第2話 概要と詳細

「國宮の勝負下着が見つかって良かったな。……で?」

「私の下着じゃないっての!学校の職員室である男の先生の机から女性もののパンツが見つかって、校内じゃかなり取り沙汰されてるっていう問題」


澪の誤解はうまく解けた。

しかし、これはこれで大きな問題に直面しているようだなと澪は思った。


「学校で女性下着大好きな変態男性教師が見つかったってことか。ならさっさと警察呼んでそんな変態逮捕してもらえよ」

「ち、違うってば!その先生は絶対にこんな悪いことする人じゃないの」

「随分と信頼が厚いようだな。と、すると……」

「そう、これは誰かが意図的に仕組んだ事件!澪くんには先生にかかった疑いを解いて欲しいの」


その瞬間、それまで死んだ魚の様であった澪の双眸が薄暗い光を持った。


「……良い問題だ。その謎、俺が解いてやろう」

「本当!?でも解けなかったら学校に連れてくから」

「わかってる。じゃあ事件の概要を説明してくれ」


澪は大概のことには興味を示さない。

しかし、大きな難問に当たった時、彼は強く興味を指し示す。

実際、意外な態度に蜜柑は驚いた。

もっと拒絶されるとさえ思っていたが、存外乗り気なのでこのまま澪を困らせてやりたいと感じている。


「じゃあまず事件が起こった時間だけど……」

「昨日だな」

「え?」


蜜柑が説明を初めて1秒も経っていなかっただろう。

しかし澪は確かな確信を持ってそう言い放った。


「あたり……でもどうして」

「今日は学校の新学期が始まって二日目なんだろ、プリントは普通なら初日に大量に配られて、持ってくるのもその日の内だと思うが、昨日それを妨げた何かがあった。とすればそれが今回の事件であることは容易に想像がつく」

「……なるほど、でも!次から私の説明を先に推理しちゃうの禁止!」

「はいはい」


蜜柑は少しイラっとした。

しかし、彼ならあるいは、この問題を解決に導いてくれるのではないかという思いも強まった。


「昨日の朝、柳田やなぎだ先生っていう新任の男の先生の机から女性ものの下着が見つかったの、おそらく女子生徒のもの」

「なぜ言い切れる?」

「職員の女性の先生はその下着を見て全員自分のものじゃないって言ったの」

「だが、それは恥ずかしさがあって言い出せないって線もあるだろ」

「ちゃんとプライバシーが守られる様に、保健室のおばちゃんせんせーが一人一人聞いてくれたらしいからその仮説は無しね」

「なるほどな、その下着の詳しい柄と色は?」

「その情報必要?」


蜜柑はジト目になって澪を見た。

どこか変人なこいつは、ただ自分に下着のがらを言わせて楽しみたいだけではないのだろうかと。


「何言ってんだ、重要だぞ」

「じゃ、じゃあ……黒色の紐みたいなパンツだったって……」


最後の方は、流石に恥ずかしくなったのか、蜜柑の声は消える様に小さくなっていった。


「そりゃまた随分攻めた柄だな」

「もう、全くこの情報がなんだってのよ」

「じゃあ事件の概要をまとめるか」

「ねえ、今ごまかした?」


そっけない態度を取る澪、やはりこいつは信用に値するのかと今更になって蜜柑は考え始めた。

しかしそんな蜜柑の質問を華麗にスルーし、澪はまとめを語り出す。


「昨日職員室にある男性教師の机から、女生徒のものと思われる下着が発見されたと」

「うん」

「その先生は今回の様な事件を起こす様な人物とは考えずらく、誰かがなんらかの目的のため仕組んだ事件である可能性が高いか」

「そう、今回は『誰が』と『何のために』を当てて、澪くんが柳田先生の疑いを晴らしてくれたら問題解決ってことで」

「わかった。じゃあ今度は事件の詳細を詰めていこう」


そういうと、どこから取り出したのだろうか。

巨大なホワイトボードが突如として現れ、澪はそこに今回の事件の概要と詳細を書いていった。


「まず、俺の質問にいくつか答えてもらう。柳田は本当に信用できる人物なのか?人間なんて裏と表がある生物だ、意外な一面それこそ今回の様な事が起こる道理なんて十分にあると思うが」

「まだ半年の付き合いだけど、私や他の生徒たちも本当に柳田先生のことを信頼しているの。特に女子からの人気はかなり高い」

「なるほどな、具体的には?」

「……ここだけの話ね」


蜜柑はそういうとゲーミングチェアをコロコロと前進させおもむろに澪との距離をつめた。

そして誰が聞いている訳でもないだろうに、声を小さくする。


「私の仲良い友達がね、柳田先生の事が好きになっちゃったんだって!」

「……生徒と教師の禁断の恋か」

「そう!そうなの!」


女子が恋バナに目が無いと聞いた事があった澪は、これが女子高生のリアルか……と内心思う。

その様子は、まさにキャピキャピというか、そんな感じだった。


「じゃあ学校とかではよく柳田について話していたのか?」

「うーん……今思うと特別そんなことはないかも。その子の名前は瑠衣花るいかちゃんっていってね、私と二人で話してた時に一回だけ瑠衣花ちゃんがそう言ってたの。それっきりかなー、あでも瑠衣花ちゃん柳田先生とよく仲良さそうによく話してるよ!」

「そうか……」


澪はホワイトボードに次々と文字を書き足してゆく。


「あ、左利きなんだ」


ふと蜜柑がそういった。

澪がペンをもち文字を書いている手が左だったのだ。


「ああ、そうだな」

「私も左利き!お揃いだね」

「ん……ああ」

「なにその微妙な反応」

「いいから、次行くぞ。下着が発見されたのはいつだ」

「昨日の昼頃だって。生徒が職員室に入って柳田先生の机の横を通りかかった時偶然見つけたらしいの。なんでも、先生の机の引き出しから黒いのがピラピラしてて、不思議に思った生徒がちょっと引っ張ったらするすると……」

「なるほどな、その時柳田は職員室にいたのか?」

「ううん、先生はその時私と瑠衣花ちゃんの二人と話してたから職員室に先生は居なかった」

「そうか」


そのまま澪は少し考えるそぶりを見せた。

そしてホワイトボードに書かれていた柳田という名前にバツ印をつけた。


「柳田は今回の事件の犯人じゃないな」

「え、どうして……?」

「簡単だ。もし下着なんか盗んだなら見つからない様に隠すので必死だろ、職員室の引き出しに少しはみ出して入れておくなんて、もし本人がやっていたならそれは狂気の沙汰だ」

「確かに……」

「それに、柳田先生が特定の女生徒から同意の上で下着をもらっていたのではないかと疑ってみたが、あえて学校でやる意味もないだろうな」


そう言いつつ手に持っていたペンを置いて、先ほどまで座っていたゲーミングチェアに座り直した。


「となると、この事件は柳田先生を陥れる為に何者かが仕組んだものと考えて良いだろう」

「やっぱり、柳田先生は犯人じゃなかった!」

「このくらいなら少し考えるだけで分かることだ。今回重要な柳田先生の無実は晴れて証明されたが、問題はここからだと思うぞ。……そういえば國宮、さっきから随分と色々思い出せる様だが記憶に自信があるのか?」


澪が聞くと、蜜柑はフフフ……と笑みを浮かべて言った。


「私は、なにを隠そう写真記憶の持ち主なのです!」


胸を張ってそういう蜜柑。

記憶力はだいぶ良い方だと自分でも自負しているのである。


「そうなのか、じゃあ次だ。下着を柳田先生の机の引き出しに入れたのは誰かなのか、犯人探しと行こう」


しかし澪は、この力は利用できるなと考えながらも、蜜柑のドヤ顔を「そうなのか」だけであしらった。


また少し考えるそぶりを見せた澪だったが、パソコンデスクの上に飲みかけだったレッドブルを一口飲むとまたホワイトボードの前に立つ。


「ねえ、ちょっと良い?」

「何だ」

「こういう探偵みたいな仕事って普通現場とかに行ってやるもんじゃない?」

「俺は気温26.5度、湿度30パーセントで太陽光が直接当たらない環境でしか集中できない。それに、なにちゃっかり俺を学校に連れて行こうとしてるんだよ」

「ば、バレた」


随分と制約の多い探偵だなと思う蜜柑。

周りを見渡すと確かに空気清浄機の様なものが置かれていた。

最初はパソコンと机と椅子しかない部屋だと思っていたが、案外彼のこだわりというのが随所に見受けられる部屋だなと、少し感心した。


「まあ、世の中の探偵小説には現地に赴かずとも事件を解決する様な探偵が数多く登場する。そういう探偵のことを安楽椅子探偵アームチェアディテクティブと呼ぶらしい」

「へえー知らなかった。でも澪くんは安楽椅子じゃなくてゲーミングチェアだね。ってことは澪くんもしかして遊戯椅子探偵ゲーミングチェアディテクティブだったりする!?」

「俺にそんな肩書きは無い。さあ、自宅で簡単、現場検証の時間と行こう。こればっかりは國宮の写真記憶が頼りだ」


そう言ってペンを蜜柑に渡す。

すかさず立ち上がり、


「どうすんの、これ」


と蜜柑は言った。


「職員室の見取り図と、柳田先生の机の位置、あと下着が見つかった机の引き出しがどんなのかを絵で描いて教えてくれ」

「え?いや、やろうと思えばできるけど……」

「じゃあ頼む」


素っ気なく澪は言いながら、ホワイトボードを回転させ後ろにあった面を前に出した。

何だか良いように使われている気がしてならない蜜柑だったが、事件の解決のためにと思い我慢して書くことにした。

実は頼りにされていると澪から言われたのが嬉しかったのだが、それについては等の彼女自身も気づいていないだろう。


描いている途中に、


「國宮って身長ちっさいな」


と澪から言われた。

蜜柑の身長は150全センチ程度で、少し背伸びをしなくてはホワイトボードの上部に手が届かないのであった。

そこに小動物の様な可愛らしさがあるのだが、本人はコンプレックスに感じていたのでかなりイラっときた。


「澪くんも身長小さいよね」


思わず言い返した。

確かに澪の身長は165センチ程で、一般的な男性に比べると小柄である。


「國宮に言われたくねーよ」


とだけ澪は言って、一見何にも感じていない様だったが、少し気づついたのも事実だ。


数分後、そこには見事な図が出来上がっていた。


「おお、これはすごいな」

「えっへん、私褒められて伸びるタイプ」

「……」


蜜柑はもっと褒めてアピールをしたが、澪はすでに出来上がった絵を見るのに忙しいようだった。

敢え無く蜜柑はそっぽを向いてゲーミングチェアに座り直すのだった。


しばらくしてから澪が振り返り、


「予想がかなり絞られてきたな」


と言った。


「どう言うこと?犯人が分かったの?」

「いや違う」


一瞬蜜柑の目に光が宿ったが、それもすぐに消えてしまった。


「俺は下着の搬入経路について考えていたんだ。1つは柳田の机が窓際にあって、窓からそっと忍び込ませるルート。けどこれは図からわかる通り机が教室中央部にあるから不可能だな」

「他には?」

「柳田の机の引き出しが複数個あって鍵が無い場合だ。これならより簡単に下着を忍び込ませる事が出来る、けど机の引き出しは鍵付きで、机の下に平たく伸びてる1つだけ。これで犯人はかなり絞られる」


そう言いながら澪は蜜柑の描いた図に丸を描いたりチェックを入れていった。


「下着の第一発見者の詳しい情報もわかるか?」

「うん、引っ張り出したのは生徒会長の道長みちながくん。それに私のクラスの委員長の弥美やみちゃんと生徒会書記の正利まさとしくんの三人が一緒に。新学期初めの生徒代表の挨拶がナンタラって言ってた」

「ふむ……話は変わるが、國宮は柳田とよく話したのか?」

「えっ……まあまあかな。瑠衣花ちゃんにつられて何回か、でも柳田先生は女子に人気だったからほとんどの女子は私並には話してたと思うけど……」


蜜柑が言い終わると神妙な顔つきでゲーミングチェアに座った。


「じゃあ最後の質問だ。今日、先生は学校に来ていたか」

「いや、来てなかった」


その言葉をゆっくり聞き終わると、澪は目を瞑り肘をつき、両手を指先だけ合わせる様な格好でしばし沈黙した。

そして……


「理解した、この問題の答えを」


静かに、しかし熱意の籠もった声で言い放つのだった。

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