ、結局誰が今回の事件の犯人なの?」


もう1秒も「待て」が出来ない様子だったが、澪は段階を踏んで説明をしていく。


「まあそう慌てるな、まずは事実の確認からだ」

「うん……」

「今回犯人は、確かに柳田を陥れるために事件を引き起こした」


ゆっくりと語り出す澪に、蜜柑は焦っても仕方ないと自分に言い聞かせて一度深呼吸した。


「職員室の机の引き出しに、女子生徒のものだと思われる下着を入れて柳田に濡れ衣を着せるつもりだったのだろうな」

「ここまでは今までの推理で分かったよね。じゃあ動機は何だったのかな……」


それでも、やはり蜜柑は問題の解明を急ぎたいようだ。

そんな蜜柑に澪は、今度は止まることなくはっきりと告げた。

「動機は、ズバリ愛だな」

「……へ?」


思わず間抜けな声が出てしまった蜜柑、しかし澪の表情は至って真面目に尽きる。

その格差が、蜜柑により違和感を強く植え付けるとは、澪は考える余地すらないのだろう。


「じゃ、じゃあ柳田先生に意中の女の子を取られた男子の犯行とか?」

「それもあり得なくはない。だがその日は新学期の初日だったんだろ?そんな日に職員室に入る人なんてあまり居なかった筈だ。ましてや他の教師の目も少なからずある、だから急に職員室に入る生徒がいたらそれこそバレバレで即犯人確定だ。ここから導き出される結論は、犯人は日常的に職員室に出入りしていた人間」


日常的に出入りしていた人間……。

その言葉を心の中で中で繰り返す蜜柑。


「じゃあ、犯人は第一発見者の長道くん……?」

「違うな」

「ど、どうして?」


澪の言う条件に彼は当てはまっている筈だ。

しかし、きっぱりと「違うと」告げた。


「柳田に濡れ衣を着せたいだけなら他にいくらでも方法がある。道長以外にも二人の目がある前で、空いてるかも分からない鍵付きの引き出しに、一度敢えて下着を入れ、それを自分で取り出す演出なんて非合理的すぎるだろ」

「確かに……」


蜜柑は俯きながら、澪の続く言葉を待った。


「ここでやっと犯人の発表と行こう。今回、一連の騒動を引き起こした真犯人。それは……」


言いながら、指を前に突き立てた。

その先に居るのは他でもない。


「蜜柑、あんただ」

「えっ……?!」


全身に悪寒が走るのを感じた。

手足が痺れて目の前がクラクラする。

しかし、彼女にはどうしても納得いかない事があった。


「私は、柳田先生の机にパンツなんて入れてない!!」


立ち上がり、声を荒げて言う。

そう、蜜柑は決して引き出しに下着を入れた犯人では無いのだ。


「ああ、分かっている。そこも踏まえて俺は『』と呼んだ。その上で心当たりがあるんじゃないか、國宮」


拳を固く握り締め、表情に暗く影を落とす蜜柑。

そのまま、蜜柑は首を縦に振った。

紛れもなく肯定の意味合いが込められている。


「でもッ!私にも、何が何だか分からないの!……澪くんには……分かった、の?」


今にも消え入りそうな声で、蜜柑は告げた。

その答えを、澪は推理で返す。


「まず、下着を引き出しに入れた犯人は國宮の友達と言っていた瑠衣花だ。この予想は、國宮にも出来てたろ?もっとも、一番望んでいない結果だと思うが」


蜜柑は、また首を縦に振った。


「柳田は仲の良かった瑠衣花に色々な頼みごとをするような仲になっていた。それは職員室を経由するような事も多々ある。大方、プリントの隙間にでも下着を挟んで、気づかれないように引き出しに入れたんだろ。そして柳田に隠した下着の存在を気づかれないように、適当な話題を振って引き止める。ちょうど國宮と瑠衣花が下着の発見時刻に柳田と話しをしていた。あとは誰かが下着を見つけてくれるのを待つのみだな」

「で、でも今までの情報だけじゃ柳田先生と瑠衣花ちゃんが仲が良くて、頼みごとをする仲だったなんて分からないよ!!」


顔を上げ、今までの口調とは打って変わって刺々しく疑問を投げつけた。


「それには二つの理由がある。理由その1、國宮は?」

「……ッ、一度も言ってない!けど、澪くんは私のことを苗字で呼んでる……」

「あの制服のくだりで俺は初めて國宮の名前を呼んだ。ヒントを込めてのものだったが國宮は全く気づかなかったようだな」


そう言われて、蜜柑自分の制服を改めてまじまじと見る。

スカートには、「國宮蜜柑」と刺繍が施されていた。


「その刺繍を見て、俺は制服を指摘した時に國宮のことを國宮と呼べたんだ。そして理由その2、國宮のは誰だったと思う?」

「あ……瑠衣ちゃん?」

「あたり。明らかに今回の事件でプリント届け係が変わったから、疑念はほぼ確証に変わったよ」


澪はみかんの真似をするようにして答えた。


「それにこんな俺だって少しくらいは外に出る。ちょっと前に『瑠衣花』の刺繍が入った制服の女子に合った。ちょうど國宮みたいにプリントを届けてくれたよ」

「だから、分かったんだ……瑠衣花ちゃんが先生と仲が良かったって……」

「この事から、犯行が可能なのは瑠衣花しか居なくなる」


ぐったりと項垂れて、ゲーミングチェアに力なく座る蜜柑。

しかし、彼女の疑問はまだ晴れていない。


「ねえ、分かってるなら教えてよ……なんで瑠衣花ちゃんは自分の好きな人を陥れるような真似をしたの?」

「それを教えるには、まず國宮に質問したいことがある。あんた、柳田に性的な目を向けられていただろ?」


その言葉に、蜜柑は目を大きく見開いた。

そして自嘲するように言った。


「……確証は無かった。けど、多分そうかなって、思ってた」


柳田は蜜柑に対し歪んだ愛情を持っていたのだ。

それを蜜柑は確たる自身は無くとも、感じる節はあったのである。


「ここからはあくまで俺の予想に過ぎないが、國宮が今回俺にやって欲しかったのは犯人探しでも、柳田の無実の証明でもないんじゃないか?ただ、瑠衣花が事件に無関係である事を、俺の推理を持って確証を得たかった」


その言葉に、みかんは勢いよく立ち上がり、


「そう……そうだよ!私は卑怯だ!自分が瑠衣花ちゃんの恋を邪魔しちゃってるって思った、だから先生に性的な目で見られてもそれを嫌がったら瑠衣花ちゃんに失礼だと思った。だから逃げ続けた……。その結果瑠衣花ちゃんは、瑠衣花ちゃんは!いつまでも自分を好きにならない先生にこんな酷いことをしちゃったんだ!!」


目に涙を溜めながら蜜柑は叫んだ。

蜜柑は、今回の事件を聞いた時、自分の存在が友達の恋を邪魔してしまったのでは無いかと瞬時に察した。

だからこそ、自分が真犯人であると蜜柑は言いようもない罪悪感に蝕まれていた。


「もう……友達失格だよ……ごめんね、瑠衣花ちゃん……」


全ての力を使い果たしたように、膝から崩れ落ちる蜜柑。

懺悔のように、自らの罪を悔いるように、彼女は俯き静かに泣いた。


その頭を、澪は優しく撫でる。


「安心しろ、國宮は愛を壊してなんかいない。むしろ愛に守られていたんだ」


ふっと顔を上げて、いかにも不思議であると言った表情で蜜柑は言う。


「どういう事?」

「これも俺の予想に過ぎないが、瑠衣花は決して柳田を好きだった訳でも、國宮を羨んでいた訳でもないと思う。柳田のことが好きだと言ったのは、國宮から柳田を引き離すための口実、あるいは今回のような事件を起こす為の準備だったんだ」

「そんな……まさか……」

「嘘じゃない。瑠衣花は、國宮に大きな愛とも呼べる友情を持っていた。國宮の最も望んでいなかった犯人は、國宮の最も望んでいた未来を掴み取ってくれたんだ」

「でも、なんでそんな事が分かったの?」


目に涙を溜めながらも、蜜柑はすでに泣き止んでいた。


「今回の犯行は明らかに女子生徒がする様なものじゃないだろ」

「え……でも、瑠衣花ちゃんが犯人だって……」

「ああ、そこは間違いない。だが、女子生徒なら体を触られたとか、裸の写真を送れとか言われたって言えばもっと簡単に柳田に嫌がらせする事は可能だった、あえて下着を引き出しに入れるなんて非合理的だ」

「じゃあ……なんでこんな事を?」

「柳田はおそらく、蜜柑以外の女子生徒にも性的な嫌がらせをしていたんだろ。そして、その証拠が引き出しの中にある事を瑠衣花は知っていた」

「そ、そういう事だったんだ……」

「ああ。大方、生徒の写真と称して、少しヤバめの画像をほかのメモリーカードの中に紛れ込ませて保管していた。木を隠すなら森の中ってやつだな、学校の引き出しの中以上に生徒の画像を保管しておくのに適切な場所はない。鍵もかけれるみたいだし、まず間違いないな」

「瑠衣花ちゃん、一人で頑張ってくれてたんだ」

「そういう事だ、まあ後はロッカーの中に他にも怪しいものが無いかと誰かが言えば芋づる式に柳田の犯行は見えてくる。だから安心しろ、蜜柑は確かにだが、友情にヒビを入れた訳でも友達の恋を邪魔した訳でもない」

「あ、ありがとう……澪くん」

「これで謎は解けたな」


澪はそう言いながら、ティッシュの箱を蜜柑に渡しゲーミングチェアに座り直した。

頭をもう少し撫でて欲しかったというのは蜜柑の本心であるが、彼女自身がそれに気づいていたかは微妙なところである。

しかし、澪の言葉は蜜柑の凍った心をゆっくりと溶かしていった。




事件のあった数日後。

蜜柑は結衣花と共にとあるマンションを訪れていた。


インターホンを鳴らし、しばらくしてガチャっとドアが開く。


「また来たのか、蜜柑。それに瑠衣花?」

「やっほー!」

「ご無沙汰してます、澪さん」


黒い浴衣をまとった不思議な雰囲気の不登校児、澪の住むマンションだ。


「……でね!柳田先生のやつ他の女子にも犯罪まがいな事してて、瑠衣花ちゃんの活躍は本当にヒーローみたいだったよ!」

「や、やめてよ!恥ずかしいから」


柳田先生は今回の事件を通して、今までの犯罪まがいな行為が芋づる式に解明され、とうとう教師の席から退くことになったらしい。


笑顔で語らう蜜柑と瑠衣花に目を向けて、澪は少し口元が緩む。


その光に似た光景は彼女たちが掴み取った青春の道。


「あ、そうだ今日こそ澪くんには学校に来てもらうんだから!」

「もう放課後だろ、行くとしても明日からだな。まあ蜜柑に俺が解けない問題を出すことが出来たらの話だが」


そして、これからも進んで行くであろう道。


その先に何があるかは分からない。

しかし、澪が学校に行くという未来があるのかもしれない。


未来は、これからの遊戯椅子探偵の活躍にかかっている……のかもしれない。

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遊戯椅子探偵 名久井宀 @NAKUIUKAN

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